0014.市場で買い物with狐火ちゃん
昨日のオープニングデーは、まさに激動の一日だった。
最高レアの狐火ちゃんと出会い、初めてのソロクエストをこなし……。指定の場所に灰を置いた際、現場の職員さんや鑑定官さんが青い顔をしてコソコソ密談していたのが少し気にかかるけれど、まぁ、無事に終わったのだから良しとしよう。
今朝、会社に行くと課長が「昨日は定時で逃げやがって、最近の若いやつは会社への貢献心が足りないんだよ……」とネチネチ嫌味を言ってきたけれど、今の私のメイン貢献先は会社じゃなくてモフモフなのだ。
「お先に失礼しまーす!」残業を促す空気を笑顔で音速エスケープをキメて、今日も無事にログインを果たした。
目が覚めたのは、昨日若菜さんに紹介してもらったギルドの初心者寮だ。
一泊銅貨2枚(約2000円)の狭い簡素な部屋だけれど、枕元には狐火ちゃんがいる。それだけで、私の心は満天の星空よりも輝いていた。
「さて、狐火ちゃん。今日は食材をたくさん買い込んで、美味しいご飯を作ってあげるからね」
「クーゥ!」私の膝の上で、狐火ちゃんが嬉しそうに喉を鳴らす。
九本の尻尾が扇風機のようにパタパタと揺れていて、もうこれだけで白米が三杯食べられそうだ。
まずは、食料品が揃う西街の市場へと向かった。
西街のメインストリートを歩くと、神社仏閣の参道のような美しい石畳が続き、レンガ造りの洋館に瓦の屋根が乗る不思議な光景が広がっている。引き戸にはめ込まれた色鮮やかな「ギヤマン(ステンドグラス)」が陽光を弾き、夜を待つ魔力ガス灯がレトロな情緒を醸し出していた。
(BGM:『陽だまりのギヤマン通り〜お買い物マーチ〜』開始)
※別名『市場に食材を買いに行く』。ケルト調の軽快なフィドルとアコースティックギターが弾む、活気に満ちた楽しいお買い物マーチ。歩くリズムに合わせて弾むようなメロディが、新しい国での生活への期待感を高める楽曲。
15分ほど歩いて到着した西街の市場は、「雁木」と呼ばれる雪よけの屋根が連なるアーケードになっていた。
一歩足を踏み入れれば、そこは活気あふれる北欧の食品マーケットのよう。
木製の頑丈なカウンターには、白カビのチーズや燻製肉が吊るされ、色とりどりのベリーのジャムやピクルスの瓶が積み上げられている。
まずは魚屋さんの前で足が止まった。
砕いた氷の上には、脂の乗った見事なサーモンが並んでいる。
「おっ、いいサーモンだね。これ、どこから来てるの?」
「おう、北の海にある港から今朝届いたばかりの特上品だよ、お嬢ちゃん!」
威勢のいい店主が胸を張る。
「北の港か……。どこだろう、今度図書室でこの国の地図を調べてみようかな」
そんなことを考えながら狐火ちゃんを見ると、彼女は身を乗り出して、細長くて銀色に光る魚を興味深そうに凝視していた。
狐火ちゃんは「細長いもの」や「すばしっこいもの」が好きらしい。どうやらお魚も、彼女の好奇心を刺激するターゲットのようだ。
「さて、狐火ちゃん。お肉とお魚、どっちをメインにしたい?」
私が尋ねると、狐火ちゃんは器用に9本の尻尾を扇状に広げると、左側の肉屋さんと右側の魚屋さんを同時にビシッと指し示した。
「欲張りさんねぇ。わかったわ、今日はお祝いだし両方買いましょう!」
続いて向かった肉屋さんでは、北欧風の厚切りベーコンとブロック肉を注文した。
支払いの際、紐でまとめられた鉄貨の束――通貨の「銭」を差し出すと、
(ジャラッ……!)という、重厚な金属音が響いた。
「チャリン」という軽い音ではなく、この重量感こそが、和魂洋才の世界にいることを実感させてくれる。
最後に八百屋さんへ行くと、店先に置かれた小さなスパイスの小瓶が目に留まった。
「これは?」
「冬早特産の辛味スパイス『紅蓮香』ですよ。スープに入れると体が芯から温まりますよ」
その言葉を聞いた瞬間、狐火ちゃんの尻尾がパタパタとこれまでにない激しく揺れた。
「あ、狐火ちゃん、これ好きそうじゃない?」
瓶を鼻先に近づけてあげると、狐火ちゃんは目を輝かせて「キュンッ!」と短く鳴いた。
焔属の彼女は、やっぱり辛味のあるスパイスがお好みのようだ。
結局、大きな袋いっぱいに食材を買い込んで、合計は銅貨9枚――予定通り銀貨1枚(約1万円)以内に収まった。
「よし、これで準備は万端。寮に戻って食材を冷蔵庫にしまわなきゃ。狐火ちゃん、次は図書室でレシピの最終確認ね!」
狐火ちゃんのモフモフな尻尾を揺らしながら、私たちはハイカラな街並みを再び歩き出した。
初めての「幻獣料理」、狐火ちゃんがどんな顔をして食べてくれるか、今から楽しみで仕方がない。




