0035. 北の森の再訪:不可解な幸運と『主』の献身
「……やっぱり、地図だとこの辺りのはずなんですけど」
「クゥ?」
私は再び、先日チームクエストで訪れた『北の森』の奥深くへと足を踏み入れていた。
目指すは、バルガスさんに教えられた「翡翠の精霊」が住まう泉。けれど、どれだけ歩いても精霊の姿どころか、羽音一つ聞こえてこない。それどころか、森全体が息を潜めているような異常な静けさだ。
(おかしいわね。気配はある気がするんだけど……)
さっきから、茂みの奥や木の影から、刺すような「視線」を感じるのだ。けれど振り返っても誰もいない。
ふと、その視線を感じる方向に吸い寄せられるように歩いてみると、道端にある苔生した切り株の上に、不自然なほどキラキラと輝く緑色の石が、まるで神様への『お供え物』のようにちょこんと置かれていた。
「あら? ……これ、もしかして魔石の原石? 誰かの落とし物かしら」
あたりを見渡すが、誰もいない。さらに視線を追って進むと、また次の切り株に一つ。まるで「こっちに来ないで、これを拾って早くお帰りください」と道しるべのように誘導されているかたちで、最高品質の原石が合計4つ、綺麗に並べて落ちていた。
「わぁ、なんてラッキー! 探し回る手間が省けちゃいました。精霊さんには会えなかったけれど、森の神様が味方してくれたのかも!」
【システム警告:対象『翡翠の精霊』は極度の生存本能により視認を強硬に拒絶。原石の自発的投棄により『歩く災害』の早期撤退を全力で促しています】
脳内の片隅で、管理AIが何か切実な分析を告げた気がしたが、私はホクホク顔で原石をインベントリに回収した。
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次に目指すは、さらに奥。定着液となる『王の雫』を持つ、森の主のテリトリーだ。
いよいよ強敵との対戦か、と私は少しだけ緊張し、支給品の薙刀の柄を握る手に力を込めた。……けれど。
「……えっ!? だ、大丈夫ですか!?」
広場にいたのは、図鑑に載っていた勇猛果敢な巨大銀猪『キングボアープ』――ではなく、自慢の牙を根本からへし折り、前脚から血を流して力なく横たわっている、ボロボロの主だった。
まるで、私たちが来る直前に、自分で自分を岩に打ち付けて念入りにボコボコにしたかのような、不自然な深い傷。
「大変、酷い怪我をしてる……! 待ってて、今助けますからね!」
私は慌てて薙刀を放り捨てて駆け寄り、大切に持っていた回復薬を傷口に振りかけ、手持ちの布で丁寧に手当てをした。
「よし、これで大丈夫。……痛かったわね、よしよし」
私がその大きな頭を優しく撫でると、銀色の猪はガタガタと激しく痙攣するように震えながら(怪我の痛みと、助けられた感動のあまりかしら?)、目から大粒の涙……ではなく、宝石のように透き通った『王の雫』を、私が用意していた小瓶の中に溢れんばかりに流し込んでくれた。
「……! 介抱のお礼に、この貴重な素材をくれるの? なんて義理堅くて優しい魔物さんなの……!」
銀色の猪は、私が小瓶をしっかり受け取ったのを確認すると、まだ足がもつれそうな様子で、けれど「助かったぁぁ!」と言わんばかりの必死の形相で森の最深部へと猛ダッシュで逃げ去っていった。
「……。………………。……ねぇ、狐火ちゃん。この森、なんだかすごく『優しい世界』になってない?」
「クゥ……(……必死だなぁ、あいつら)」
狐火ちゃんは冷めたような、それでいて深い同情を込めた呆れ顔で、森の奥へ視線を向けている。
(BGM:『穏やかならぬ幸運 〜不協和音の混じるワルツ〜』開始)
※優雅なワルツの旋律に、どう聞いても悲鳴のような金管楽器の音が混ざり込む不気味な奇妙なメロディーの楽曲。琴音の「幸運」が、実は森の住民たちの「恐怖による忖度」の結果であることを象徴する楽曲。
私は、必要な素材がすべて「奇跡のような幸運」で揃ったことに感謝しながら、意気揚々と森を後にした。
一方その頃、森の住民たちは、自らの牙を折ってでも「無害な弱者」を演じきり、破壊神の慈悲を勝ち取って生態系を守り抜いた『主』の英断に、涙ながらに感謝の祈りを捧げていたのだが……もちろん、私がそれを知る由もなかった。
「さあ、バルガスさんのところへ戻りましょう! これで最高に可愛いフルオート・グッズが作れるわ!」




