0038. 初グッズ製作!失敗と成功の天秤
虹色の光の奔流の中で、6つの遺物と翡翠の魔石が空中に浮かび上がり、複雑な魔法陣のネットワークを形成していく。
だが、その幻想的な光景の中で、バルガスさんの顔だけは青ざめ、額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
「……お嬢ちゃん、ここが正念場だ! 今、メインコアの『勾玉』が、他の5つの古銀と魔石の膨大なエネルギーを束ねようとしてる! だが、素材の格が高すぎて反発が起きやがった!」
バルガスさんの野太い声が、光の渦を切り裂いて響く。
高ランク素材を用いた神話級の魔導具製作。その最終フェーズには、熟練の職人たちから『成功と失敗の天秤』と恐れられる魔力判定現象が存在する。
今、魔法炉の上空には、天の理を示すかのような巨大な「光の天秤」の幻影が浮かび上がっていた。そしてその天秤は、恐ろしい勢いで「失敗(大爆発)」の側へと大きく傾き始めていたのだ。
(……クソッ、目視での成功率は良くて5%以下か!? いくらあの奇跡の溶媒があっても、初心者のお嬢ちゃんの魔力制御じゃ抑えきれねぇ! 普通ならここで全てが灰に変わる……!)
バルガスさんが奥歯を噛み締め、最悪の爆発に備えて私を庇おうと一歩踏み出した、その時。
私の視界のど真ん中に、先ほど消し飛んだはずの半透明のシステムウィンドウが、バチバチと赤いノイズを散らしながら、まるで「システムとしての最後の意地」を見せるように強引にポップアップした。
【System Alert:Final Integration Phase(最終結合フェーズ)】
【Success Probability(成功確率):4.8%】
【Failure Probability(失敗確率):95.2%】
【Status:Critical Unstability(極めて不安定な状態。ロストの危険性大)】
「……あら? 何だか難しい数字が出ていますね」
私は首を傾げた。
バルガスさんが見ているような「絶望的な光の天秤」の危機感も、システムが警告する「95.2%の失敗」という現実的な数字も、今の私にはまったく響いていなかった。
私の脳裏を占めているのは、ただ一つ。
このお揃いのアクセサリーを身につけて、快適な温度と最高のブラッシングに目を細め、嬉しそうに九本の尻尾を振る狐火ちゃんの、とびきり可愛い未来の姿だけだ。
「失敗なんて、したらダメですよ。……だって、狐火ちゃんが楽しみにしてるんだから」
私がそう優しく呟きながら、空中に浮かぶ勾玉に向かって、両手で包み込むようにそっと祈りを捧げた瞬間。
(BGM:『運命の審判 〜断ち切られる因果〜』開始)
※重厚なパイプオルガンの響きが突如として鳴り響き、運命の天秤を物理的にねじ伏せる。システムが琴音の「愛着」を拒絶できず、確率演算すら放棄して降伏する様子を象徴する、荘厳かつシュールな楽曲。
脳内で、あの無機質なシステムボイスが、かつてないほどの激しい電子ノイズを混じらせて絶叫を吐き出した。
【System Error:Probability Logic Error(確率演算エラー)】
【Intervention by 'Affection Overflow' detected.(『愛着のオーバーフロー』による極度干渉を検知)】
【Calculating... Success Probability:4.8% >>> 100.0%】
【Reason:The system cannot deny the owner's love.(エラー理由:システムは、テイマーの愛を否定できないため)】
直後。
「な、なんだって……!? 天秤が……『失敗』側の重りが、理不尽に消し飛びやがった!?」
バルガスさんが、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いて叫んだ。
本来なら素材が反発し、工房ごと吹き飛ばすはずだった膨大なエネルギーが、私の「愛着」という名の巨大な重力によって問答無用でねじ伏せられ、スゥッと勾玉の芯へと吸い込まれていく。
成功か、失敗か。
システムが定めた絶対的なルールの壁すらも、私の「モフモフへの執念」が強引に叩き割り、「100%の成功」へと運命ごと書き換えてしまったのだ。
「……できた。ほら、バルガスさん! ピッタリくっつきましたよ!」
虹色の光が弾け、静寂が訪れた工房。
空中に浮かんでいた6つのアイテムは、互いに共鳴するような淡い光の糸で結ばれ、ゆっくりと作業台の上へと舞い降りた。
古銀と虹色の溶媒は完璧に混ざり合い、翡翠の魔石を優しく、それでいて絶対に離さない強固さで抱きかかえている。
「……バカな。魔法工学的な絶対理論を、根底から無視してやがる。お嬢ちゃん、お前、最後の一瞬で一体何をした?」
バルガスさんは震える足で膝をつき、魂が抜けたような深い溜息をついた。
「えっ? 心を込めて、『お願い!』ってしただけですけど」
「……『お願い』一つで、成功率の壁を95%も理不尽に覆すのかよ。これじゃあ、奇跡を司る神様も真っ青だな」
彼が今まで何十年もかけて積み上げてきた「技術と確率」という名の誇り高き積み木が、琴音という天然の嵐によって、完膚なきまでに粉砕された瞬間だった。
失敗の余地など、最初から1ミリも存在しなかったのだ。
狐火ちゃんへの愛が、この世界のシステムからさえも「失敗する自由」を奪い取ってしまったのだから。




