0056. 漁港の村『フロストヴィーク』への小旅行
「――北の漁港『フロストヴィーク』の、あの塩辛い海産物かのう……」
支部長のヨルムさんが風のように去っていった後、私はギルドのロビーでその言葉を真剣に反芻していた。
塩辛い海産物。……塩辛いもの。
「確か、ギルドの図書室にこの国の幻獣図鑑があったわね。前にも読んだけど、もう一度確認してみましょう」
私は図書室へ向かい、分厚い図鑑のページをパラパラと捲った。
「あったわ。水辺に現れる青白い閃光、素早い動き……間違いないわ。噂のモフモフ幻獣は『流爽人』ね! で、ヨルムさんが言っていた好物が……」
私は図鑑をパタンと閉じ、ポンッと手を打った。
「……塩辛! そうだわ、お酒のおつまみの『塩辛』だわ! つまり流爽人は、渋いおじ様みたいな味覚の持ち主なのね! よぉーし、最高の塩辛を作るために、まずは新鮮なイカ……じゃなくて、お魚を釣らなきゃ!」
「クゥ?(……なんか勘違いしてないか?)」
私は首を傾げる狐火ちゃんを抱きかかえ、拳を握りしめると、そのまま鍛冶ギルドのバルガスさんの工房へと猛ダッシュした。
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■ 工房にて:『絆の釣竿(試作品)』誕生
(BGM:『突貫工事のドタバタマーチ 〜木琴と金床〜』開始)
※木琴のコロコロとした旋律に、カーン、コーンという金床を叩く金属音がリズミカルに混ざる、コミカルでせわしないマーチ調の楽曲。未知のモフモフに出会うためのアイテム準備や、道中のドタバタとした「お散歩(小旅行)」の始まりを、琴音の浮かれたワクワク感と共に描き出す。
「バルガスさーん! 大変です、釣竿を作ってください! 最高の塩辛を作るためのお魚を釣らなきゃいけないんです!」
「あぁん? 塩辛だぁ? ……お嬢ちゃん、海で釣りをするなら、その辺の道具屋で初心者用の竿でも買っていきな」
バルガスさんは呆れ顔だったけれど、私の必死な形相(※モフモフへの執念)に根負けしたのか、奥から木材を取り出してきた。
「しゃあねえ。手持ちの余り物のしなりがいい木材で、試作品の竿でも作ってやるよ。……だが、北の海の魚は引きがヤバいぞ。普通の補強じゃ一発で折れるかもしれん」
「それなら、これを使ってください! この前のお揃いアクセサリー作りの残りの……えーっと、この『綺麗な石の欠片(※虹晶コアの破片)』と、この『不思議な粉(※昔のゴミ処理クエストの時に使わずに余っていた神聖な灰)』です! 強度は大事ですよね!」
「……おい、お嬢ちゃん。ちょっと待て。それは接着剤じゃねえ、取り扱い注意の国宝級魔法触媒だろ。それをただの竿の芯材に練り込むバカがどこに――」
「お願いします! モフモフを釣るためなんです!」
私の勢いと狐火ちゃんの純粋な瞳に押され、バルガスさんは半ば投げやり(でも職人としての仕事は完璧)に素材を練り込んだ。
出来上がったのは、見た目はシンプルな木の竿ながらも、時折内部に虹色の魔力光が走る、とんでもなくしなやかでヤバい釣竿だった。
【New Item:Prototype Bond Fishing Rod(試作型・絆の神竿)】
【Durability:∞(耐久値:破壊不可)】
【Effect:神格誘引、および『絶対に糸が切れない・竿が折れない』絶対物理法則の付与】
「……よし、完成だ。だがな、お嬢ちゃん。これで海竜でも釣る気か? 強度の数値がバグってて、俺の鑑定眼でも測れねぇぞ」
「ありがとうございます! これで美味しい塩辛……じゃなくて、お魚を釣ってきます!」
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■ ギルド前:走る高級スイートルーム
翌朝、冒険者ギルドの前に向かうと、そこにはなぜか生産ギルドのアンネさんが腕を組んで立っていた。
「琴音さん。……あなたが北の果てまで行くって若菜から聞いたわよ。あそこは馬車でも数日かかる極寒の難所だけど、『虹光の零位』の権利者なら、これを使うのが当然ね。生産ギルドが総力を挙げて手配したわ」
アンネさんが指差した先にあったのは、馬車というよりは「豪華なホテルのスイートルームに車輪をつけたもの」だった。
外装は魔導金属で装飾され、中からはふかふかのソファと、淹れたての紅茶の香りが漂っている。
「……えっと、ギルドの乗り合い馬車ってこれですか? なんだかすごく……お部屋みたいなんですけど」
カウンターからお見送りに来ていた若菜さんは、その光景を見て、天を仰いで深くため息をついた。
(……琴音さん。それはギルドの乗り合い馬車じゃないわ。世界に数台しかない、生産ギルドが王族や国賓を送迎するための『特級魔導車両』よ……)
若菜さんは心の中で盛大に絶望しつつ、表面上はなんとか笑顔を取り繕った。
「……いいわ、もう何も突っ込まない。それに乗って、お願いだから安全に……いえ、生態系に被害を出さないように行ってきてちょうだい」
「はーい! 行ってきます、若菜さん、アンネさん!」
御者さんが「零位様、出発いたします!」と裏返った声で叫び、VIP用馬車は雪原に向かって爆走を始めた。
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■ 極寒の漁港フロストヴィーク
(BGM:『凍てつく海風 〜雄大なホルン〜』開始)
※視界が開け、白波の立つ冬の海と漁港が目に飛び込んできた瞬間に響き渡る、深く雄大なホルンの旋律。六花の街とは異なる、吹き荒れる冷たい海風の過酷さと、北の海に生きる人々の力強さを感じさせる。コミカルな道中から一転して、壮大な大自然のスケール感を演出するシリアスなBGM。
魔導車両の快適な旅を経て馬車を降りると、そこは凍てつく風が吹き荒れる銀世界だった。
私は防寒具に身を包み、狐火ちゃんを抱いて、大きなドリルで分厚い氷に穴を開けている漁師さん(NPC)たちのもとへ歩み寄った。
「こんにちは! あの、モフモフの幻獣が喜びそうな『塩辛いお魚』を釣りたいんですけど、どこがいいでしょうか?」
「塩辛ぁ? モフモフ? ……ああ、あの最近噂になってる幻獣のことか。あいつを誘き寄せるなら、この湾の主である『極北サーモン』か『アビス・タラバ』を丸ごと捧げるしかねえって言われてるが……嬢ちゃん、その細い竿でやる気か? そもそも、この氷を割るだけで日が暮れるぜ」
漁師さんは笑ったけれど、私は構わず狐火ちゃんに合図を送った。
狐火ちゃんが「クゥ!」と鳴いて尻尾を一振りし、蒼白い炎をフッと放つと、一瞬で直径一メートルの完璧な円形の穴が、分厚い氷に「ズボッ」と開いた。
「なっ、魔法で一瞬だと……!? おい、野郎ども! なんか凄えテイマーのお嬢ちゃんが来たぞ!」
漁師さんたちがワラワラと集まってくる中、私はバルガスさんに作ってもらった『絆の釣竿』に、買ってきた疑似餌をつけて糸を垂らした。
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■ 第1投:極北の主
数分後。竿先が海面に突き刺さるほど激しく、暴力的にしなった。
「わわっ! 来た、重い! 引っ張られる……っ!」
「おい嬢ちゃん、無茶だ! 竿を放せ、海に引きずり込まれるぞ!」
漁師さんたちが慌てて駆け寄ってくる。けれど、バルガスさんの竿はどれだけU字に曲がっても折れる気配がない。芯材に入れた『神聖な灰』と『虹晶の破片』が、物理法則を無視して私の小さな力を何倍にも増幅して耐えているようだった。
「お、重いけど……絶対に折れないです! 皆さん、手伝ってください!」
「よ、よっしゃ、任せろ! お前ら、嬢ちゃんを支えろ! せーの、で引くぞ!!」
五人がかりで糸を引くと、海面からザバーンッ!と虹色の鱗を輝かせた、体長三メートルを超える『極北サーモン』が躍り出た。ドッシーン!と氷の上が揺れるほどの巨体だ。
「……嘘だろ、伝説の主じゃねえか……。嬢ちゃん、あんた一体何者だ?」
「ありがとうございます! 皆さんのおかげです。これ、一人じゃ持ち帰れないので、半分はお手伝いのお礼に皆さんに差し上げますね!」
「いいのか!? こんな最高級品、村の宴会が数回は開けるぞ!」
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■ 第2投:深淵の帝王
一息ついてから、私は再び糸を垂らした。今度は「ズシン」とした、海底の岩でも引っ掛けたような重みが伝わってくる。
「……あ、また来ました。今度は全然動かない……あ、重い、重いぃぃ!!」
「またかよ! 嘘だろ!? 全員集まれ、今度はもっとヤバい重さだぞ!」
今度は十人以上の漁師さんが私の後ろに一列に並び、まるで綱引きのように「オーエス! オーエス!」と竿を引いた。
そして氷の上に引きずり出されたのは、戦車のような硬い甲殻と、人間を丸呑みできそうな巨大なハサミを持つ『アビス・タラバ』だった。
「ひえぇぇ! 帝王カニまで……!!」
「これも、半分こにしましょう! 美味しそうな脚、皆さんで茹でて食べてください!」
気がつくと、私は漁師さんたちに「海神の愛娘」だの「北海の豊穣聖女」だのと拝まれていた。
「塩辛の材料」を確保しにきただけなのに、なぜか大量の干物や保存食までお礼に持たされそうになり、私は大慌てでインベントリに獲物を詰め込んだ。
「よし、狐火ちゃん! これで最高の『塩辛料理』が作れるわね!」
「クゥーン(……カニの脚、一本くらいその場で焼いてほしかったな)」
私は、大歓声を上げる漁師さんたちに見送られながら、再び豪華馬車へと乗り込んだ。
次は六花の街の宿のキッチンを借りて、いよいよ幻獣を釣るための「塩辛(特製のおつまみ)」の調理開始だ!




