0043. 無事に個人クエ完了?
アッタの森の入り口にあるルンドさんの休憩所を後にし、私たちは六花の街へと続く街道をのんびりと歩いていた。
インベントリの中には、ルンドさんが顔を真っ青にして受け取りを拒否した『虹晶スライムのレアコア』と、あの真っ白なウサギさんの毛束が大切にしまってある。
「……それにしても、ルンドさん本当に大丈夫かしら。私が石を渡そうとしたら、顔を真っ青にして、慌ててお店の片付け(店じまい)を始めちゃったし。やっぱり、あのお裾分けの石、ちょっと派手すぎたのかしらね?」
私は首を傾げながらも、手に入れたばかりの『ミミックラビットの極上原毛』の恐るべき手触りを思い出し、つい顔を綻ばせた。
「でも狐火ちゃん、あのウサギさんの毛、本当にフワフワだったわよね。街に戻ったら、あの毛で狐火ちゃん専用の『特等席クッション』を作ってあげようかしら。あんなに柔らかい毛並み、他にないものね!」
私が何気なくそう言った、その瞬間だった。
(BGM:『嫉妬の炎 〜ゆらゆら揺れる九本の影〜』開始)
※情熱的で少しスリリングなタンゴ調の旋律。カスタネットの代わりに狐火ちゃんの九本のしっぽが「バン!バン!」と地面を叩く打撃音がリズムを刻み、琴ちゃんの関心が自分以外(白変種ウサギ)へ向いたことへの猛烈な抗議を告げる、お約束の「もふもふ嫉妬警報」
「……ッ!? クゥ、クゥーーーン!!」
私の腕の中にいた狐火ちゃんの動きがピタリと止まり、九本の尻尾が「ボォン!」と威嚇するように逆立った。
それだけじゃない。いつもは穏やかな黄金色の魔力が、今は少し青みがかった「ジェラシー・ブルー」に明滅し、パチパチと静電気のような火花を散らしている。周囲の気温が、急激に数度下がったような気さえする。
「えっ、狐火ちゃん? しっぽが……すごいことになってるわよ?」
【System Warning:'Tail Barometer' exceeds limit.(警告:対象の『毛並みプライド計』が限界値を突破しました)】
【System Log:個体名『狐火(上位神格)』は、自身の毛並み評価が他個体を下回ったと誤認し、深刻なショックと嫉妬による神気漏出を起こしています】
「あ、あら……ごめんなさい! 違うのよ、もちろん世界で一番モフモフで可愛いのは狐火ちゃんだと思っているわよ!? あのウサギさんは、あくまで『狐火ちゃんのお尻の下に敷くクッション材』として優秀なだけで、本体の可愛さは狐火ちゃんの圧勝よ! ぶっちぎりの大優勝よ!」
私が慌てて狐火ちゃんを高く抱き上げ、全力で頬ずりしながら必死にフォローすると、逆立っていた九本の尻尾が、ゆっくりと、けれどどこか得意げに「ふり……ふり……」と大きな弧を描き始めた。
どうやら、機嫌を直してくれたみたいだ。
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■ 謎の桜の木
そんなやり取りをしながら街道を歩いていると、ふと視界の端に「ありえないもの」が映った。
「……あれ? あんなところに、木なんてあったかしら」
街道から少し外れた小高い丘の上。本来ならこの八百幻の西洋ファンタジー風の世界には存在しないはずの、けれど私にとっては魂に刻まれているほど見慣れた色彩。
そこには、一本の立派な『桜の木』が、季節外れの淡いピンク色の花びらを風に舞わせて立っていた。
「……綺麗。でも、変ね。どうしてこんな所に桜が……」
吸い寄せられるように丘を登り、その幹に手を触れようとした瞬間。
私の左手首で、さきほど完成したばかりの神話級ブレスレット『絆の輪っか(桜の紋様入り)』が、共鳴するように微かに熱を帯びて震えた。
【System Log:Mythology Link - The Maiden and the Blooming Silence(神話接続:乙女と咲き誇る静寂)】
【Status:Waiting for the Promised Spring...(ステータス:約束の春を待っている……)】
「……えっ?」
ブワッ、と強い風が吹き抜け、思わず目を細める。
再び目を開けたとき、満開の桜の花びらは幻だったかのようにかき消え、そこにはただの古びた苔生した切り株があるだけだった。
「……見間違い、かしら?」
私は不思議に思いながらも、首を傾げて再び街道へと戻った。
私の強すぎる『愛着』が、神話級アイテムを通じてこの世界の概念(風景)にまで干渉し始めていることに気づかないまま。
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■ 本日2度目の連行と『神話の再来』
六花の街に戻り、冒険者ギルドの扉を開けると、受付カウンターの奥で若菜さんが机に突っ伏していた。
「……若菜さん、ただいま戻りました」
「………………。おかえり、琴音さん。……ええ、そうね、今日はもう宿に帰ってって言ったのに、数時間で戻ってきちゃったわね。……今度は、何を持ってきたの? 正直に言いなさい。私はもう、何が来ても絶対に驚かないわよ」
若菜さんが特濃胃腸薬を水無しで一気飲みしながら、虚ろな目で私を見る。
私はインベントリを開き、川で拾った(※狐火ちゃんが高速お手玉でバグ進化させた)『虹晶スライムのレアコア』を、コトン、とカウンターにそっと置いた。
「えーっと、川でスライムさんと遊んでいたら、ピカッと光ってこれになっちゃったんです。あと、帰り道に幻みたいですけど『桜の木』を見たんです」
(BGM:『宿命の胎動 〜重厚なストリングス〜』開始)
※コミカルな空気を一変させる、低く響くストリングス(弦楽器)の重厚な調べ。琴音の「愛着」によって生み出されたバグ進化の余波が、世界の理を静かに、けれど確実に変えようとしている予兆を感じさせる、ミステリアスで壮大な調べ
「…………っ!!」
若菜さんが、弾かれたように顔を上げた。
彼女の目は、驚愕を通り越し、ある種の「敬虔」に近い、あるいは「この世の終わり」を見るような光を宿して、虹色のコアを見つめている。
そして……若菜さんは一切の言葉を発することなく、無言のままカウンターから身を乗り出して、私の腕をガシッと掴んだ。
「……琴音さん。またVIPブースよ。今すぐ。一秒の猶予もなく」
「えっ? あの、若菜さん、まだお話の途中……それに力がすごいんですけど……」
有無を言わさぬ凄まじい握力で、私は本日二度目となる、ギルドの奥の防音VIPブースへと引きずり込まれていく。
その様子を見ていたロビーの冒険者たちが、呆れたような声でザワつき始めた。
「おい、さっきも全く同じ光景を見たぞ……デジャブか?」
「数時間ぶり、本日2度目のVIPルーム連行だ……。あのお姉さん、1日で何回国家機密級のやらかしをする気だ?」
「取調室行きのRTAでもやってんのかよ……。早くログアウトしとこ……」
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バタンッ! とVIPブースの扉が閉まり、何重もの防音結界が展開される。
結界の作動を確認した瞬間、若菜さんは張り詰めていた糸が切れたように膝から崩れ落ち、悲鳴を上げた。
「琴音さんっ! これ、どこで手に入れたって言ったかしら……!? いや、スライムと遊んでこんな『神話級の神核』が落ちるわけないでしょ……!?」
「アッタの森の川べりです。ルンドさんにも見せたんですけど、顔を真っ青にしてお店を片付け始めちゃって……」
「……当たり前よ! こんなもん(神話級オーパーツ)を見せられたら誰だって夜逃げするわ! しかも、桜……!? 桜の木を見たって言ったわね!?」
若菜さんは震える手で、ギルドの極秘資料庫から持ち出してきたような、一冊の分厚く古びた魔導書をバンッ!とテーブルに広げた。
「琴音さん、よく聞いて。この世界の古い伝承……の根幹に関わる預言書に、ある一節があるのよ。『虹の核を抱き、季節外れの異国の花(桜)を咲かせる者が現れる時、失われた神代の歯車が再び回り出す』……ってね!!」
若菜さんは、もはや胃痛を通り越してハイになったような声で叫んだ。
「このコアは、ただのレア素材じゃない! 神の領域に触れた者しか生み出せない……『神話の再来』の強制発動の予兆なのよ!! あなたの『スローライフ』、どうやらこの世界が絶対に放っておいてくれないみたいね!!」
「……えぇーっ!? 私はただ、可愛いお揃いグッズを作って、狐火ちゃんとのんびりモフモフしたいだけなのにぃ!」
私の悲痛な叫びが、防音結界の張られたVIPルームの中に虚しく響き渡った。
どうやら私の理想のスローライフは、神話という名の超特大トラブルに、真っ向から突っ込んでしまったらしい。




