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0058. ダンジョンの怪しい場所はスルーして

私は今、お重箱に詰めた「究極発光なめろう」をカバン(インベントリ)に忍ばせ、再びダンジョン『水響の古跡』の地下一階に降り立っていた。


「よぉーし、狐火ちゃん。今日こそ水蓮くんを見つけて、このお弁当を食べてもらいましょうね!」


「クゥ!(……期待してるぞ!)」


……そういえば、あの隔離室に置いてきた『深淵の帝王カニ出汁の極上和風ブイヤベース』と『極北の主の炙りハラス』、とっても美味しそうだったわね。

あの異常な発光騒ぎのせいで、結局一口も食べられなかったけれど。水蓮くんと仲良くなったら、お家に帰って狐火ちゃんと一緒に夕飯で食べようっと。あと、なんだかんだで付き合ってくれて疲労困憊(ひろうこんぱい)だった若菜さんとアンネさんにも、お詫びにおすそ分けしてあげなきゃね。


そんな平和な夕飯の献立を考えながら歩いていると、広間には相変わらず殺気立った異邦人(プレイヤー)たちが大勢ひしめいていた。

カバンの中からは、布を何枚重ねても隠しきれない黄金の光(なめろうの輝き)がチカチカと漏れ出しているけれど、気にしない。今の私には『モフモフのお友達を作る』という明確な目的がある。彼らの「効率」なんて言葉は、私の「モフモフ欲」の前では無力なのだ。


(BGM:『60. 決死の攻略隊とお散歩の和服 〜不協和音の対比〜』開始)

※ガチ勢の戦闘領域からは、悲壮感漂う重厚なコーラスと激しいドラムの「決死のバトルBGM」が鳴り響いているのに、琴音の歩く道からは、気の抜けるような三味線と横笛の「のほほんとしたお散歩BGM」が流れているという、前代未聞のマッシュアップ楽曲。血みどろの攻略隊の横を、和服姿の琴音が「あ、ここ怪しいからやめとこっと」と鼻歌交じりに素通りしていく、圧倒的な温度差(不協和音)をシュールに表現したギャグBGM 。


「――おい、無理だ! 右から瘴気が来るぞ! 盾役(タンク)を下げろ!」

「ダメだ、あの隠し扉が開かない! ギミックの解明が先だ! ヒーラー、回復回せ!」


通路の奥から、悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。

見ると、ある通路の突き当たりに、禍々しい黒い霧――『瘴気』が漏れ出している巨大な石の扉があった。その前には、力尽きて「死亡待機」の状態になっているプレイヤーたちが死屍累々(ししるいるい)と横たわっている。


「……あら。あそこ、なんだかすごく大変そうね?」


私が立ち止まって首を傾げていると、扉の前で必死に大盾を構えていた戦士が、こちらを振り返って絶叫した。


「おい、そこの和装の女! 逃げろ! ここは発見されたばかりの高レベル隠しボス部屋だ! 扉から漏れる瘴気に触れるだけで、デバフでレベルが数個吹き飛ぶぞ!!」


【System Alert:Extremely Dangerous Zone Detected(超危険区域を検知)】

【Anomaly:Forbidden Sanctuary of Despair(絶望の禁忌聖域)】

【Status:Miasma Concentration 999%(瘴気濃度999%)】

【警告:前方、未定義の高難易度エリア。現在のレベルでの接触は推奨されません】


「……くんくん。……うーん。狐火ちゃん、どう思う?」


狐火ちゃんは禍々しい扉を一瞥し、鼻をフンッと鳴らしてそっぽを向いた。


「そうよねぇ……。なんだかカビ臭いっていうか、埃っぽいっていうか。何より、全然『モフモフ』の気配がしないもの。こんなところに可愛い水蓮くんがいるはずないわね!」


「……はぁ!? 何を言ってるんだ、お前は! ここはトップギルドの全プレイヤーが血眼で探している最奥の――」


戦士の言葉を待たず、私はクルッと踵(きびす)を返した。


「忠告ありがとうございます! でも私、急いでいるので! 『いい匂い(モフモフ)』のする方へ行きますから! 皆さんもお仕事(攻略)頑張ってくださいねー!」


私は、致死量の瘴気が渦巻く扉を「ただの汚れた壁」とでも言うかのように一瞥して完全にスルーし、スキップするような足取りで別の、何の変哲もない水辺へと続く細道へと消えていった。


「……な、なんなんだ……あいつ……。隠しボス部屋を『カビ臭い』の一言で無視して歩き去ったぞ……」

「……というか、あいつの持ってるカバンの隙間から、ボス部屋の瘴気よりヤバい黄金の光が漏れてなかったか……?」


背後でトップ層のガチ勢たちの呆然とした声が響いていたけれど、私にとっては「モフモフがいない場所」に用はないのだ。


---


「……くんくん。……あら? 狐火ちゃん、あっちの壁の隙間から、微かに『モフッ』とした匂いがしない?」


「クゥ?(……確かに、獣の匂いがするな)」


私が指差したのは、崩れた瓦礫(がれき)の裏に隠れた、人一人がやっと通れるかどうかの小さなヒビ割れだった。普通のプレイヤーなら「ただの背景オブジェクト」だと思って見逃すような場所だ。


「よし、ちょっと失礼して……。よいしょ、よいしょ!」


私は着物の裾(すそ)を気にしながら、その狭いヒビ割れに強引に体をねじ込んだ。

【警告:未踏破のシークレットエリアへの強行侵入を確認。物理演算が不安定です】 というAIの忠告も、今の私には聞こえない。


途中で、見えない壁のようなものに裾や足がググッと引っ掛かった気がした。

(あれ? なんだか引っ張られてる……?)

普通のプレイヤーなら「侵入不可の判定」だと気づいて引き返すところだが、モフモフを前にした私に後退の選択肢はない。「ええいっ、モフモフのためよ!」と強引に身をよじって力一杯引っ張ると、謎の抵抗感はプツリと途切れた。


(――ガリガリッ、スポン!)


「ふぅ、抜けたわ! ……わぁ、ここ、なんだか秘密基地みたいね」


穴の先には、誰も足を踏み入れたことのない、美しい水晶が光る隠し小部屋が広がっていた。そして部屋の中央には、いかにも「レアな幻獣」が眠っていそうな、ふわふわの綿毛のような巣があった。

……のだけれど。


「…………くんくんくん。……んん?」


私は巣に近づきかけた足を、ピタリと止めた。


「……狐火ちゃん。この巣の匂い……悪くはないんだけど、ちょっと『モフ密度』が足りないわ。ゴワゴワしてそうっていうか。これじゃない。私の求めている最高級のモフモフはこれじゃないわ!」


「クゥーン?(……相変わらず、変なところで贅沢だな)」


その時、私の鼻孔(びこう)を、さらに別の方向から漂ってきた『超弩級(ちょうどきゅう)のモフモフ香』が突き抜けた。それは、瑞々(みずみず)しくて、清涼感があって、それでいて濃厚な……。


【Mofumofu Sensor:Critical Hit!(モフモフセンサー:クリティカルヒット!)】

【Targeting:Super Premium Fluff - Legendary Level(目標:超特級モフモフ・伝説級)】

【Location:300m Ahead, Underwater Passage(位置:前方300m、地下水脈)】


「こ、これよ! この『スーパー・プレミアム・モフ』の匂い! さっきの巣なんて目じゃないわ!」


私はせっかく見つけた(おそらく初回発見ボーナスがあるはずの)隠し部屋の中央に鎮座する『金の宝箱』には一切目もくれず、匂いの漂ってくるさらに奥の壁――さっきの穴よりもさらに小さく、どう見てもただの『背景の岩のヒビ』にしか見えない極小の亀裂に向かって突進した。


「待っててね、本物のモフモフちゃん! 今、とびっきりの『なめろう』を持っていくわよー!」


(メメリッ、ズボボボッ!)


私は物理演算の悲鳴のような音を立てながら、新しい隙間へと強引に体をねじ込み、匂いの源泉である「地下水脈」へと向かって猛ダッシュ(壁抜け)を開始した。


背後で隠し部屋のギミックが「えっ、苦労して入ってきたのに宝箱開けずにさらに奥の壁に消えるの!?」と言わんばかりに虚(むな)しくガシャリと音を立てた気がしたけれど、私の辞書に「モフモフへの妥協」という二文字はないのである。

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