0018. 初チームクエは旨味の無い討伐系
狐火ちゃんとの「初料理」を終えてからの数日間、私は現実世界の地獄にいた。
例のオープニングデーの「逃亡」を根に持った課長が、嫌がらせのようにネチネチと仕事を振ってきたのだ。結局、連日の残業を余儀なくされ、ログイン時間は思うように取れなかった。
それでも、執念で一時間、あるいは二時間だけは『八百幻』の世界へ滑り込む。
短いログイン時間で私がしていたのは、荒事とは無縁な平和なルーティンだ。狐火ちゃんとお散歩をし、図書室で本を読み、時折ギルドのキッチンを借りて簡単な料理を作る。
他のプレイヤーたちが血眼になってレベル上げやダンジョン攻略に励む中、私はギルドの寮と市場、図書室を往復するだけの生活。もはや周囲の冒険者からは「いつも小狐を連れて歩いている生産職のNPC」だと思われていたに違いない。
そして、待ちに待った八百幻での二度目の週末がやってきた。
「若菜さん、おはようございます!平日は短い時間しかログインできなかったので、今日はたっぷり狐火ちゃんと遊びたいんです。……あ、でも少しはお金も稼がないと、寮の宿泊費が危ういので、何かオススメの依頼はありませんか?」
私の問いかけに、受付にいた若菜さんは少し意外そうな顔をしながら、言いづらそうに視線を泳がせた。
「そうね……。琴音さんはいつもソロの依頼ばかりだけど、たまには『チームクエスト』を受けてみるのはどうかしら?」
「チームクエスト、ですか?ご存知の通り、私の薙刀スキルは黒歴史レベルなんですが……足手まといになりませんか?」
「今回は、大丈夫……じゃないかしら。あはは(苦笑)」
(……若菜の内心:正三位を連れてる時点で、足手まといどころか『森ごと消し飛ばさないか』の方が心配なのよ……)
若菜さんの目が泳いでいる。これは絶対に何かを隠している時の顔だ。
「若菜さん、さては何か裏がありますね?隠しても無駄ですよ。さあ吐け、吐くんだ若菜ぁ!」私が、昔おじいちゃんが見ていた往年の昭和刑事ドラマのような口調で詰め寄ると、、若菜さんは観念したように肩を落として事情を話し始めた。
「……わかったわよ。実は、近くの森にある農村に『リトルボアープ』の集団が現れて、畑が荒らされているの。その討伐、あるいは撃退の依頼が来ているんだけど……これが不人気でね」
若菜さんの説明によると、リトルボアープは魔獣や魔物ですらない、ただの「動物」なのだという。
「動物だから魔石も落ちないし、素材になる部位もほぼない。おまけにお肉も少なくて美味しくないの。倒しても依頼報酬以外の『旨味』が全くないから、Gランクの初心者ですら、わざわざ時間を割いて受けてくれないのよ」
「リトルボアープ……。それ、どんな子なんですか?」
「ボア(猪)の亜種で、体長30センチくらい。羊みたいに全身がモコモコした巻き毛のモフモフね。でも雑食で食欲旺盛だから、集団で放置すると、あっという間に村の畑が更地になるわよ」
「……えっ。30センチの、モコモコした、モフモフ!?カワイイじゃないですか!討伐なんてせずに私が全部飼います!!」私のモフ欲が爆発したが、若菜さんは冷徹に現実を突きつけてきた。
「無理よ。その子たちは極度の寂しがり屋で、集団じゃないとすぐにストレスで死んじゃうの。群れを維持できる数を飼うとなると、一回の食費だけで銀貨数枚は飛ぶわよ。すぐに食費が金貨単位になって、お金が尽きて破産しちゃうわよ」
「……スローライフが崩壊しちゃう。大人しく撃退することにします」
命を奪うのは心苦しいが、リトルボアープと私のスローライフ、どちらが重いかは明白だ。
「それで、その依頼の目的地ってどこですか?」
「東にある農業村よ。『穂波の村』っていうんだけど」
「穂波の村!さっきに図書室の特産品ガイドで読みました。甘くて美味しいお野菜が採れるっていう農村ですよね!」
「ええ。だからこそ、食欲旺盛なリトルボアープに狙われているのよ」
狐火ちゃんに美味しいお野菜を食べさせるためにも、これは行くしかない。
「ところで、チームということは、私と一緒にこの『旨味ゼロ』の依頼を受ける物好きな人たちがいるんですよね?」
「ええ。『勇なる者』というチームよ。リーダーの人はしっかりしているって聞いているわ」
若菜さんに案内された先には、まさに「前衛特化」を絵に描いたような、剣士、盾士、戦士、大剣使いという脳筋構成の男性4人組が立っていた。
(――BGM:『いざ往かん、勇なる者(※会話はなし)』開始)
※ヒロイックでかっこいい「勇者のマーチ」調のファンファーレが鳴り響くが、メロディの裏で金管楽器がたまに「モゴモゴ……」と人見知りしてつっかえるような、不器用なアレンジが施された楽曲。
「初めまして。リーダーのカーターです。戦士をしています。……右が大剣使いのドレット、左が盾士のバーニ、最後に後ろにいるのが剣士のジルだ。よろしく」
リーダーのカーターさんは、和服姿の私の姿を見て少し緊張しているようだが、ハキハキとした好青年だ。だが、他の3人は……私と一切目を合わせようともせず、一言も喋らず、顔を真っ赤にして石像のように固まっている。
「……あの、カーターさん。失礼ですが、他の方々は?」
「ああ……すまない。こいつら、極度の人見知りで……。会話は全部俺が引き受けるから安心してくれ」
(……えっ。この人たち、全員コミュ障なの!?大丈夫なのこのパーティー!?)
こうして、能天気なモフモフ愛好家(と最高神格の狐)に、会話を放棄した脳筋3人組、そして胃痛の予感が漂う苦労人リーダーという、前途多難すぎるチームが結成された。
私たちは重苦しい沈黙に包まれたギルドの馬車に揺られ、モフモフの軍勢が待ち受ける『穂波の村』へと出発したのである。




