0053. ぼっちと素直に言われたよ
「……はっきり言いましたね。今の私じゃ詰むって。あまりにもはっきりと」
私は万力のように掴まれた腕を解放してもらい、恨めしげに若菜さんを振り返った。
「事実だとしてもですよ? もう少しこう、オブラートに包むとか、可愛い包み紙でデコレーションして渡すとかあるじゃないですか。っで、そうなると私は一体どうすればいいんですか」
(BGM:『押し問答のラプソディ 〜跳ねるピアノ〜』開始)
※跳ねるようなラグタイムピアノが、琴音と若菜さんのテンポの良い掛け合いをコミカルに彩る楽曲。「戦闘せずにスローライフを満喫したい」と主張する琴音と、「現実的にそんなクエストは少ない」と返す若菜さんの、まるで漫才のようなズレた会話劇をリズミカルに演出する。
「もぉ〜、分かりきってるでしょ。分かってるのに、そういうこと言うんだから。だ・か・らぁ、冒険者としての基本的な立ち回りの修行も兼ねて、新しくできたダンジョンに行きましょうって言ってるの!」
「……はぁ〜、ここまで押しが強いとは。一応聞いておきますけど、なんでそこまで勧めるんですか?」
「………それはぁ。……ナ・イ・ショ」
若菜さんがパッと不自然に顔を逸らした。……怪しい。
昨夜の「裏の緊急連絡網」で、街の大人たちが『琴音を野放しにするな、生態系に影響の出ない隔離されたダンジョンへ封じ込めろ!』と決死の密約を交わしたことなど露ほども知らない私は、ただ若菜さんの妙な勢いに気圧されていた。
「教えてくれてもいいじゃないですかぁ。若菜さんと私の仲なんだから」
「……残念だけど、私も詳しくは教えられないのよ。あのギルマス(ヨルム)から『彼女にぴったりの場所があるから勧めておいて』って指示されてるだけで……」
あっ、一部嘘だ。
あのいつも意味深なことばかり言うヨルムさんのことだ、絶対に何か裏の理由(隠しクエストの発生条件とか)があるはずだ。そして、いつもギルマスの尻拭いをしている優秀な若菜さんも、それを知っていて隠しているに違いない。
(……まぁ、聞いたところで答えないだろうし、どっちにしろダンジョンには行く流れになりそうね。ここは素直に従って、心の中で『貸し一つ』にしておこうかしら)
「……分かったわ。そのダンジョンに行ってきます。それで、場所はどこで、どんな魔物が出るんですか?」
「場所は北門から出て、10分くらい歩けば着くわ。草原と森の境目あたりね。入り口にギルドの簡易受付所を作ってあるからすぐに分かるわよ。……まぁ、分からなくても『異邦人』が列を作ってるから、付いていけばいいわ」
「それなら迷わなくて済みそうですね。それで、中はどんな感じなんですか?」
若菜さんがどこまで「公式の情報」を教えてくれるのか、私は興味津々で身を乗り出した。
「そうね、それぐらいなら教えるわよ。ダンジョンは今のところ全10階層。途中に採取や採掘ができる安全エリアも見つかっているわ。いわゆる魔物が密集する『モンスターハウス』やボス部屋も特定の階層にあるけれど……出てくる魔物自体は、この街の周辺にいるのとあまり変わりはないわ。『普通は』ね」
(BGM:『予兆のノイズ 〜不穏な低音〜』開始)
※コミカルなピアノが突如フェードアウトし、代わりに「ズーン……」という地を這うような不穏な低音が響き始める。若菜さんが核心を突く直前の、琴音が感じる「なんだか嫌な予感」をサスペンス調に煽るBGM。
最後の「普通は」に若干の含みを感じる。
つまり、戦闘が得意な人なら問題ないレベルだけれど、私のような「戦闘能力皆無(自称)」にはキツいギミックがある、ということかしら。(※若菜さんは『あなたが理不尽なバグを起こしてダンジョンの構造を物理的に破壊しなければね』という意味で言っています)
「……詳細な説明、痛み入ります。それで、追加で質問なんですけど。みんなチームを組んで攻略しているのよね? 私みたいなソロ(一人)の人も、それなりにいるのかしら」
「…………数は少ないけど、単独で攻略している人もいるわよ。でも、琴音さんにはまったく参考にならないわ。だって、一人で潜る人なんて大抵『戦闘がめちゃくちゃ得意な腕自慢』だから。『戦闘が致命的に苦手で、なおかつ一人』なんて攻略者は、私が知る限りこのギルドには一人もいないわ。琴音さんがそれで行くなら、ある意味ギルド初の大記録ね」
若菜さんが、憐れむような目で私を見た。
「えぇ〜、一人ってそんなに少数派なの? ……まぁ、私は狐火ちゃんがいるから、実質二人パーティだし。メンバーの中に一人くらい戦闘苦手な後衛がいても、普通でしょ?」
「……何、その理由の分からない理屈。琴音さんはギルドの登録上、ソロ(単独)でしょ。幻獣をメンバーの頭数に数えたら、異邦人たちは誰も一人で冒険してないことになっちゃうじゃない。何を言ってるのよ!」
「……んぐぅ。……そうかもしれないけど、私以外のソロが全員戦闘狂だなんて、まるで私が『誰ともパーティを組めない、人と話せないぼっちの人』みたいじゃない。……なんだか響きが嫌だなって思って」
「誰も琴音さんが話しかけづらい人だなんて思ってないわよ。ほら、私とはこうして普通に楽しく話してるじゃない。……まぁ、『ぼっち』ではあるけれど」
(BGM:『孤独のレクイエム 〜チーンという鐘の音〜』開始)
※若菜さんの容赦ない一言と共に、仏壇の鈴を叩いたような「チーン……」という澄んだ鐘の音が虚しく鳴り響く。直後に「ヒュルリラ〜」と冷たい隙間風の音と一弦琴の寂しい音色が流れ、琴音が自らの孤独を完全に自覚して真っ白に燃え尽きる、哀愁漂うギャグBGM。
「……ぼっちだとは思ってたんだ……。あは、あははは……」
「そ、そんなことはどうでもいいから! ほら、ダンジョン攻略頑張りなさい! ちゃんと初回踏破のクエストもあるから、受けていくのよ!」
若菜さんに慌てて背中を押され、私は「ぼっち」のショックをズズズ……と引きずりながらも、オススメされたクエストを受注した。
こうして、私は街の大人たちによる厳重な隔離誘導のもと、ついに(ぼっちで)初めてのダンジョンへと送り出されることになったのである。




