0034. 愛情のオーバーフローと陥落する調合師
特別調合室に入り、防護用のゴーグルとエプロンを完全装備したアンネさんの厳しい指示を仰ぎながら、私は恐る恐る錬金釜(鍋)に指定された素材を投入していった。
「そこ、温度上がりすぎ! 魔力をもっと抑えて! いい、絶対に私の指示通りに動くのよ。少しでもブレたら、ギルドごと吹き飛ぶんだから!」
「は、はい! なんだかお菓子作りみたいで楽しいですね!」
「どこがよ! 劇薬のミキシングよ!!」
怒られながらも、作業は最終工程へと差し掛かった。
仕上げに、インベントリから取り出した例の『神聖な灰(※国家最高機密)』を一粒だけ指でつまみ、そっと釜の液体へ落とす。
(狐火ちゃんが、フワフワで快適に過ごせますように……!)
祈るような愛情を込めた、その瞬間だった。
(BGM:『親和性の共鳴 〜システム上限の光〜』開始)
※別名『調合で輝いてしまう』。警告音のような激しいビートの裏で、女神のコーラスのような神々しい歌声が響き渡る楽曲。理科の実験のようなコミカルな旋律が、突如として「カァーッ!」という効果音と共に天使のコーラスが降り注ぐ「異常錬成BGM」へと変貌を遂げる。
「っ……!? な、なによ、この光……!」
アンネさんが顔を庇いながら悲鳴を上げた。
釜の中から、視界を真っ白に塗りつぶすほどの凄まじい発光現象が起きたのだ。だが、それはアンネさんが恐れていた「魔力の暴走(爆発)」というより、もっと温かくて、深い……何かが物理的に溢れ出したような感覚だった。
『――ピピッ。警告。素材の親和性が規定値を突破しました』
『――訂正。これは計測上限を超えた、テイマーの【愛着】のオーバーフローです。強制的(システム外)な融合プロセスに移行します』
脳内の片隅で、ゲームの管理AIが困惑したように何かを囁いた気がしたが、眩しすぎてよく聞こえなかった。
「琴音さん、離れて! 爆発するわ!」
「いえ、大丈夫です! なんだか、すごく……ぽかぽかして心地いいですから!」
発光の原因は、プロであるアンネさんにも分からなかった。
ただ、私が狐火ちゃんを想い、この『全自動超快適グッズ』を完成させたいと願う異常なまでの「愛着(モフモフへの執念)」が、ゲームシステムの想定を遥かに超える親和性を生み出し、素材同士を強引に奇跡の融合へと導いていたのだ。
光が収まった時、そこには虹色に自ら発光する、見たこともないほど透明で美しい『高濃度浄化溶媒(※おそらく神話級)』が完成していた。
「……信じられない。理論上はありえない反応だったわ。琴音さん、あなた……一体何をしたの?」
アンネさんは膝から崩れ落ち、震える手で虹色の液体を指差した。
「えっと……狐火ちゃんのために、一生懸命、愛情を込めて混ぜただけですけど」
アンネさんは呆然と釜を見つめていたが、ふと、私の足元で「どうしたの?」と首を傾げている狐火ちゃんとバッチリ目が合った。
「……クゥ?」
狐火ちゃんが、アンネさんに向かってトテトテと歩み寄り、その白衣の裾にフワフワの九本の尻尾をスリスリと擦り付けた。
「っ……!!」
アンネさんの顔が、ボッ!と林檎のように真っ赤に染まる。
(……か、可愛い……ッ! 何この、世界中の全てを許してしまいそうな生き物は……! 今のありえない光、この子の異常な可愛さのせいだったんじゃないかしら……!?)
「アンネさん? 顔が赤いですよ? やっぱり調合室、暑かったですか?」
「……な、なんでもないわよ! ほら、できたなら早くその特製フラスコに詰めなさい! ……まったく、心臓に悪いわね」
アンネさんはそっぽを向きながら不器用な手つきで瓶詰めを手伝ってくれたが、その視線はチラチラと、いや、ガン見レベルで狐火ちゃんの尻尾の動きを追っていた。完全に虜である。
「アンネさん、本当にありがとうございました! 助かりました!」
「……礼には及ばないわ。また、ギルドに来なさい。素材の相談なら、いつでも乗ってあげるから。……絶対に、来なさいよ?(※意訳:絶対にそのキツネを連れてきなさいよ)」
アンネさんの(狐火ちゃんへの)ただならぬ執念を感じる視線に見送られ、私は虹色に光る瓶を大切にインベントリへ収め、工房へ戻ることにした。
(とりあえず、溶媒は手に入ったわね。……けれど、バルガスさんに言われた『極めて純度の高い魔石×4』と『森の主の液体』は、まだ手元にないわ)
私の理想のスローライフ・グッズ作り、ここからが本当の「冒険」になりそうだ。




