0041. 寄り道個人クエ:白変種ウサギの昇天とコアのバグ進化
「……はぁ。若菜さん、本当に大丈夫かしら」
「クゥ?」
若菜さんの真っ白な手(テーブルの下からのSOS)を思い出しながら、私は街の外へと続く街道をのんびりと歩いていた。腕の中の狐火ちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫よ、狐火ちゃん。明日は何か、若菜さんの胃が元気になるような美味しいお野菜でも差し入れしましょうね」
この後の目的は、ギルドでの騒ぎを忘れて、狐火ちゃんと一緒に川遊びをすることだ。
若菜さんには「絶対に寄り道しないで宿に帰って」と泣きつかれたけれど、こんなに天気がいいのに、暗い部屋にこもっているなんて勿体ない。
「よし、この間の『綿毛草』を摘んだ湿原の近くに、綺麗な川があったわよね。あそこなら誰もいないし、のんびりできそう!」
私はスキップせんばかりの足取りで、街道を外れて草原へと踏み込んだ。
【SystemNotice:新調された『常若の桜腕輪(神話級)』の存在保障機能により、所有者の疲労度・空腹度が常にゼロに固定されています】
脳内のAIが何か言っているけれど、確かにいくら歩いても全然疲れない。バルガスさんの作ってくれたこのブレスレット、本当に優れものだわ!
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目的の川べりに到着すると、そこはまさに理想の「癒やしスポット」だった。
川面はキラキラと輝く水面。柔らかな緑の芝生。
(BGM:『川べりのピクニック〜のどかなフルート〜』開始)
※川のせせらぎに溶け込むような、軽やかで平和なフルートの旋律。日常の幸せを噛みしめるようなBGM。
「狐火ちゃん、これ……バルガスさんと一緒に作ったの。着けてみて?」
私は、完成したばかりの桜色のネックレスを、狐火ちゃんの首にそっと着けてあげた。その瞬間、ネックレスが狐火ちゃんのサイズに合わせてスッと縮み、柔らかな光を放つ。
「キュ……キュイ!」(嬉しい! 主様、大好き!)
狐火ちゃんが九本の尻尾をプロペラのように回して喜ぶ姿に、私の胸はいっぱいになった。
ふと周りを見渡すと……。
「……あら?まぁ、可愛い!」
川の水を飲みに来ていたのか、芝生の上に、雪のように真っ白で、耳の先だけがピンク色の、とてつもなく可愛いウサギがいた。
それは、本来この初心者エリアには生息しないはずの、レアで凶悪なエネミー『白変種ミミックラビット』だった。
「クゥーン(……琴音、あいつ『ミミック(擬態)』だぞ。ウサギのフリをして近づいた獲物を食い殺すやつだ)」
狐火ちゃんが私の腕の中で少し警戒した声を上げるが、私の耳には届かない。
だって、あんなにモフモフで可愛い生き物が、敵なわけがないじゃない!
「ウサギさん、こんにちは!……怖がらなくていいのよ、ちょっとだけ、モフモフさせて……?」
私がしゃがみ込んで手を伸ばした瞬間。
白変種ミミックラビットの目が、獲物を狙うように真っ赤に輝いた。口が耳元まで大きく裂け、ウサギの可愛い毛皮の下から、無数の鋭い牙が覗く――。
【SystemWarning:エネミーが攻撃態勢に移行。……演算修正。所有者の『愛着バグ』がエネミーの殺意を上回りました】
「……あら、ちょっと毛並みが荒れてるわね。よしよし、私が特製の櫛で綺麗にしてあげるわ」
私が躊躇なく抱き上げた瞬間、ミミックラビットは私の左腕のブレスレットから放たれる圧倒的な「因果の強制保護」の波動に圧せられ、身体が完全に硬直して動けなくなった。
「でも、その前に、初めて使う櫛だから、狐火ちゃんから使わないとね。狐火ちゃん、こっちにおいで、クシクシして、ヤツヤになりましょうねー」
(BGM:『ブラッシングの奇跡〜天界のハープ〜』開始)
※ハープの音色が神々しく響き、周囲の空気が物理的に浄化されていく。ブラッシングの一撫でごとに「徳」が積まれていくような聖なる調べ。
櫛を通すたびに、狐火ちゃんの毛並みが真珠のような輝きを帯びていく。
そのあまりに神々しいオーラが、川べりの草花を異常成長させ、周囲の魔素を「黄金の粒子」へと変えていくことに、私はまだ気づいていなかった。
「狐火ちゃん、もう最高にモフモフになったわね。じゃぁ、つぎはあなたがツヤツヤになりましょうねー」
ウサギの背中に優しく、けれどとてつもない魔力を乗せて滑り込んだ。
【SystemLog:櫛の機能『絶対浄化&エリクサー効果』が作動。……対象の毛皮の汚れだけでなく、魂に刻まれた『魔性』と『殺意』まで完全に浄化されています】
シャカ、シャカ、と心地よい音が響く。
ミミックラビットは、私に櫛を通された瞬間、この世の全ての汚れや悩みが消え去るような、圧倒的な「多幸感」に包まれた。
「……ミ、ミィ……(……ああっ、殺意が……魔力が消えていく……。なんて……なんて抗いがたい快感なんだ……。これが、天国……?)」
白変種ミミックラビットは、牙を剥き出しにしたまま、目はとろんと虚空を見つめ、身体から完全に力が抜け……。
そのまま、音もなく幸せそうに「昇天(気絶)」した。
「あら?寝ちゃった。やっぱり、私のブラッシングは気持ちいいのね!」
私はニコニコしながら、すっかり「ただの真っ白で平和なウサギ」へと強制ジョブチェンジさせられてしまったミミックラビットを、優しく芝生の上に寝かせた。
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ウサギを寝かせた後、私は狐火ちゃんと一緒に川の浅瀬に足を入れた。
「冷たくて気持ちいいわね、狐火ちゃん!」
すると、川上から、プカプカと青くて透明な、水風船のようなものが流れてきた。
「あら、スライムさん?可愛い!水に流されてきちゃったのかしら」
私が手を伸ばそうとすると、足元にいた狐火ちゃんが、私の前にパッと一歩出た。
「クゥ(……琴音、スライムは遊び道具だろ?叩くとモチモチして面白いんだ)」
狐火ちゃんはそう言うと、流れてきたスライムを小さな前脚で「ポンッ」と蹴り上げた。
スライムは空中に高く舞い上がり……。
(BGM:『演算不能の情熱〜高速お手玉バージョン〜』開始)
※コミカルな木琴の連打が、徐々にシステムの限界を超えて加速していく。ハイスピードなリズムが、事態が「制御不能なバグ」へ突入したことを告げる。
「クゥ、クゥ、クゥ!」
狐火ちゃんは、舞い上がったスライムを、今度はフワフワの尻尾で受け止め、さらに別の尻尾でトスし……。
九本の尻尾をフルに使って、スライムの『お手玉』を始めたのだ。
それも、上位神格級である狐火ちゃんによる、超高速、超重力、そして神聖な魔力を伴った容赦のないお手玉である。
【SystemWarning:――警告。対象の核に、システムの想定を大幅に超えた圧力と魔素が集中しています。耐えきれず、精神的昇天を開始します】
【SystemAnalysis:生態系無視の物理進化が発生。――特例措置。想定外の進化プロセスに移行……演算不能。バグ進化を承認します。コアが『レアコア(バグ進化)』へと変質を始めました】
空中で「ポン、ポン、ポン!」とリズミカルに弾かれるスライム。
その内部では、お手玉の尋常ではない衝撃によって魔素が極限まで圧縮され、青かったコアが次第に虹色に、そして透明なクリスタルのように輝き始めた。
スライム自体は、狐火ちゃんのあまりの速さに、自分が何をされているのかすら分からない。ただ、トスされるたびに、自分の存在が「何か別の高次元なもの」へと、強制的に昇華させられていくのを感じていた。
「わぁ、狐火ちゃん、お手玉上手ね!スライムさんも、ダンスしているみたいで楽しそう!」
私が呑気に拍手していると、狐火ちゃんが遊び飽きたように、最後の強力なトスをスライムに見舞った。
(――ピキィンッ!)
空中で、スライムの身体が耐えきれずに弾け……。
肉体(液体)部分は霧となって蒸発し、その場には、見たこともないほど美しく、虹色の光を放つ『虹晶スライムのレアコア』だけが、コロンとゆっくり落ちてきた。
「あら?スライムさんが、消えちゃった。……代わりに、綺麗な石が落ちてきたわ」
私がそのコアを拾い上げると、それは手のひらで温かく、心安らぐ霊力を放っていた。
【ドロップアイテム:虹晶スライムのレアコア(Grade:MeasurementImpossible)】
「不思議なこともあるものね。……でも、これ、すごく綺麗。バルガスさんのところに持って行ったら、また何か狐火ちゃんとお揃いのグッズの材料になるかしら?」
「クゥーン(……上等な魔石の代わりにはなるな、これ)」
狐火ちゃんは満足げに胸を張っている。
「うふふ、今日も本当に平和ね、狐火ちゃん。ウサギさんもぐっすり寝てるし、綺麗な石も手に入ったし!」
私は虹色のコアを大切にインベントリにしまい、狐火ちゃんと一緒に、再び川遊びを再開した。
背後の北の森では、精霊たちが「またあの破壊神が、今度は生態系を勝手に書き換えている……!」と震え上がり、ミミックラビットの長老が「凶悪な白変種が、一瞬でただの愛玩動物に『浄化』されただと……!?」と戦慄していたが。
もちろん、私がそれを知る由もなかったのである。




