0025. 閑話:【カーター】大人しいやつが一番怖い
戦闘が始まった直後、オレは「これなら楽勝だ」と確信していた。
森から現れた『リトルボアープ』は、図鑑通りのモコモコした小動物だ。突進力はあるが、オレたちの前衛4人が壁になれば、後方にいる琴音さんのところまで抜かれることはない。
(……よし、このまま被害を出さずにスマートに終わらせて、帰りの馬車ではなんとか琴音さんとの会話を盛り上げるぞ!)
そんなオレの、男子高校生らしい淡い期待は、開始数分で文字通り「粉砕」された。
「ブブィッ!!」
一頭のボアープが、ドレットの大剣の隙間――オレの股下をすり抜けるというトリッキーな動きを見せたのだ。
「あ、しまっ……! 琴音さん、後ろに一頭行った! 気をつけて!」
オレが振り返って叫んだ瞬間、目に入ったのは信じられない光景だった。
その丸々としたボアープは、琴音さんの足元で「シャーッ!」と威嚇していたあの子狐――九尾の幼体に、目にも止まらぬ速さで激突したのだ。
(――ドゴォッ!!)
鈍い音と共に、小さな体がふわりと宙を舞う。
その瞬間、戦場の空気が、物理的にマイナス数十度まで凍りついた気がした。
(――プチンッ)
……いや、凍りついたんじゃない。何かが「切れた」んだ。
それまで「大丈夫かなぁ」とおどおどしていた長身の和風美人の背後に、血の底から這い出してきたような、どす黒いオーラが立ち昇る。
(BGM:『19. カーター達とのチームクエスト(※実質は処刑用BGM)』開始)
地の底から這い出してきたような三味線の激しい爪弾きと和太鼓の重低音が鳴り響く。平和なスローライフを物理的に更地にする「極道の鬼神」降臨のテーマ。
「……何さらすんじゃ、ボケぇ」
低い、あまりにも低くてドス黒い声。
振り返った彼女の顔は、先ほどまでのモデルのような美女ではない。怒りに燃える「般若」そのものだった。
「うちの狐火ちゃんに何しとんじゃあぁ!! 根こそぎカチ込んだるわい!!!」
「えっ、ちょ、琴音さ……っ!?」
止める間もなかった。
彼女は初心者用の支給品であるはずの『薙刀』を、まるで重さを感じさせない巨大なプロペラか何かのように振り回し、ボアープの群れへと単騎で突っ込んでいった。
それはもう「戦闘」なんて呼べるものじゃない。ただの「理不尽な災害」だ。
(ブンッ! ブォォォンッ!!)
薙刀が空を切るたびに、真空の刃のような衝撃波が発生し、ボアープが文字通り「宙へカチ上げられて」いく。
さらに、無傷で起き上がったあの子狐も瞳を真っ赤に光らせ、口から「神聖な焔(※当たった端から炭化するヤバい火力)」を大盤振る舞いし始めた。
「ちょ、待っ……! 琴音さん! 畑! 俺たちが守るはずの畑が燃えてる!!」
「ギャァァ! 狐火ちゃんも落ち着いて! それ以上やると村がなくなるぅぅ!!」
オレの必死の悲鳴も、バーサーカーと化した彼女には一切届かない。
薙刀の一振りで数頭をなぎ倒し、火柱で群れを焼き払い、般若の形相で戦場を猛スピードで更地にしていく和服のお姉さん。
……10分後。
そこには、動くもののいない完全な静寂と、無惨に焼き払われて黒焦げになった畑の3割が残されていた。
「…………はぁ、はぁ……。……あれ?」
般若から元の美女に戻った琴音さんが、呆然と周囲の惨状を見渡している。
オレは剣を鞘に収める気力もなく、ガクガクと膝を震わせて立ち尽くしていた。
ふと気づくと、いつもは自分勝手で無口なドレット、バーニ、ジルの3人が、無言でスッ……と近づいてきて、まずはオレの肩を「ポン、ポン」と優しく叩いてきた。
(……お前ら。……初めて、心が通じ合った気がするよ。……『あの女だけは絶対に怒らせちゃいけない』っていう、恐怖による団結だけどな……!)
すると三人は、そのままオレの横を通り過ぎ、呆然と立ち尽くしている琴音さんの前へと進み出た。
そして、怒らせたら殺されると本能で悟ったのか、ガクガク震える手で彼女の肩を「ポン、ポン」と叩いたのである。その目は、明らかに『同情』と『底知れぬ恐怖(命乞い)』の色に染まっていた。
(……お前ら、必死にご機嫌取りしてんじゃねえか!!)
その後、琴音さんは村長さんに「土下寝」レベルの勢いで謝罪し、依頼報酬は損害賠償と相殺で全額カット。それどころか、一週間の「畑の復旧作業(農作業奉仕)」という重い罰を言い渡されていた。
「……カーターさん、皆さん、本当に、本当にすみませんでした……っ!」
涙目で何度も頭を下げる彼女は、また元の「おしとやかで少しどんくさい美人」に戻っていた。
だが、オレはもう知っている。その美しいガワの内側には、一瞬で村を焦土に変える「極道の鬼神」が棲んでいることを。
(……若菜さん。……これ、全然『大丈夫』な案件じゃなかったですよ……。俺の胃に穴が空きそうです……)
胃のあたりに鋭い痛みを感じながら、オレは「あんな大人しそうなヤツが一番キレるとヤバい」という世の真理を、このVR世界で深く、深く心に刻み込んだのであった。




