0044. 調合のために生産ギルドの会員に
「……というわけで琴音さん、その『虹晶スライムの神核』をインベントリに入れたまま街をうろつくのは、導火線に火のついた戦略爆弾を抱えて歩くようなものよ」
冒険者ギルドの防音VIPブースの中で、若菜さんは胃のあたりをさすりながら、げっそりとした顔で私に言った。
「まずは生産ギルドの正式会員になって、そこの最高機密専用倉庫に預けるか、すぐに加工の準備を始めなさい。あそこのアンネなら……まぁ、なんとかしてくれるはずよ(※彼女の胃壁と引き換えにね)」
「はーい。じゃあ、またアンネさんのところに行ってきますね!」
私は狐火ちゃんを抱き直し、若菜さんに見送られながら再び生産ギルドへと足を運んだ。
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(BGM:『規律とプライド 〜重厚なパイプオルガン〜』開始)
※生産ギルドの厳格な伝統と規律を象徴する、重厚で冷徹なパイプオルガンの調べ 。一歩足を踏み入れれば背筋が伸びるような圧倒的な威厳を放ち、場違いなスローライフ勢を寄せ付けない知的なエリートたちのプライドが音となって押し寄せる、格式高い重層的な調べ
生産ギルドのロビーは、相変わらず薬品とハーブの落ち着く香りが漂っている。
しかし、今日は前回調合室を借りた時よりも、何やら「ピリついた」空気が流れていた。受付の前で、銀縁眼鏡をかけた、いかにも「トップランカーです」と言わんばかりの豪華なローブを纏った青年プレイヤーが、NPCの職員を大声で問い詰めていたのだ。
「……ありえないな。この街の設備では、僕の計算した『純度99%』の魔力抽出に耐えられないというのか? これだから田舎のギルドは困る。効率が悪すぎる」
彼は、生産職プレイヤーの間で有名なガチ勢エリート、ゼクスだった。
ゼクスはたまたま後ろを通りかかった私を一瞥すると、露骨に不快そうに鼻を鳴らした。
「……ふん。こんな初心者の遊び場のような和服姿で……おまけに、愛玩用の獣連れの女まで出入りさせるとは。君、ここは君のような『エンジョイ勢』が冷やかしに来る場所じゃないんだよ。邪魔だ、どきたまえ」
ゼクスは私の左手首に輝く『絆の輪っか(神話級オーパーツ)』に一瞬だけ目を止めたが、「……チープで無駄に派手なだけの装飾品だ」と吐き捨てて、奥の依頼掲示板へと向かっていった。
(……チープ? これ、バルガスさんと一生懸命作ったのに。……ちょっと失礼な人ね)
私には分からなかったが、神話級のアイテムから放たれる圧倒的な「因果律」の波動は、ゼクスの中途半端な鑑定スキルではエラーを起こして読み取れず、結果として「ただの安物のガラクタ」として表示されてしまっていたのだ。
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「……また来たわね、歩く劇薬(規格外)」
奥のカウンターにいた白衣のアンネさんは、相変わらずクールな表情で私を迎えた。が、その視線が、一瞬だけ私の腕の中にいる狐火ちゃんのフワフワの尻尾にガン見レベルで吸い寄せられたのを、私は見逃さなかった。
「アンネさん! 今日は正式に生産ギルドの会員になりたいなと思って。登録には何か実績が必要なんですよね?」
「ええ。あなたが自作した高度なポーションか、あるいは希少な素材の提示が必要よ。何かある?」
私は、インベントリから例の『虹晶スライムのレアコア』をコトン、とカウンターに置いた。
「これ、素材になるでしょうか? 川でスライムさんと遊んでたら拾った(?)んですけど」
「あら……綺麗ね。……でも、見たことがない石だわ。特殊な『発光石』の変種かしら? ちょっと待って、正確なグレードを測るために、奥の特別鑑定室の大型魔力レンズに通してくるわ」
アンネさんは事務的にそのコアを受け取ると、落ち着いた足取りで受付奥の分厚い扉の向こうへと消えていった。
それを見ていたゼクスが、鼻で笑いながら私に近づいてくる。
「ふん、ただの綺麗なだけの石ころか。君、あんなゴミを実績にしようだなんて、ギルドの鑑定主任をバカにしているのかn――」
(――パァァァンッッ!!!)
突然、特別鑑定室の奥から、分厚いガラスが木端微塵に砕け散るようなすさまじい破裂音が響き渡った。
「な、なんだ!? 爆発か!?」
ゼクスが驚愕して飛び上がり、ロビーにいた他のプレイヤーたちも一斉に身構える。
バァンッ!! と鑑定室の扉が勢いよく蹴り破られ、アンネさんが転がるように飛び出してきた。
その顔は死人のように真っ青で、愛用の眼鏡は(魔圧で)バキバキにひび割れている。彼女は周囲の視線を気にするように息を呑むと、猛ダッシュで私の元へ駆け寄り、私の腕をガシッと掴んだ。
「こ、琴音さんっ!! 説明は後! 今すぐ奥の『絶対防壁付き・VIP特級調合室』へ行くわよ!! 一秒の猶予もないわ!」
「えっ、あの、ですから川でスライムさんと……」
「川のことはもういいから! 早く!!」
アンネさんが血相を変えて私を引きずり込もうとした、その時だった。
プライドを傷つけられたゼクスが、私たちの前に立ち塞がったのだ。
「……待て、アンネ主任。僕の申請を後回しにしてまで、なぜこんな初心者をVIP待遇するんだ!? ただの綺麗な石ころを持ち込んだだけじゃないか!」
自分の特権が蔑ろにされたと思い込んだゼクスが、イライラした様子で食って掛かる。
その瞬間。
普段は冷静沈着なアンネさんが、般若のような形相でゼクスを睨みつけた。
(BGM:『静寂を切り裂く怒声 〜フォルテシモ〜』開始)
※静謐なギルド内の空気を文字通り「フォルテシモ」の音量で粉砕する、落雷のごとき衝撃音 。格式高い静寂が一瞬にしてパニックへと塗り替えられ、周囲の心臓を跳ね上がらせるような金管楽器の咆哮が響き渡る、文字通りの爆音演出
「黙ってなさいゼクス!! あなたのその節穴の目じゃ見えないの!?」
「なっ……せ、節穴だと!?」
アンネさんは周囲に情報が漏れないよう声を限界まで押し殺し、赤文字で『Error』とだけ刻まれた鑑定機の出力用紙をゼクスの顔面に突きつけた。
「ええ、節穴よ! あなたが『ただの石ころ』と呼んだこの物質から漏れ出た魔圧だけで、大金貨百枚は下らないギルド特注の鑑定レンズが一瞬で粉々に吹き飛んだのよ!!」
「な、なんだと……!?」
「この『測定不能(限界突破)』の文字が見えないの!? あなたの生涯をかけても扱いきれない、論外のバケモノ素材だってことよ!! そこをどきなさい!」
ゼクスは、羊皮紙に刻まれた真っ赤なエラーログを見て、自分が先ほど「ゴミ」だと切り捨てたものが、ギルドの最高設備すら破壊する伝説級の代物であることを察し、幽霊のような顔でその場に膝から崩れ落ちた。
「この石をロビーに一秒でも置いておくだけで、周囲の陳列棚の初級ポーションが勝手にエリクサーにバグ進化し始めちゃうのよ!」
アンネさんは腰を抜かしたゼクスを蹴飛ばす勢いで押しのけ、ガタガタと震えながら私を奥の特級調合室へと引きずり込んだ。
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バタンッ!
分厚い防音扉が閉まり、何重もの防護結界が起動したのを確認して、アンネさんはようやく「はぁぁぁ……」と寿命が十年は縮んだような深いため息をついた。
「琴音さん、よく聞いて。あんな測定不能のバケモノ素材(神核)を持ち込んだ時点で、通常の手続きなんて吹っ飛ぶのよ。ギルドマスターの権限を代行して、今この瞬間からあなたを生産ギルドの『虹光の零位』として登録するわ。これなら、この最高機密の防音調合室も使い放題だから」
アンネさんが震える手で即席の黒いギルドカードを発行し、私に手渡してくれた。
「わぁ、虹光の零位! ありがとうございます。……さて、アンネさん。登録ができたらさっそくこの調合室、貸してもらえます? また狐火ちゃんのためのグッズを作りたくて!」
私が黒いカードを握りしめ、無邪気に笑ってそう告げると。
「……っ!! (また私の胃が死ぬゥ!)」
アンネさんは、完全にノックアウトされたボクサーのように、特級調合室の冷たい床にズルズルと崩れ落ちるのだった。
どうやら、私の「生産職ライフ」も、若菜さんの時とまったく同じように……激動の幕開けとなったようだった。




