第五話 深い森の中で
先頭の男が斬りかかってくる。
その光景に俺はいっさいの恐怖を感じなかった。むしろ心は落ち着き、身体は自然と動いていた。
振り下ろされた斬撃を躱しざま、腹に蹴りを叩き込む。
短いうめき声をあげ、身体をくの字に曲げた男が吹き飛んでいく。
そのまま残った男に突進する。慌てた男が剣を振るうが、まったくの隙だらけだった。剣を躱して懐に入り、顎を肘でかちあげる。男は白目をむいて崩れ落ちた。
振り返ると、最初の男が起き上がろうとしている。俺は剣を拾うと、男の喉元に突きつけた。
「やめておけ」
俺の声を聞いた男は、観念したように動きを止める。静寂が戻った森の中、地面に落ちた松明の炎だけが静かに揺れていた。
切り裂いた上着で二人を縛り上げながら、自分がさっきのような戦闘を難なくこなせた、という事実に戸惑っていた。俺はいったいどういう人間だったのだろうか……。
もう一人、ロッテを担いでいた男に目をやった。うつ伏せに倒れた男は、すでに事切れていた。ナイフが背中に深く入っていたらしい。ザラーの動きに迷いがなかった。それだけロッテを、村を守ることに本気だということだ。そこへ、木々の間から足音が聞こえた、ザラーが戻ってきていたのだ。腕の中に、ぐったりとしたロッテを抱えている。
「ロッテは」
「生きている。気を失っているだけだ」
「よかった……」
ザラーが無言で、ロッテを俺に差し出してきた。
「いいのか?」
俺がそういうと、ザラーは縛り上げられた二人の男にチラリと目をやった。
「……わかった」
俺が頷くと、フワリ、と精霊の光が再び現れた。
精霊の光に照らし出されたロッテの頬に、涙の跡が残っていた。
「ロッテ」
そっと呼びかけると。ロッテの目がゆっくりと開いた。
「う……ん? ツ、アール? ツアール! 来てくれるって信じてた!」
ロッテが俺にしがみつく。小さな身体から震えが伝わり、俺は少しだけ腕の力を強めた。
「遅くなってごめん」
ロッテは俺の胸に顔を埋めたまま、嗚咽を漏らす。ザラーは少し離れたところで、黙って空を見上げていた。
「こいつらには俺が話を聞いておく。先に帰っていてくれ」
「わかった。頼む」
「ロッテを、早く家に連れて帰ってやれ」
それだけ言うと、ザラーは俺に背を向けた。
「帰ろう」
そういうと精霊の光が先を漂い始めた。
しばらく歩いているとロッテは安心したのか、いつのまにか眠りに落ちていた。
――
夜も深くなってきたが、俺は歩を止めなかった。一刻でも早く、シャールテさんにロッテの無事な姿をみせてあげたかったのだ。
ロッテは少しの間眠っていたが、今ではすっかり目が冴えてしまったようで、色々とおしゃべりしながら歩いた。
「袋の中、真っ暗だったけど……小精霊がずっと一緒にいてくれたから怖くなかったよ」
小精霊は俺たちを導いていただけじゃなかった。袋の中のロッテのそばにも、ずっといたらしい。
俺の前を行く光が、さっきより温かく見える。
「……ありがとうな」
光がポワンと一度揺れると、ロッテが笑顔を浮かべた。
「小精霊、ツアールのこと気に入ってるんだよ」
「そうかもしれないな」
「小精霊が、俺が来るって教えてくれたのか?」
「教えてくれたわけじゃないけど……大丈夫だって思えた。ツアールは来てくれるって、信じてた」
その時、足音が聞こえてきた。
木々の間で、複数の気配が動いている。俺が足を止めると、木陰から獣人の男たちが姿を現し、殺気だった様子で俺を取り囲んだ。
「ニンゲン! その子から手を離せ!」
「ロッテ! 今助けてやるからな!」
どうやら村からの捜索隊のようだが、俺を人さらいの仲間と勘違いしているらしい。
「俺は人さらいの仲間じゃない。ロッテを助けて村に戻っているところだ」
「そうだとしても、その子はこちらに渡してもらう。ニンゲンはニンゲンの住む場所へ帰れ」
その言葉を聞いたロッテの手に力が入った。
「……それはできない」
「何だと? やはりニンゲンは信用ならん。こうなれば力づくで――」
俺達のやりとりを聞いていたロッテが悲鳴のような声を上げる。
「やめて! どうして皆、ひどいこと言うの?!」
「ロッテ、お前はまだ子どもだからわかっていないんだ!」
「シャールテや村の皆がお前を待ってるだぞ、こっちに来るんだ」
「いや! ツアールと一緒じゃなかったら帰らない!」
「…………」
ロッテの反応が予想外だったのか、とまどった捜索隊の面々が互いの顔を見やっている。
その時、背後から声がした。
「ツアールは一緒でも問題ない。村に帰るぞ」
振り返ると、ザラーが立っていた。俺と目が合うと、小さく鼻を鳴らして顔をそむけ、肩を怒らせ歩き出した。




