0006.ギルドで冒険者登録する
やっと、やっと街の入り口まで辿り着いた。
でも、門の付近は目を疑うほどのプレイヤーで埋め尽くされている。右を見ても左を見ても人、人、人……!
(……ああ、もう!嘘でしょ!?こんなに渋滞してたら完全に出遅れちゃうじゃない!狐火ちゃん、今ごろ召喚解除されて一人で心細い思いをしてるかもしれないのに……早く、早く並ばなきゃ!)
街に入るときは定番のトラブルも無く、スムーズに入ることが出来た。
まさかNPCのみんなに神託があり、私達異邦人が『神々の尖兵見習い』って位置づけになっているなんてね。ちょっとびっくりしたよ。
まぁ、そういう設定じゃないと、街の人からしたらプレイヤーが死んで蘇るなんて「ゾンビかヴァンパイアかの魔物」だと思うだろうし、恐怖の対象になるのは間違い無いからね。
(そんな設定に驚いている暇も惜しいわ。とにかく今は一秒でも早く手続きを済ませなきゃ。周りの人たちが感心したようにこっちを見てる気がするけど……きっと、私の余裕のないボロボロな必死さが珍しいのかしら?)
さて、無事に街には入れたので、何はともあれ冒険者ギルドに一直線だね。
早く狐火ちゃんを召喚しなければ。いつまでも待たせるわけにはいかないし、何より私が待ちきれない!
本当なら、狐火ちゃんと一緒にゆっくり街の散策をしたかったのに。あの迷惑プレイヤーのせいでそれもできなくなっちゃったし、ホント余計なことをしやがって。
(……わっ、すごい……)
一瞬だけ視界をかすめたのは、レンガ造りの洋館と、その土台を支える堅牢な石垣。日本の城で見た「穴太積み(あのうづみ)」にそっくりだ。瓦屋根が並ぶ街並みはどこか懐かしいけれど、今の私にとっては「狐火ちゃんまでの障害物」でしかない。
「ごめんなさい!ちょっと通してください!」
噴水の周りで記念撮影をしたり、ハイカラな街並みに見惚れて立ち止まっているプレイヤーたちを、私は迷いなく追い抜いていく。
(ごめんね、邪魔よね!でも、私には一秒の猶予もないの!)
本人の主観では、重い足を引きずり、人混みに揉まれながら辿り着いた、あまりにも長すぎる「30分間の大強行軍」だった。
だが、その時の彼女の姿は、周囲の目には全く異質に映っていた。
呼吸一つ乱さず、迷路のような路地を最短経路で突き抜け、風のように過ぎ去る和服の影。
観光気分のプレイヤーたちが、「おい、今の見たか?ログイン直後に一切の無邪気な観光を捨てて、あんな速度で……」「さては乱数調整を完璧に終えたトップランカーか?」と戦慄の声を上げていたことなど、焦燥感で頭がいっぱいの彼女の耳には、一切届いていなかった。
「……あ、あった!!」
ようやく見えてきた冒険者ギルドの建物。赤レンガとドーム屋根を持つ壮麗な洋風建築でありながら、正面玄関には神社のような立派な「唐破風」がドーンと構えている。その姿を見つけた瞬間、私は泣きそうなほど安堵した。
(BGM:『六花支部・冒険者たちの喧騒』開始)
※ジョッキを合わせる音や足音が混ざった、活気あるアイリッシュ・パブ風の明るい日常曲。冒険者たちの賑わいと活気を象徴する楽曲 。
扉を開けると、アイリッシュ・パブのような活気ある旋律と、多くのプレイヤーやNPCが交わす賑やかな声が耳に飛び込んできた。
中に入ると、大正時代の銀行のような重厚な木製カウンターと真鍮の柵で仕切られており、矢絣の着物に袴を合わせたレトロな制服姿の職員たちが業務をこなしている。
私はそのままの勢いで、吸い込まれるように最短の動線を描いて受付の列へと滑り込んだ。
(早く、早く狐火ちゃんに……!)
周囲を完全に遮断し、目標だけを見据えるその「冷徹な集中力」。
それが近くにいたガチ勢の目に「マップ構造を完全に把握し、一秒のロスも許さない廃人の風格」として焼き付いていることなど、彼女は微塵も考えていなかった。
並んで待っていると、職員の方に声をかけられた。
「本日、冒険者登録で来られた方ですか?」
「はい、そうです。冒険者登録をして、その後、幻獣を召喚したいのですが」
「そうですか。本日は冒険者登録する方が多いので、先にこの書類を書いてもらってから、並び直してもらえますか。あと、幻獣召喚をご希望であれば、登録後に訓練場で職員立ち会いのもと実施してもらいますので、こちらのカードを受付にお渡しください」
私は書類とカードを受け取り、隅にあるテーブルで記入を済ませた。名前や最低限の項目を埋める間も、ペンを持つ手がもどかしい。記入を終えるとすぐに列に並び直した。
「次の方、どうぞ~」
呼ばれたので、受付の前に行く。定番の若い受付嬢ではなく、私と同じくらいの20代半ばの男性職員だった。
「冒険者登録と、幻獣召喚をお願いしたいのですが」
さっき記入した書類を渡しながら、要件を手短に伝える。
「はい、ありがとうございます。まずは書類を確認しますので少々お待ちを。その間に幻獣召喚の準備を致しますので、お渡ししたカードをこの小箱の中に置いていただけますか?」
言われた通り、渡してもらったカードを小箱の中に入れて受付の彼に渡す。
そうすると。
カードの色を見た瞬間、彼の顔が引き攣り、目を限界までひん剥いた。
「ヒッ……!?」
短い悲鳴。彼はギョッとした顔のまま急に立ち上がり、バタバタと奥へ走って行ってしまった。
「えっ……?ちょっと!?」
あまりのことに呆然として立ち尽くしていると、窓口の奥から、キリッとした雰囲気の美しい女性職員が声をかけてきた。
「クラッガが突然席を立ち、大変失礼いたしました。冒険者登録の手続きは私が代わりますので、よろしくお願いします」
「はぁ……それは良いのですが、クラッガさん?は大丈夫なんですか?なんで急に走っていったのかわからないのですが、私、何か失礼なことでもしたのでしょうか?」
「そのようなことは一切ありませんよ。あのバカ……もとい、クラッガは、受け取ったカードの色を見て驚き、支部長に報告へ走っただけですので、お気になさらず。お客様に何の説明もせず居なくなったクラッガが全面的に悪いので、あとでキツく、キツく絞り上げておきます。どうか許してやってください」
笑顔だが、目の奥が笑っていない。この人、絶対に後でクラッガさんをボコボコにする気だ。
「あのカードの色って、そんな大事なのですか?さっき並ぶ前に職員の方から受け取っただけなのですが……」
「ええ。あのカードは、触った人が持つ『召喚されていない幻獣の最高神格』を簡易的に確認できるアーティファクトなんですよ。たぶん、クラッガは今までに見たこともない色が出たので、パニックを起こして支部長のところに飛んでいったんだと思います。あのバカは」
「あぁ~、そうなんですね」
神格が高い……。やっぱりうちの狐火ちゃん、SSRだものね。
あまり目立ちたくはなかったけれど、そんなことより早く会いたい。
「ところで、神格が高い幻獣を連れていると、何か制約などはあるのですか?」
「神格が高いからといって、制約などは一切ございませんのでご心配なさらず。ただ、今回のご不快な対応につきましては、支部長より必要な補償をするように私からキッチリと伝えておきますからね」
「最後に、冒険者登録が済みましたので、冒険者カードの本人登録をお願いします。こちらの水晶球に触っていただきながら、カードに情報を登録しちゃいますので」
私は右手で水晶球に触れた。
その動作の淀みのなさ、そして認証が終わるのを待つ間の「一切の無駄を削ぎ落とした静止」。
それを見守っていた周囲のプレイヤーたちが「おい、あの受付が逃げるほどの何を登録したんだ……?」「あの構え、タダモノじゃないぞ……」とざわめき始めていた。
「これで冒険者登録と本人登録は完了です。カードの詳細内容は本人と冒険者ギルドしか見られませんので、ご安心を。幻獣召喚につきましては、支部長とお会いしてから訓練場へ移動して始めることになりますので、右手奥にある個室で少々お待ちいただけますか?」
(支部長?なんだか話が大きくなってる……?でも、そこに行けば会えるのね!)
私は出来上がったばかりのカードをひったくるように受け取ると、教えられた個室へと足早に向かった。
早く。一刻も早く、あの温かい毛並みに顔を埋めたい。
なぜこんな大ごとになっているのか不思議でならなかったけれど、今の私にはどうでもいいことだった。
【冒険者カード】
所属:冬早国
名前:琴音
職業:見習い冒険者Lv0
スキル:幻獣理解(冬早)Lv0、幻獣料理(冬早)Lv0、魔導具製作Lv0、採集(冬早)Lv0、調合Lv0




