0007.ギルマスとの面談は希望してない
冒険者ギルドで、サクッと登録と狐火ちゃんの召喚を済ませようと思っていたのに。
なぜかVIPが通されるような重厚な個室に通され、『支部長』なる人物を待つことになってしまった。
……なぜこうなった。
早く狐火ちゃんに会いたいって思っていただけなのに!
残念な気持ちしかなく、私はソファに深く沈み込んでだいぶ落ち込んでいた。
(……ああ、もう!全部どこの誰とも知らない、ギルドでやらかしをしてしまった迷惑プレイヤーのせいよ。あんちくしょー、今度会ったらただじゃおかないんだから!
どこの誰か知らないので会ってもわからないし、たぶんアカウント凍結で八百幻も辞めるだろうから会うことはないが)。
あぁ~、他のプレイヤーは冒険者登録が終わったら、さっそくクエストを受けて楽しんでいるんだろうなぁ〜。
部屋に居てもやることがないので、独り言を言いながらみんなが楽しんでいるのをやっかんでいると、「コンコン」と控えめにドアが叩かれた。
「琴音さん、いらっしゃいますか。入ってもよろしいですか?」
そう言って部屋の中に入ってきたのは、先ほど受付でクラッガさんを(笑顔で)圧倒し、私をフォローしてくれた美しき女性職員だった。
(BGM:『若菜の胃薬と労災申請(ハザードレベル4)』開始)
※ラグタイムピアノに乗せて、木管楽器がため息のように下降する、少し哀愁漂うドタバタ喜劇風のBGM。有能な受付嬢が世界の常識を壊す主人公に振り回される悲哀を象徴する楽曲。
「先ほどはきちんとご挨拶もできず、失礼いたしました。私、受付リーダーの『若菜』と申します。支部長の時間が空きましたので、まずは支部長室へお連れしてお話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げてくれたが、「支部長室に行く」という事実でまた気分が下がってしまい、私は生返事のままムスッと立ち上がって部屋を出てしまった。
大人げないかもしれないが、それくらい「早くモフモフさせろ」という禁断症状で気分が悪いのだ。
だが、私の後ろを歩く若菜さんの目には、全く別の光景が映っていた。
(若菜の内心:……なんてプレッシャーかしら。不当な足止めを食らっていることへの静かな怒り……?いえ、これは底知れない魔力を秘めた『強者』特有の周囲を威圧するオーラだわ。ハザードレベル4……。この人をこれ以上待たせるのは、ギルドの存亡に関わるわね……!)
「あ、琴音さん。支部長室はそちらのホールではなく、逆です。私についてきてください」
「えっ、あっ、はい」
ホールに戻るつもりで歩き出したが、逆と言われ、若菜さんの後について慌てて方向転換する。ちょっと恥ずかしい。ムスッとしながら歩いているのに、道違うって後ろから言われてしまった。
若菜さんは一番奥の重厚な扉、支部長室に着くと、ノックして扉を開けた。
「支部長、琴音さんをお連れしました。あとはよろしくお願いします」
私に入室を促し、若菜さんは音もなくドアを閉めた。
部屋の中には、初老の男性が一人だけいる。少し下を向いて書類を眺めているので、顔はまだよく見えない。
「そんなところに立っておらんで、こちらに来て座ってくれ。ちょっと確認したいことがあるだけじゃから、すぐに終わると思うぞ」
着席を促されたので向かいのソファに腰を掛けたのだが、顔を上げた支部長の姿を見て、私は驚きのあまり少し固まってしまった。
頭部には立派な角が生え、肌には鈍く光る鱗が見える。
支部長と思われるその人は、私の反応を見てもいつものことなのか、気にせず自己紹介を始めた。
「わしの名は、ヨルムじゃ。見ての通り、龍人じゃが、お前さん達異邦人の中にいる『竜人』とは違う種族になるぞ」
今回、初期選択できる竜人をマジマジとは見ていないが、街の入り口や冒険者ギルドの受付に並んでいる時に見かけた竜人族は、目の前の支部長に比べると、人と竜のハーフ……いや、クォーターぐらいにしか見えなかった。
この圧倒的な威圧感と完成されたフォルム。「竜」ではなく「龍」。これはもしかすると、種族進化のエンドコンテンツのようなものがあるのかもしれない。もしそうなら、八百幻の楽しみがまた一つ増えたかも。
とはいえ、とりあえずそれはさておき、挨拶はしておかないとね。これ以上変に時間を取られて、狐火ちゃんとの時間を減らしたくないのだ。
「ご丁寧にご挨拶いただきありがとうございます。私は人族の琴音と言います。今日、初めてこのギルドに冒険者登録をしに来ました。何か、受付で登録作業をしていただく際に、私のカードの色で驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「わざわざ来てもらってすまぬな。カードの色のことはそこまで気にすることではないんじゃが、念のため、このカードをもう一度触ってもらえぬか。わしの目の前で直接確認したくてな」
「構いませんよ。カードを普通に持てばいいですか?何か特別な魔力の流し方とか必要なら言ってください」
最初に渡されたカードだと思うが、今は普通の白い無地のカードに戻っている。触るだけならさっきも何ともなかったので、普通に差し出された箱の中からカードを取り出す。
「いや、特になにかする必要はない。ただ、しばらく持っていてもらうだけで大丈夫じゃ」
そう言われたので、カードを持ったまましばらく待っていると、カードの表面の色が波打つように変わり始め、先ほど受付に渡したときと同じ、あり得ない極彩色のような凄まじい色に染まった。
受付に並んでいたときは周りの様子を見ていたから色が変わるところを見ていなかったけれど、こんな風に徐々に変わっていくものなんだね。
「……うむ。やはり、これで間違いは無いようじゃな」
ヨルム支部長の顔つきが、一瞬だけ鋭く険しいものに変わった。
「琴音とやら。お前さんの幻獣を召喚するとなると、初回は絶対に見られないほうがよいじゃろうな。――若菜!入ってくれ!」
廊下に向かって声をかけると、即座に扉が開き、若菜さんが入室してきた。
わざわざ廊下で待機をしてくれていたようだ。
「若菜、すぐにこのギルドで一番広いA訓練場を閉鎖して、誰も入れないように入り口を固めてくれ。準備でき次第、我々も訓練場に向かうぞ」
「支部長。すでにA訓練場の閉鎖は完了しております。念のため、隣のB訓練場も一緒に閉鎖しておきました。さらに、A・Bの訓練場の入り口と、そこにつながる廊下にも信頼できる職員を配置しておきましたので、部外者に盗み見をされることは絶対にありません」
「……お、おう。そうか、ご苦労」
うぉっ、めちゃくちゃ有能!
支部長が指示を出す前に、すべての封鎖と警備の配置を完了させているなんて。若菜さん、ただの受付嬢じゃなくて、ものすごく優秀な人なんじゃないか?
ギルマスがちょっと引いてるくらいだし。
「さてと、準備が完璧に整ったようじゃな。それじゃ、琴音、訓練場に行くとするか」
まるで国賓か、はたまた危険物でも運ぶかのようなVIP待遇と厳戒態勢。
こんなに仰々しくなくていいんだけど……しょうがないか。
私は言われるがままに、ヨルムさんと若菜さんの後についていく。
こんな超厳戒態勢で大ごとになっているせいで、私の気分と足取りは、鉛のように重かった。
私はただ、モフモフの狐火ちゃんに早く会いたいだけなのに……!




