0019. 相手メンバーにSAN値を削られる
ギルドで馬車を借り、私たちは目的地である農業村『穂波』へと出発することになった。
出発の際、リーダーのカーターさんは、銀髪に和服という私の姿を見て少し緊張した様子で尋ねてきた。
「琴音さん、馬車ですが……荷台に座られますか? それとも、外の景色を楽しみながら御者台に一緒に座られますか? 御者台だと、少し狭くて操作の邪魔になるかもしれませんが……」
カーターさんは非常にまともな好青年で、私に相当気を遣ってくれているのが伝わってきた。
だが、初対面の男性と肩を並べて密着するのは流石に抵抗があったので、私は「狐火ちゃんもいるので、荷台で大丈夫ですよ」と笑顔で答えた。
――それが、本当の地獄の始まりだった。
(BGM:『チームクエストへ向かう馬車の沈黙』開始)
※カポカポという虚しい馬の蹄の音だけが虚しく響き、たまに木管楽器が「ヒョロロ~…」と間の抜けた音を出す、気まずさMAXのギャグBGM。楽しかったはずの旅路が、一瞬で「無言の行」へと変貌する楽曲。
荷台に向かい合って座っているのは、私と「無口3人組」こと、大剣使いのドレットさん、盾士のバーニさん、剣士のジルさんだ。
彼らはリアルでは同じ高校の電脳部員らしく、赤点でログインできなくなった仲間の代わりに、急遽カーターさんのパーティーに入れられたらしい。
(※出発前にカーターさんがこっそり教えてくれた)
「今日は本当にお天気が良くて、お散歩日和ですね」
「…………」
「あの……皆さんは、ずっと前衛職をされているんですか?」
「…………」
……返事がない。本当にただの屍のようだ。
ドレットさんは大剣の柄を親の仇のように見つめたまま固まり、バーニさんは蚊の鳴くような声すら出さず、ジルさんに至っては透明人間でも見るかのように私の背後の空を凝視している。
私の膝の上で、狐火ちゃんも「……クゥ?」と不思議そうに小首を傾げているが、その至高の可愛らしさすら、この氷点下の空気を溶かすことはできなかった。
わざと無視されているならまだ怒ることもできる。だが、彼らは本気で、初対面の女性(しかも和服の美少女アバター)とどう喋ればいいのか分からない「コミュ障」の極致なのだ。
ブラック企業で課長に「お前、会社への貢献心が足りないんだよ!」と怒鳴られていた時の方が、まだ人間らしい交流があったと思えるほどだ。
(……やばい。この『無言の重圧』、本気でSAN値がガリガリ削れていく……!)
結局、六花の街を出てから目的地に到着するまでの約3時間、荷台で会話が交わされることは一度もなかった。
時折、御者台からカーターさんの「琴音さん、大丈夫?」という心配そうな声が届くたび、私は泣きそうな顔で力なく頷くことしかできなかった。
「琴音さん、みんな、お疲れ様。もう村に着くよ。準備して!」
ようやく聞こえた救いの声に、私は心の底から神(運営)に感謝を捧げた。
馬車を降りた先に広がっていたのは、レンガ造りの立派なサイロに大きな風車、そして勢いよく回る水車が点在する、和魂洋才でのどかな『穂波の村』の景観だった。
案内してくれた村長さんは、深刻な顔で被害状況を語った。
「ちょうど村の自警団が巡回していますが、今日はまだ被害が出ていません。ですが、奴らはいつも森の奥から集団で押し寄せて、あっという間に畑を食い荒らしていくんです」
私たちはすぐに準備を整え、豊かな畑と森の境界線へと向かった。
カーターさんは鋭い片手剣を抜き、不器用な3人組も無言のまま重厚な武器を構え、ガチガチに緊張している。
「琴音さん、どうしますか?」
「そうですね……皆さんの幻獣も召喚しつつ、ギルドからもらった『リトルボアープの好きな餌』を撒いて、おびき寄せてみましょう」
私が提案し、腕の中から狐火ちゃんを足元へと下ろす。
彼女はフサフサの九本の尻尾を揺らし、戦闘……いや、モフモフタイムを邪魔する不逞の輩を迎え撃つ準備を整えた。(※もちろん、神格隠しのアミュレットはしっかり着けている)
餌を撒いてから数分。
静かだった森の奥から、ズシン、ズシンという地響きのような不気味な重低音が聞こえてきた。
「……来ますよ、リトルボアープの群れです!」
カーターさんが叫ぶ。
その時、私はまだ――この数分後、自分の「理性」が完全にブチ切れて、のどかな農村を恐怖のどん底に叩き落とすことになるとは、夢にも思っていなかったのである。




