深い森の中で
「森を抜けるには、どんなに急いでも二日はかかる。追いつくならその間だ。森を抜ければ馬か荷馬車に乗り換えるだろう、そうなれば追いつけない」
「急ごう」
俺たちは光の球を追って、村を抜け、森へと入っていった。
木々が高く、すぐに薄暗くなった。だが光の球は迷いなく進む。速すぎず、かといって遅すぎず。迷いのない動きで俺たちを導いていく。
「精霊がニンゲンに道案内をするなど、聞いたことがない」
隣を走りながら、ザラーがぼそりと言った。
「俺にだって、心当たりはない」
昔の俺は精霊に関係する何かをしていたのだろうか? わからない。だが、今は信じるしかない。
追跡が始まって半日ほど経ったところで、ザラーが急に足を止めた。
「待て」
片手を上げ、地面に目を落とす。
「跡がまだ新しい。三人分、北に向かっているな……」
「ロッテも一緒か」
「子どもを歩かせては時間がかかりすぎる。袋か何かに入れているはずだ」
ギリ、と奥歯が鳴る。
荷物のように扱われているロッテの姿を想像すると、どうしようもない怒りがこみ上げてきた。
「落ち着けニンゲン。ここからは見つからないようにする必要もある。俺の後に続け」
ザラーの後に続きながら、森の中を進んでいく。先ほどまでの真っ直ぐな追跡とは違い、木々の間を縫うように動いていた。
「このまま北へ抜けるなら、あそこの岩場を通るはずだ。そこで待ち伏せる」
「本当に先回りできているのか?」
「俺はここで生まれ育った。この森に俺の知らない道はない」
光の球がザラーの進行方向に向かってふわりと動く。同意しているように見えた。
岩場に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
「あそこを通る、間違いない」
ザラーはそう言うと、指し示した先に街道へ続く獣道が一本、眼下に見えた。
「いつ来るか、わかるか?」
「やつらのペースを考えると、夜にはつくはずだ」
ザラーの言葉を肯定するように、精霊の光が揺れた。
「夜まで、身を隠すぞ」
俺たちが岩の陰に身を潜めるのにあわせて、精霊も見えなくなった。
日が落ちて、森が暗くなり始めた頃。
草をかき分け人影が現れた。
松明を持っているのが二人。中央にいる一人が大きな麻袋を肩にかけている。
袋が、わずかに動いた。中にロッテがいるに違いない。
「やはり三人か」とザラーが小声で囁く。
「俺が引きつける。その間にロッテを」
「無茶を言うな。一人で三人を相手にするつもりか? ニンゲン」
「ここらに俺のような人間が居るとは思っていないはず、やつらもいきなり攻撃をしかけてはこないと思う。適当に話しかけて気をそらすから、その隙にロッテを救出してほしい」
「お前はどうするんだ?」
「俺のことよりロッテの救出が最優先だ」
俺の目を見たザラーが、言葉を飲んだ。
「……任せた」
「ロッテを頼むぞ」
「言われるまでもない」
そう言い残すと、ザラーは音もなく草の中を移動していった。
松明の明かりが近づいてくる。俺は地面を踏みしめ、息を整えた。
「おおい、助けてくれ」
「なんだ、お前は」
「怪しいものじゃない! 仲間とはぐれてしまって。こちらに灯りが見えたので頼りに来たんです」
俺は両手を上げ、できるだけ怯えた様子を作った。
「仲間? 何人だ? いつごろはぐれたんだ?」
「全部で四人。はぐれたのは昼過ぎで、ずっと彷徨っていたんだ」
「何をしにこの森に?」
「狩りですよ。俺は荷物持ちのだったんだが、どでかい獣に追い立てられてちりぢりになっちまって」
男たちの警戒が、わずかに緩んだ気がした。間抜けな荷物持ちに見えたのかもしれない。
「獣? どのあたりだ」
「南の方だと思うんだが、逃げ回っているうちに荷物もなくしちまったし、方向もわからず困ってたんだ」
「北にまっすぐ行けば街道に出る。そこから街は近い」
「ありがとうございます。そこまでご一緒させていただいても? 何でしたら荷物を持ちますよ」
「いや、そこまで面倒はみられん。見ず知らずの人間だ、悪いがそこまで信用はしていない」
荷物という言葉を聞いて、袋を抱えた男が後ろに下がる。代わりに剣を持った二人が一歩前にでた。全員の視線が俺に向いている。素早い動きでザラーが袋を持った男の背後に滑り込んだ。
袋を持った男がくずおれ、次の瞬間にはザラーとロッテの入れられた袋は森の闇に消えていた。
「なんだ?!」
残り二人が振り返る。仲間が地面に倒れているのを見て、すぐに俺へ視線を戻した。
「お前、仲間か!」
「待って、俺は本当に道に迷った――」
そんな言い訳が通じる道理もなく、先頭の男が斬りかかってくる。
その光景に俺はいっさいの恐怖を感じなかった。むしろ心は落ち着き、身体は自然と動いていた。




