0020. 初チームクエは燃えて消えた
森の奥から聞こえていた重低音が、次第に「ドスドスドスッ」という無数の足音へと変わっていく。
「来ますよ、リトルボアープです! みんな、戦闘準備! 畑に抜けられないよう注意しながら斬り伏せろ!」
リーダーであるカーターさんの号令とともに、『勇なる者』の面々が武器を構えた。私も初心者用の薙刀を手に取り、それらしい構えをとる。
やがて、森の木々を割って現れたのは、体長30センチほどのモコモコした巻き毛の軍勢だった。
「……えっ、超カワイイ!!」
図鑑で読んだ通り、それは羊のようなフワフワの毛並みを持った、つぶらな瞳の小動物だった。まるで大きめのぬいぐるみがポンポン跳ねているようで、とても「討伐対象」には見えない。
カーターさんたちは前衛職らしく群れの中央へ突っ込んでいったが、私は武器を振るうことすらためらっていた。だって、こんなに可愛い子たちを傷つけるなんて、私のモフモフ・スローライフの精神に反するじゃない!
だが、その甘さが仇となった。
数頭のリトルボアープが前衛の隙間を抜け、村の畑へと侵入しようとしたのだ。
「ああっ、ダメだよ! そっちは甘くて美味しいお野菜が……っ!」
私が慌てて追いかけようとした、その時。
私の足元で一生懸命威嚇していた狐火ちゃんに、一頭の丸々としたリトルボアープが猛スピードで突進した。
(――ドゴォッ!!)
「キュ……ゥン!?」
鈍い衝撃音とともに、小さな狐火ちゃんの体がふわりと宙を舞い、数メートル先の土の上をゴロゴロと転がった。
(…………プチンッ)
私の脳内で、何かが決定的に断ち切れる音がした。
(BGM:『カーター達とのチームクエスト(※実質は処刑用BGM)』開始)
※ヒロイックでかっこいい「勇者のマーチ」調のファンファーレが鳴り響くが、メロディの裏で金管楽器がたまに「モゴモゴ……」と人見知りしてつっかえるような不器用なアレンジが施され、パーティーの絶望的なコミュニケーションコストを象徴する楽曲。
「……何さらすんじゃ、ボケぇ」
私の口から、自分でも引くほど低い、ドス黒い声が漏れた。
視界が真っ赤に染まり、私の背後に、実家の道場で恐れられた『鬼神の里見』のオーラが、般若の顔となって物理的に可視化される。
「うちの狐火ちゃんに何しとんじゃあぁ!! 根こそぎカチ込んだるわい!!!」
(ブンッ! ブォォォンッ!!)
私は薙刀を文字通り「大車輪」のようにぶん回し、リトルボアープの群れへと単騎で突っ込んだ。
もはや訓練場で見せたような演武の美しさはない。ただの圧倒的な暴力と破壊の嵐である。
さらに、私の怒りに呼応して起き上がった狐火ちゃんも、瞳を爛々と輝かせ、容赦なく正三位の「神聖な焔」を周囲に撒き散らし始めた。
「えぇぇぇ!? ウソでしょ!? 琴音さん、落ち着いて!!」
「ギャァァ! 畑が! 俺たちが守るはずの畑が消えるぅぅ! 狐火ちゃんも火を止めてぇぇ!!」
後ろからカーターさんの悲痛な絶叫が聞こえるが、バーサーカーと化した私の耳には、三味線の激しいビートしか届いていない。
一振りで数頭を宙へカチ上げ、火柱が上がる中を般若の顔で蹂躙し続けること10分。
……ふと我に返ると、周囲には動くものの姿は一切なかった。
「………………はっ!?」
静寂の中で、スッと冷や汗が流れる。
目の前には、リトルボアープの完全なる全滅という「完璧な討伐成果」と……守るはずだった作物の3割が黒焦げの更地になり、そこかしこからくすぶる煙が上がっているという「大惨状」が広がっていた。
「ふぅ……やっと落ち着いてくれましたか、琴音さん……」
剣を杖代わりに突いたカーターさんは、魂が抜けたような、あるいは理不尽な天災を見るような目で私を見つめていた。
その後ろで、いつも無口なドレットさん、バーニさん、ジルさんの3人が、無言でスッ……と近づいてきて、私の肩を「ポン、ポン」と叩いた。……その目は、明らかに『同情』と『底知れぬ恐怖』の色に染まっている。
「あ……あの……大変失礼いたしました。……というか、やっちまいました……」
私はその場に土下寝せんばかりの勢いで謝罪した。
結局、この日の依頼報酬は「畑の損害賠償」と相殺されて全額カット(むしろマイナス)。
それどころか、私はペナルティとして一週間にわたり、村の畑の「復旧作業(土起こし)」に明け暮れることになったのである。
だが、この時私はまだ気づいていなかった。
私が復旧のために(罪悪感から無自覚に規格外の『魔使力』を込めて)深く耕し直したその畑が、のちに穂波の村の歴史を塗り替えるような「奇跡の土壌」へ変貌することになるのを……。




