0055. 素早すぎるモフモフの噂と顔なじみへの愚痴
ダンジョン『水響の古跡』。その地下広間に漂う、殺伐とした「ギスギス効率オーラ」にすっかり当てられてしまった私は、癒やしを求めてその足で街の顔なじみを回る「愚痴ツアー」へと繰り出した。
(BGM:『傷心の愚痴ツアー 〜ちょっぴり切ないアコーディオン〜』開始)
※パリの裏路地を思わせる、ちょっぴり切なくもどこか間の抜けたアコーディオンの旋律が、「ただ平和にモフモフしたいだけなのに……」という琴音の哀愁と等身大のぼやきを可愛らしく演出するBGM。
「アンネさーん! 聞いてくださいよぉ、あのダンジョン! 全然スローライフじゃないです! みんな『時給』とか『バフが遅い』とか、まるでお仕事の締め切りに追われてるみたいで、全然可愛くなかったです!」
生産ギルドでアンネさんに泣きつくと、彼女は分厚い台帳から顔を上げずに、冷たく言い放った。
「……琴音さん。あそこは発見されたばかりの遺跡なのよ? 攻略組が必死なのは当たり前だし、それを『お仕事』って表現するのは、ある意味で大正解かもしれないわね……。っていうか、私はあなたが昨日持ち込んだバケモノ素材の特例処理という『本当のお仕事』で死にそうなの。お願いだから大人しくあっち行ってて」
「ひどい! 癒やしがないわ!」
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次に訪ねたのは、鍛冶ギルドのバルガスさんの工房だった。
「バルガスさーん! ダンジョンの人たち、みんなトゲトゲの鎧を着てて、すれ違ったら狐火ちゃんが怪我しそうだったんです! もっとこう、モフモフを優先した平和な世界だと思ってたのに!」
「ガハハ! お嬢ちゃん、鎧ってのは身を守るためのもんだ。トゲトゲなのはそいつの趣味だろうがな。……だが、まぁ、あんな殺気立った血生臭い場所にお前さんとその子ギツネが似合わねぇのは確かだ。どうしてもモフりたいなら、他所を当たるんだな!」
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最後は森の入り口、ルンドさんのところまで足を伸ばした。
「ルンドさーん! せっかくダンジョンに行ったのに、一歩も進まずに戻ってきちゃいましたよ!」
「お、おう、お嬢ちゃん。……まぁ、あそこはガチ勢の巣窟だからな。賢明な判断だと思うぜ。……っていうか、俺も昨日あんな『寿命が縮むようなヤバい代物』を見せられた後は、普通の接客が最高のリハビリに感じるよ……。普通の客っていいな(遠い目)」
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結局、誰からも代わりのモフモフ情報は得られず、私はとぼとぼと冒険者ギルドへ戻り、若菜さんの受付カウンターにべちゃあっと突っ伏した。
「若菜さーん……。あんな殺伐とした場所、私には一世紀早かったです。あそこは遺跡じゃなくて、ただのブラック企業の前線基地ですよぅ……。もっと癒やし系で、狐火ちゃんと一緒に遊べる場所、隠してるなら教えてください!」
「『ブラックキギョウ』が何かは分からないけれど、ものすごく殺伐としてストレスが高そうな響きね……。それに隠してないわよ……(※隠してるけど)。……はぁ、やっぱり秒で戻ってきたわね」
若菜さんが頭を押さえて深〜く溜息をついた、その時だった。
背後のロビーで休憩していた冒険者たちの会話が、私の地獄耳に飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 水辺のエリアに、青白い閃光みたいな魔物が出るって噂だ」
「ああ。あまりにも素早すぎて影すら踏めないらしいぜ。一部のガチ勢は『もしかして未発見のユニーク幻獣、流爽人じゃねえか?』って推測してるらしい。すげぇ『モフモフ』してるっていう噂だがな」
「モフモフ……!? 流爽人(仮)!?」
(BGM:『期待の再出発 〜弾むバイオリン〜』開始)
※スタッカートを効かせた小気味よく弾むバイオリンの音色が、未知のモフモフへの期待感と、琴音の「現金なまでの立ち直りの早さ」をリズミカルかつポジティブに表現するBGM。
「若菜さん! 私、やっぱりダンジョン行きます! モフモフが私を待ってるわ!」
「えっ、あ、ちょっと琴音さ――」
引き止める声を無視して、私は再びダンジョンへと走った。
……けれど、数時間後。
「……いない。どこにもいないわ、狐火ちゃん」
「クゥ(……かすりもしなかったな)」
水場を血眼で探し回ったけれど、見つかるのは殺気立ったガチ勢のパーティーと、跳ねる水飛沫だけ。影すら見つけられず、私のテンションは再び奈落の底まで叩き落とされた。
「……若菜さん、やっぱり噂は噂ですよ。あんなお仕事会場に、可愛い子がいるわけないんです……」
再びギルドのカウンターで魂が抜けたようになっていると、背後からスッと、大きな影が差した。
(BGM:『支部長(笑)の登場 〜おどけた低音〜』開始)
※チューバやファゴットなどの「プワァ〜」という間の抜けた低音が響くギャグBGM。ギルド内での彼の悲しきヒエラルキー(最下層)と、若菜さんにあっさりあしらわれる不憫な扱いを、容赦ないコミカルなサウンドでイジり倒す。
「――おやおや。そんなに肩を落としてどうしたんじゃ、お嬢さん」
顔を上げると、そこには頭部に立派な角を掲げ、肌に鈍い鱗を光らせた龍人の男性――この六花ギルドの支部長であるヨルムさんが立っていた。
「ヨルムさん……。素早いモフモフ、いないんです。どこにも」
「ふむ……。あの子が見つからんか。……なるほど、わかったぞ! わしの『龍の千里眼』が、あの子の居場所を予見したのじゃ! これは、お前さんの純粋な魂の波動が――」
「支部長。嘘つかないでください」
横から、若菜さんの猛吹雪のような冷ややかな声が飛んできた。
「相変わらず、毎回毎回そうやって適当な設定で初心者を惑わせて何が楽しいんですか。あなたのその能力は千里眼でも予見でもなく、単なる『長年の知識』と『観察』でしょうが」
「えぇじゃんか、こう言っとけば、わしへの尊敬の念が出たはずなのに……毎回邪魔しおって、若菜は。さては、わしに構ってほしいっちゅう愛情表現かのう?」
「支部長。その発言、セクハラになりますよ。今回も本部への不祥事報告案件に足しておきますからね。何度も怒られてるのに学習しないクサレオヤジがぁ!」
(……うわぁ、また始まった。若菜さんの目が北極の氷山みたいになってる……。怒らせちゃいけない人リスト、堂々の一位更新ね)
ヨルムさんは若菜さんの本気の殺気を「かーっ、相変わらず厳しいのう!」と笑い飛ばすと、私の方を向いて独り言のように呟いた。
「ま、あの素早いユニーク幻獣を呼び出すなら、あの子の『好物』を知らねばならん。あの子は非常に『口が肥えて』おるからの。……例えば、北の漁港『フロストヴィーク』で上がる、あの塩辛い特別な海産物。あれさえあれば、食欲に負けて鼻をピクピクさせて姿を現すかもしれんのう……。おっと、わしはこれから重要な会議じゃ。若菜、報告書は夕方までにまとめておけよ」
「あ、ちょっと待ちなさいクサレオヤジ! また仕事を丸投げして……!」
ヨルムさんは楽しそうに笑いながら、風のようにギルドの奥へと消えていった。
……漁港『フロストヴィーク』。塩辛い海産物。
【System Log:Hint Received - Frostvic's Salty Seafood(ヒント獲得:フロストヴィークの海産物)】
【Objective:Make the Ultimate Fishing Bait(目標更新:モフモフを釣るための究極の餌を作れ)】
「若菜さん! 私、お魚を釣ってきます! あの素早いモフモフを、胃袋で釣るんです!」
「……支部長ぉぉぉ! 余計なヒント与えて琴音さんを次の街(管轄外)に飛ばさないでくださいよぉぉ!! せっかく安全な場所を用意したのに、これじゃまた私の仕事(各所への根回し)が増えるじゃないですかぁぁぁ!!」
若菜さんの悲痛な叫びがロビーに響く中、私の「モフモフ・フィッシング」に向けた新たな野望が、静かに燃え上がったのである。




