3: 少女の願いと、50万円。エピローグ
004
「はい、どうぞ」俺は運転手に金を渡した。
「ありがとうございます」
俺の住む住宅街は、静かというよりも、時には怖いくらいに静まり返っている。特に夜は。
昔はここにも何軒か家が建ち並んでいたが、今はアパートやマンションに変わってしまって、一軒家として残っているのは俺の家だけだ。
幸いなことにこの家は買い取り済みなので、固定資産税と水道光熱費とガス代さえ払えばいい。その費用はおじさんとおばさんが残してくれた遺産から出している。学生だった頃は市役所の人間が費用の管理をしてくれていたので、大した問題もなかった。
「はあ……」
正直に言えば、これまでの俺の人生はそれなりにめちゃくちゃだったと思う。いや、普通の若者の域を超えていたくらいかもしれない。
しかし大人になって、コネや名家の威光に頼らず自分一人で生きていくようになってから、俺は自分でも嫌になるほど、つまらない人間になっていた。
住宅街へ歩いて入っていくと、しばらく進んだところにベンチの横に自動販売機が立っていた。有名ブランドの赤い缶の炭酸飲料を買って、少し休んでいこうかと思ったのだが、
「!?」
雨が降り出した。まるで俺をどこか悲しいミュージックビデオの主人公に仕立て上げようとでもしているかのように。慌てて近くの店先の雨宿りできる場所へ走り込んだ。
雨はどんどん強くなっていく。俺はただ炭酸を飲みながら雨を眺め、ぼんやりと考えにふけった。
「星野が知らない誰かと結婚するのか……」
もちろん、中学時代というのは今付き合っている相手と別れて、すぐに別の誰かと付き合えるくらいの年頃だと、今の俺はよくわかっている。
それでも、「あなたのことが好きじゃなくなった」という理由で振られたことが、少しだけ今も胸に刺さっている。
まあ、いい。他人のことは後回しにしよう。今は自分の仕事に集中しないといけない。この時期は特に物入りだし。
「お嬢さんに連絡してみるか」
そして俺は少し自分が情けなくなった。コネに頼らず仕事を見つけたいなどと思っておきながら、それは目の前のチャンスを自ら捨てているのと同じじゃないか。
ただ、あのお嬢さんは何らかの事情で携帯の番号をしょっちゅう変えるので、直接会いに行くしかない。
そして俺はふと、こうして生きていればいつかいい女性と出会えるだろうなどと考えてしまった……しかも空まで味方をしてくれそうな気がした……
イヤホンを取り出して音楽を聴こうとしたとき、誰かが俺の前を通り過ぎて雨宿りのために立ち止まった。体の小さな人物だった。
その子は顔立ちのとても愛らしい高校生の女の子だった。雨でびっしょりと濡れたその姿に、俺は久しぶりに胸の高鳴りを感じた……大学時代以来、こんな気持ちになったことはなかったのに。
肩くらいの身長で、銀色の髪が目を引くが短く切られてピンで留められていた。両耳には星形のピアス。濃い青色の制服……色白で柔らかそうな肌……おまけに香りもいい。
「?」
彼女が俺を見た……俺も彼女の顔を見た……彼女は少し視線をずらして聞いた。
「タバコ、吸うんですか?」
いつの間にかタバコのパッケージを手に持っていた。
「あ……いや……ごめん、俺が悪かった」
煙が他の人の健康を害することくらいわかっている……でもそう言われると、やはり少し傷ついた。
「違います!ただその……なんとなく聞いただけで……」
「………」
彼女がそう言っても、やはり申し訳なくなってしまって……タバコをポケットにしまった。
「………」
また沈黙が戻ってきた……まったく、自分のことながら情けない……女の子と話すだけでこんなに難しいのか……
「あ……はあ、もう……スマホのバッテリーも切れそうだし……今日はろくなことがない」
俺は彼女にモバイルバッテリーを差し出した。
「あ……ありがとうございます」
彼女は笑顔を返してくれた。
「あなたも今日は嫌なことがあったんだね」
「え……はい……」
俺は話しかけてみた。
「なるほど……クビになったんですね……」
「まあな……せっかくいいポジションに就けたのに、上の連中に蹴落とされてさ……世の中ってそういうもんだよな」
「……わたしは、ある会社のVTuberに何度も応募したんですが……全然受からなくて……」
またか……VTuber……今の時代は俺の頃よりもずっと人気が高くなってるんだな……
「もう諦めたの?」
「そうなんです……何度も頑張ってきたけど……頑張っても叶わないなら、何のために頑張るのかわからなくて……」
彼女の顔は何よりも悲しそうだった。ひょっとしたら、ずっとそれを目標にしてきたのかもしれない……
「じゃあ、なんで自分でモデルを作らないの?」
「……ちゃんとしたモデルを作るにはすごくお金がかかるんです……高校生のわたしには、そんなお金は到底用意できなくて」
俺はある考えを思いついた……よく考えもしないまま浮かんできた考えだった……なぜそんな言葉が口から出てきたのか自分でもわからない。
「じゃあ、俺が一緒に手伝うよ」
青春時代にとっくに諦めた夢……しかし俺がその夢を叶えようという気になったのは、よりによって仕事を失ったこの瞬間だった。
「……でも……二人で力を合わせたとしても、それでも……」
「俺がやってみせる!!」
俺ははっきりと言った……飲んできた酒のせいかもしれない……でもとにかくそう言った。
「あなたのために……俺が絶対に成功させてみせる!!!」
惚れた女に言うセリフみたいだ……でも俺はそんなことを気にしなかった。
「なんで……なんでそこまでしてくれるんですか……会ったばかりなのに」
「一目惚れしたからに決まってるだろ!!」
確かにそう言ったと、俺は誓える。
「え?……」
しかし自分が何を言ったか気づいたときには、もう遅かった。
もし俺が恋愛小説を書くとしたら、どんな作品になるだろうか?……まあ、間違いなくこんな感じの話になるはずだ。なにしろ俺は、クラブのホストみたいな顔立ちなんてこれっぽっちも持ち合わせていないくせに、女性にずかずかと近づいて「彼氏いるの?」なんて訊いてしまうような男だからな。その結果、登場人物たちが出会った瞬間に愛を告白するような物語になってしまうわけだ。まったく、いかにも「サク」らしい話だよ。




