0011. 依頼ランクと武器練習 with 黒歴史
若菜さんに案内されてやってきたのは、先ほどのVIP専用みたいなA訓練場とは違い、たくさんの的やカカシが並ぶ、いかにも「初心者向け」といった感じの広い訓練場だった。
壁際にあるラックには、木剣や鉄の剣、槍、弓、杖、メイスなど、お馴染みの武器がずらりと並んでいる。
「おお?若菜がわざわざ新人の案内とは珍しいな。しかも、ずいぶんとまた、ほっそりしたお嬢ちゃんじゃないか」
訓練場の隅で、大きな剣を布で磨いていた恰幅の良い初老の男性が声をかけてきた。彼はこの訓練場の指導教官を務めるベテランのガンツだ。顔には大きな傷跡があり、いかにも「歴戦の戦士」といった渋い空気を漂わせている。
「ええ。こちらの琴音さんは、少し特別な神格の幻獣をお連れなので」
「琴音さん、初期装備としてこちらの初心者用の武器を一つ、無料でお渡しできます。実際に手に取って、しっくりくるものを選んでみてくださいね」
そう言われてもなぁ。私、リアルでも刃物なんて台所の包丁くらいしか握ったことがないし。身長はそこそこある方だけど、戦闘なんて絶対にしたくない。
とりあえず、ファンタジーの王道である『片手剣』を手に取ってみる。
「……お、重っ!」
ズシリとした鉄の重みに、手首がグリンッて持っていかれそうになる。こんなの振り回したら、魔物を切る前に自分の足を切り落としちゃうよ。
次に『弓』を試してみるが、弦が硬すぎてピクリとも引けない。
『杖』を持ってみたけど、「えいっ!」と振っても魔法が出るわけでもなく、ただの木の棒を振り回す不審者になってしまった。
ガンツ教官は、私のその絶望的な武器のセンスを目撃して、呆れたようにため息をついた。
「ほらな、言わんこっちゃない。そんな細腕じゃあ、剣や弓は無理だ。おとなしく後ろで杖でも振ってな、お嬢ちゃん」
「うう、おっしゃる通りです……。……どれも全然ダメですね。私、やっぱり戦闘に向いてないのかも」
おじさんの言う通りだ。落ち込む私を励ますように、足元で狐火ちゃんが「クゥン……」と心配そうにすり寄ってくる。
ああ、ごめんね狐火ちゃん。私、こんなんじゃいざという時にあなたを守れないよ……!
ふと、ラックの隅の方に、他の武器とは少し違う「それ」が目に留まった。
他の西洋風な武器とは明らかに一線を画す、長い柄の先に美しい反りを持った刃。
(……ウソでしょ。なんでこんな和風な武器が混ざってるのよ)
それは、『薙刀』だった。
それを見た瞬間、私の脳内に、絶対に開けたくない記憶の扉がバンッ!と音を立てて開いた。
『琴音!腰が高い!もっと踏み込め!!摺り足を忘れるな!!』
『はいっ!メンッ!スネッ!!』
――ああっ!見たくない!私の血と汗に塗れた青春の黒歴史!!
そう、私の実家は古武術と薙刀の道場なのだ。
物心ついた時から道着を着せられ、厳しい祖父と父のもとで毎日毎日しごかれ続けた。結果、高校時代には全国大会で優勝までしてしまい、地元では「鬼神の里見」なんていうおよそ女子高生には似つかわしくない可愛くない二つ名で呼ばれていた。
私はただ、可愛いお洋服を着て、モフモフのペットと戯れる普通の女の子になりたかっただけなのに!
だから上京してブラック企業に就職したのを機に、薙刀は実家の押し入れの奥深くに封印したのだ。もう二度と「野蛮なもの」は握らない、可愛いモフモフを愛でる普通の女の子になるんだ、と。
でも……。
「クーゥ?」
私の足元で、首を傾げる至高のモフモフ。
この子を、野蛮な魔物から守るためには。一番確実に、一番安全に敵を排除できる「最短距離」の手段を選ばなきゃいけない。
「……背に腹は代えられないか」
私は小さくため息をつき、ラックからその薙刀を手に取った。
長さ、重心、刃の反り具合。……うん、実家で使っていたものより少し軽いけど、悪くない。
「おいおい嬢ちゃん。薙刀はリーチが長くて有利だが、重心の扱いが剣よりも段違いに難しいんだ。さっきのへっぴり腰の素人が振り回すと、自分の首を刎ねちまうぞ。やめとけやめとけ」
「琴音さん?教官の言う通り、初心者にはあまりおすすめでき……」
ガンツ教官と若菜さんが心配そうに声をかけてきた、その瞬間だった。
(スゥッ……)
薙刀を構えた途端、体が勝手にスイッチを切り替えた。
呼吸が深く沈み込み、足が自然に「半身」の構えをとる。
雑念が消え、視界がクリアになる。
(――シュンッ!!)
空気を切り裂く、鋭い風切り音。
私は無意識のうちに、基本の「八相の構え」から、袈裟斬り、胴払い、そしてスネ当てへの連続攻撃を、流れるような完璧な演武で繰り出していた。
(ブンッ!ブォンッ!ピタッ!!)
最後にピタリと刃を止め、微動だにしない「残心」をとる。
訓練場の空気が、一瞬だけピンと張り詰めた。
(……カランッ)
沈黙の中、ガンツ教官が手に持っていた剣を取り落とす音が、やけに大きく響いた。
「…………へ?」
我に返った私が横を見ると、ベテランのガンツ教官は目を限界まで見開き、若菜さんと共に完全に言葉を失って石像のように固まっていた。
あの、常に冷静沈着で氷のようだった若菜さんに至っては、信じられないものを見るような目で私の足元の「踏み込み」を凝視している。
「あ、あははは!なーんて!見よう見まねで振り回してみたんですけど、どうですかね!?いやぁ、やっぱり素人には難しいや!ははは……(滝汗)」
私が慌てて取り繕って薙刀を下ろすと、ガンツ教官が震える手で私を指さした。
「じょ、嬢ちゃん……あんた……今の刃の軌道と、あのブレの一切ねえ完璧な『残心』……。それ、何十年も戦場を潜り抜けた達人の動きじゃねえか……!」
「わ、若菜さん!今の完全にビギナーズラックですよね!?まぐれまぐれ!さっき剣も振れなかったどんくさい私を見ましたよね!?」
私の必死の言い訳を聞きながら、ガンツ教官は「あんな素人くさい持ち方してたのに……本当にまぐれか?」と頭を抱えた。
「……琴音さん。あなた、先ほど『戦闘みたいな危ないことはしたくない』と仰っていましたよね?」
「は、はい!その通りです!私はスローライフを愛する平和主義者ですので!」
若菜さんは胡乱な目で私を見つめ、隣で「ありえねえ……」と呟くガンツ教官と顔を見合わせた後、「……そういうことにしておきましょう」と深く追求するのをやめてくれた。助かった……!
これ以上突っ込まれたら、「鬼神の里見」時代のことまでバレてしまう。
「キューン!キュキューッ!」
狐火ちゃんは私の周りをピョンピョン跳ね回って、「かっこよかった!」と言わんばかりに目を輝かせている。
ああ、この子の笑顔が見られるなら、黒歴史の封印を解いた甲斐があったというものだ。
「それじゃあ若菜さん、ガンツ教官!私の初期武器は、この『薙刀』でお願いします!」
「……え、ええ。承知いたしました」
「お、おう……持っていきな、嬢ちゃん……(達人??が『初心者用』って、どういう冗談だ……)」
こうして私は、絶対に握りたくなかったはずの『薙刀』を相棒に、ガンツ教官の胃痛を背中で受けながら、Fランクのクエストへと出発することになったのだった。
ちなみに、この日、私の絶望的な武器のセンスと「まぐれ(?)」の演武を目撃したガンツ教官は、のちに私が「薙刀で魔物の群れを更地にした」という恐ろしい噂を聞いても、「あのどんくさい嬢ちゃんが?ありえねえよ。あれは絶対まぐれだ」と絶対に信じないポジションとなって私を擁護(?)してくれるのだが……それはまだ、少し先のお話である。




