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聞き込み

時はユマ研究室のゼミが始まる三時間前。

ちょうどユマ教授とリコが話をしていたコーヒーショップに場面は移ります

14


夕方の時間帯はコーヒーショップの忙しさも、ひと段落して落ち着く。

私はカウンターで注文を受ける仕事をしていたのだが、さっきカフェオレとココアを注文した親子連れ以降は客足が途絶(とだ)えていた。


(さっきココア注文した子、可愛いネイルをしていたなぁ)

週末は私もネイルでもして気分転換しようかと自分の爪を見ていると、チーフマネージャーからの視線を感じた。


真面目に働いているふりをしなければ……とサンドイッチの入ったカウンター横のショーケースを軽く拭き始めようとしたところで後ろからチーフマネージャーに声をかけられた。

管理局の調査部が私に何か聞きたいことがあるらしいので店のバックヤードに行きなさいということだった。


店のカウンター横のスタッフ用ドアから入るとすぐバックヤードだ。


「お待たせしました。彼女をお連れしました! タムさん、奥へどうぞ」


チーフマネージャーはバックヤードの奥に声をかけると私に目配せをして、スッと店に戻って行った。


ドアから入って左手にはコーヒー豆や軽食の在庫が並ぶ棚と冷蔵庫が置かれて、その奥にはスタッフ用ロッカーと簡単な事務机がある。

その事務机の前に、口髭を生やした男性とニコニコと笑う身だしなみの整った青年が立っていた。

彼らはステーションの管理局、調査部から来たと自分たちの身分を説明した。


「お名前を(うかが)っても?」


不機嫌そうに見える髭の男性は、挨拶も早々にぶっきらぼうな口調で聞いてきた。


「えっ、あ、はい。グエン・チ・タムです」


私は答えながら最近なにか問題を起こしていたんだろうか、と考えた。心臓がパタつく。


「えーと、ああ、タムさん、でいいでしょうか? すみません仕事中に。こちら調査部のグレイ、私はマキナと言います。実は聞きたいことがありまして伺いました。あ、あとすみません、我々仕事の都合上、ボディカメラが付いているので録画中であることをご了承ください。もちろん調査後に特に問題がなけば一定期間後にデータは削除されますのでご安心を」


仏頂面(ぶっちょうづら)のグレイさんとは対照的に、マキナさんは鼻筋の通った整った笑顔が素敵な金髪の青年だった。それはもう、都合良く容姿を作られたアバターなんじゃないかと思うほど出来過ぎた好青年だ。

笑顔のままスラスラと呪文のような調査部の定型文を唱えるところは本当にネット上のAIアバターのようで、私はそれが少し可笑しくなり笑いそうになったのを「ふぅっ」という溜息でごまかした。

溜息と一緒に緊張も吐き出せたようで、私は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


「一週間前の五月二十五日十七時ごろ、あなたは第一居住区にいたようですが、なにをされていましたか?」


髭のグレイさんは表情を変えずに機械のように質問をする。言葉は丁寧だけど、少し威圧感があって怖い。


「一週間前ですか……」


私はぼんやりと天井を見上げて思い出す。

一週間前の火曜日は確かプールで泳ぐために第一居住区に行っていた。泳ぎ始めて一年頑張った甲斐もあり目標としていた体形に少し近づいたので、今の体形に合った水着を新調した日だった。


「はい、行きました。第一居住区のプールです。十五時から泳いでいて、その時間は帰りのタイミングだと思います」


「なるほど、水泳を。良いですねぇ。いやぁ、私も体動かすの好きでして。休みの日はよく第一居住区のジムに行くんですよ」


マキナさんは笑顔で腕を振るゼスチャーをした。おそらくジムではランニングをしているのかなと私は想像して、見た目通りの爽やかな休暇の過ごし方をしているなと感心した。


そんなおしゃべりはどうでもいいという感じでグレイさんは手を少し挙げてこちらの注意を(うなが)した。相変わらず淡々した様子で質問を続けるようだ。


「セキュリティーカメラの映像では貴方はかなり大きなバッグを持っていたようです。何を持ち歩いていましたか?」


(一週間前、セキュリティーカメラ……) ここで私はようやくこれが何の聞き込みなのか理解した。

ニュースでやっていた行方不明の男性の調査なのだろう。


「え、私、行方不明の男性は見てないですよ? もしかしてその調査だったりします?」


「いえ、いや……あの、そうです。私たちが調査しているのは先週から行方不明になっているコバヤシ氏の行方です」


マキナさんの笑顔は少し苦笑いのように崩れ、バツが悪そうに頭を掻いた。


その横で身を乗り出すようにしてグレイさんが私の顔を覗き込みながら言う。


「まあ、単刀直入に言うと行方不明になった時間からセキュリティ―カメラで現場から大きな荷物を持ちだしている人を探しているんです。当局はコバヤシ氏が何らかの事件に巻き込まれて、第三者により現場から連れ去れた可能性を検討しているんです」


想像以上に大変な話に巻き込まれてしまったことを自覚したが、私はまだ頭の中が整理できなかった。

グレイさんは表情を変えず、さらに続ける。


「あなたは当時、大きなバッグを持っていた。だから我々はその中身が何だったのかを聞いているんです」


「そんなの、もし私がその……コバヤシさん? をバッグに入れて誘拐したとして。その犯人がもし私だったとしたら、そんなことを調査部のあなたたちに言うわけないじゃないですか」


ようやく頭が回り始めて、私は自分の理解した言葉を口から吐き出した。

マキナさんは私の言葉を聞きつつも、また完璧な笑顔を取り戻してそれに答える。


「それでもいいんです。我々調査部としては事情を知っている可能性のあるすべての方に聞いて回っているんです。事件に無関係ならば普通に答えてもらえば良いだけですし、なんらかの事情を知っている関係者であれば、この聞き込みで行動の変化が出ますからね。我々はそれを追えばいいんです」


笑いながらも獲物を追い詰めるようなことをさらりと軽く言うマキナさんの方が、実はグレイさんよりも怖いのかも知れないと私の心がキュッとする。


「私は……えっと、その日の私のバッグには普通に水着やゴーグル、タオルとか着替えとか、あと化粧道具とか入れてました」


「それで全てですか」

グレイさんの目がぐっと私を掴む。


「は、はい。あ、細かいことを言えば当然モバイル端末も持っていましたし、水着は新しい物を買っていたので、普段使っている水着と新しい水着の二つを持っていきました。でも本当にそれぐらいです」


取り調べでもない、ただの立ち話の聞き込みだけでここまで緊張するとは思っていなかった。

私は普段、どんな人とでもうまくコミュニケーションが取れるし、ちょっとの事では動揺しないタイプだと自己評価していたけど、やはり本物の事件だと平常心を保つのは難しいみたいだ。


「わかりました。ありがとうございます。まあ、我々も女性のあなたが成人男性を一人抱えて移動できるとは考えていないので、ご安心ください。調査部は全てを確認しないといけませんので」


無表情だったグレイさんが、最後に少しだけ口髭の端を持ち上げて笑顔を見せたような気がした。

自分の娘ほどの歳の私をそんなに怖がらせたくなかったのかもしれない。


私が少し安心すると、二人は「ご協力、感謝します」とまた軽く会釈をして裏口の従業員出入口から出て行った。

どうやら私は、うまいこと乗り切ったらしい。

細かすぎて伝わらない設定資料シリーズ(シリーズにするの?)

調査部のマキナがタムと会話を始めた時に、彼女の呼び方で一瞬「えーと、ああ、タムさん、で良いでしょうか」と悩んだ理由

それは彼女の名前からベトナム系の名前と判断する時間が必要だったから。

ベトナム人の名前は姓・ミドルネーム・名という並びになっていており、また姓はグエンさんが大多数なので一般に会話で相手を呼ぶときは姓よりも名前で呼ぶ方が一般的だそうです。

これは相手が偉い人でも同じように名前呼びすることが多いそうです。

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