0036. いよいよ始まるグッズ製作
「バルガスさん、ただいま戻りました! 素材、全部揃いましたよ!」
勢いよく工房の扉を開けると、そこには作業台で図面を睨んでいたバルガスさんがいた。彼はゴーグルをずらし、信じられないものを見るような目で私を見つめた。
「……おう、お嬢ちゃんか。早すぎるな。翡翠の精霊や北の森の主は、そう簡単に素材を渡すような連中じゃねぇはずだが……。まさか、諦めて帰ってきたのか?」
「いいえ! 森の皆さん、本当に親切だったんです。翡翠の精霊さんは姿こそ見せませんでしたけど、道案内のようにお供え物みたいに魔石を置いておいてくれましたし、森の主さんは大怪我をして倒れていたのでポーションで手当てをしたら、お礼にって定着液をくれたんですよ!」
「……は?」
私が作業台に並べた『最高純度の翡翠魔石4つ』と、瓶に溢れんばかりの『王の雫(定着液)』を見て、バルガスさんの顔が盛大に引き攣った。熟練の職人である彼には分かるのだろう。これらが「話し合い」や「介抱」程度で手に入る代物ではないことが。
(……あの気位の高い精霊が引きこもって貢ぎ物を出し、あの狂猪が自慢の牙を折って自傷してまで命乞いをしたってのか……? このお嬢ちゃん、森で何しやがった……)
「バルガスさん? 顔色が悪いですよ?」
「……いや、なんでもねぇ。触らぬ神に祟りなしだ。とにかく、これでお嬢ちゃんの持ち込んだ『6つの古銀の遺物』、生産ギルドで作らせた『虹色の溶媒』、そして最高の魔石と定着液が揃ったわけだ」
バルガスさんは震える手で工具を置き、代わりに魔力を込めた革手袋をはめ、鋭い職人の目つきに変わった。
「よし、お嬢ちゃん。ここからは時間と集中力の勝負だ。俺が炉の炎を操り、魔石と古銀の波長を合わせて、メインコアである『勾玉』とリンクさせる。お前はその間、ずっとその子狐……狐火ちゃんのことを想い続けろ。お前の魔力を、この定着液を通じて遺物たちに流し込むんだ」
(BGM:『工房での作製 〜ワクワクの錬成〜』開始)
※別名『魔導具を作る』。小気味良い金槌の音と、弾むような木管楽器のメロディ。オルゴールや木琴を使った、まるでお母さんがお裁縫をしているような温かみのなかに、錬成への期待が詰まった手芸BGM。。
魔法の炉が、ゴォォッと青白い炎を上げる。
普通の銀なら一瞬で蒸発してしまうほどの超高温。だが、炉の熱を受けた『古銀』の指輪、ネックレス、ブレスレット、ピアス、銀の櫛、そして勾玉の6つは、溶け落ちるどころか、その身に焼き付いていた長年の泥や錆だけをサラサラと剥がれ落としていく。
やがて本来の純白の輝きを取り戻した遺物たちは、炎の中でまるで意志を持った生き物のように、ドクン、ドクンと脈打ちながら神々しい光を増していった。
「今だ! 溶媒を垂らせ!」
バルガスさんの合図で、私はアンネさんと作った虹色の溶媒を、熱された6つのアイテムに一滴ずつ落としていった。
その瞬間、私の指先から、温かくて、けれどとてつもなく巨大な「何か」が溢れ出した。
『――ピピッ。検知:個体名『琴音』による対象への親和性が規定閾値を超過』
『――訂正。これは計測上限を超えた、テイマーの【愛着】のオーバーフローです。強制的(システム外)な魔導回路の構築プロセスに移行します』
(……あ、またあの時の声)
狐火ちゃんと出会った時に聞いた、ゲーム管理AIの困惑したような独白。
私の視界は虹色の光に塗りつぶされ、バルガスさんの声も遠のいていく。
私の頭にあるのは、ただ一つ。
(狐火ちゃんが痛くないように。狐火ちゃんが一番快適に過ごせるように。究極のモフモフ空間で、ずっと一緒にいられますように……!)
その「愛着」という名のバグが、物理法則を強引に書き換えていく。
本来なら反発し合うはずの高純度の魔石と古銀が、私の意志に従って、パズルのピースがはまるように完璧に融合していく。
「お、おい……!? 魔法陣が勝手に書き換わってやがる!? なんだこの、神代の術式みたいに複雑な紋様は……!」
バルガスさんの驚愕の悲鳴を余所に、光の糸がメインコアである『勾玉』を中心に伸び、他の5つのアクセサリーを完璧なネットワークで繋ぎ止めていく。
それはもはや、ただの生活魔導具ではない。
私の魂と、狐火ちゃんの存在を繋ぐための、世界にたった一つの「絆」が形になろうとしていた。
「……いよいよ、完成しちゃいますね。私たちの、最高に快適なお揃いグッズ」
光の渦の中心で、私は自分でも驚くほど穏やかな微笑みを浮かべていた。
これから出来上がるものが、どれほど規格外な『神話級オーパーツ』になるかも知らずに――。




