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クロス・ファントムワールド  作者: 霧山怜哉
飛び違う「幻影」
21/22

Episode04 初対面Ⅱ

「こんっはぁ……野郎っは、どこぉ、まっは、で、は、離れっ、……るん、だぁ」

 息を弾ませながら走ってきた悠慧は顔すら合わないうちから、一文にもならない片言で罵り始めたのだ。

「大丈夫か」

 少し楽にしようと膝に手をついた悠慧の背中を叩くと、悠慧は「っぐほぉ」という奇抜な声を上げた。

「弱ってるうちに殺す気か、貴様!!」

「あっ、ごめん。そのもつりはなくて……楽にしようかなって」

 そうはいうものの、この前の演習で悠慧は弱っていなくても湊に負けていた。

「はああ、確かに死ねば一番楽だよな……で、これがその、狩り小屋?」

 二人の前およそ五十メートル先のところに四角に囲まれた敷地がある。

 敷地内に木材を積んである棚や倉庫のような木造の建物があり、一番左側に路面電車の車両と同じくらい大きさの白い建物がある。

 囲まれている範囲はそうきれいではないが、ちゃんと掃除されている痕跡があり、今日の今日まで人が住んでいるようだ。

 しかし、そこにもう一つの問題が生じた。今は狩猟期ではない。

「はい。それに人が住んでいるようだ。今は留守してるみたいだけど。ふむ、おかしいな……」

「うん? 何が?」

「今は猟期じゃないんだ。だから狩りは禁止されてる、来たところで何もやることはない。それにバラ線を張るのも意味分からない。動物は普通積極的に人間に近づきたくないんだ」

「そうか。来るときはなんか変だと思ったわ。こういうことか」

 すなわち、この時期に猟師が狩猟小屋に来ることは滅多にないということだ。なのに、今目の前にある狩猟小屋は人が住む痕跡がある。

「ちょうど昨日見に来たとか?」

 湊は木に寄りかかって手を組んだ。

「いや、時間的に前の猟期と近すぎる。普通は次の猟期に来て、準備するのが通例なんだ」

「……だよね。って、やけに詳しいなお前、趣味でやってんのか。俺は任務以外にもう銃はゴリゴリだけど。嫌にならない派?」

「ううん。一応調べたんだよ。せめての情報を知っておかないとね」

「さすがは装備量最多だな」

「できることはしないと何があったら悔しいだろう」

 小屋から離れた場所に隠れている二人はしばしどうすればいいのかを考え込んだ。

「仮設に苦しむな」

「まあ、あれだ。行ってみるか」

「行くの?」

「ああ、行けばなんにも解けるってわけじゃないけど、一体どういう状況かは分かるだろう? 別にそこに住んでる人は悪人って決まってるわけじゃないし」

 湊が肩からライフル銃を下すのを見て悠慧は驚いたかのように急いで阻止した。

「待て待て、銃を取り出してどうする?」

「えっ? あそこ行くんじゃないか?」

 確かにいつもだったら、すぐに戦えるために先に銃を取り出すのが正しい。悠慧は定位置についたらまずは狙撃銃をセットするのが一番の動作だ。

「いやっ、あそこが一般人だったらどうする!? 殺す気か」

「あっ、そうか! すまない」

 湊は閃いたように言った。

「……ったく」

 二人が鉄柵門の前に立つと、それが施錠されていないことに気付く。ここまでこればもはや入り込むことしかないと、思い切って門を押し開ける。

 ギーッと、錆びた扉はけたたましい金属音を響かせながら開かれる。

 遠くから見たのと同じ、敷地内の葉っぱなどはきれいに集められていて、よく踏まれる小屋をつなぐ経路に硬い道までできている。

「今の音で、もし誰かがいれば気づいてるはずなんだよな」

 無性に誰かに見られているような気がした悠慧は落ち着かない様子で見回した。

 彼は危険に対して、絶対に誤らないほどの第六感を持っている。それ抜きでも、そもそも感知力は強い。もし、誰かに見られている気がしたら、大抵は本当に見られている。しかし今は誰も見当たらなかった。

 いや……森で覗き見とか、さすがに気のせいか。ちょっと神経質すぎたかな、いくら感知力が強くても間違えることくらいはあるよな……

 ついに白い建物に移動した悠慧たちはしばらく待っていたが、家主の出てくる気配もしない。

「本当に留守のようだね」

 参ったように湊は呟いた。さきほど鉄門を開けたときに、もし誰かがいればおそらく今頃はすでに気になって出てきたはずだ。

「寝てるとか?」

「叩いてみる?」

「うん。いるならいるでいいし、いないならいないでまた他を探す。これ以上待っても意味ないし」

 この建物にインターホンとかはないようで、悠慧は手をドアの前に伸ばした。

「……うん?」

 喉の奥で小さく漏れた声。今回は微妙に違うも、狼娘を見たときと同じ「空気」が感じ取れたのだ。

「すみません——」

「……っ!?」

「……?」

 唐突に背後から人の男性の声が伝わった。非常に上手い日本語の発音だが、強いて言えば一パーセントくらいだけ外国人風だった。

「——何か、御用ですか?」

 いつの間に悠慧たちの後ろに現れた外国人の中年はうやうやしく不審な二人に尋ねた。

「こちらが家主なのかな」

 どうやら話しかけられる前に、湊はもう男性に気づいたようだった。


 ちょっと意味不明だったけれど、男性は意外と豪快な人で、調べたいことがあるという旨を伝えたら無条件に信じてくれたどころか、それ以上に小屋の中に入れてくれた。

 これも欧米人の素性だろうか。確かにアメリカ人は知ったばかりの人でも家に放り込めるって噂があるけれど、悠慧たちには解らなかった。

 少なくともピザ一つくらい用意した方がよかったかもしれない、と思った。

「お二人さん、パンケーキは好み?」

「折角ですが、僕たちは食べてきたので遠慮しておきます」

「そうか、そうだな。結構遅い時間だからね」

 屋内は見た目よりもずっと狭かった。元々はこんな窮屈な空間ではなかったかもしれないが、ベッドや武器の組み立て台、調理台、冷蔵庫などを積み込めばこうなるだろう。それに、今室内には三人もいる。一人で住むなら、もしかすると案外快適かもしれない。

 壁にクマやイノシシやシカの頭でも飾ってあるかな、と悠慧は予測していたが、意外といいセンスをしていて、物騒な標本の代わりに、1526年に設立されたイタリアのとある銃器企業が作った銀鳩シルバーピジョンという名を持った銃に似た猟銃が壁にデコレートされている。銃身の鉄の部分も木の部分もすり削られているから、以前はそれなりに使い込んでいただろう。今は使われていなく、コレクションにされていると思われる。

「俺は何も食ってねぇぞ……あの一食から」

 男性に気付かれないように悠慧はこそこそと呟いた。

「シーッ!」

 どの一食かは気になるが、好奇心を押し込んで湊は失礼なやつを黙らせた。

「わあったわあった」

 男性は机をたんすから折り畳みテーブルを取り出して、それからさっき手に持っていた大きな白いビニル袋二つからコンビニ弁当と熱したパンケーキをテーブルに置いた。

「ええっと、狩りっていうのはライフル銃や刀を使わないって知ってる?」

「うっ!」

「えっ!?」

 急に何を言われるかと思うと、相手の方から狩りを見学しに来たと勘違いしたようだ。

「あっ……あ、いえ、僕たちは狩猟のことを聞きにきたんじゃないんです」

「ああ? あああ! なるほど、私が何か勘違いしたようだな、あははは……すまん」

 男性はポカンとしていると、ようやく湊たちの言いたいことを知った。

「お名前はまだ聞いていませんね」

「ボーストと呼んでくれて構わない」

「ええ、では、ボーストさんはどうしてここにいるんですか」

 妙な空気を漂わせたボーストはしばし沈黙した。とても悩ましいことを考えているように見える。

「……うん?」

 悠慧は頭を傾ける。そんな難しい問題だろうか。

 でもよく考えてみればこんなところで住んでいる理由となると、相当言い難いものだろう。

「あなたたちに言っていいかな……」

 男性の声がどんどん小さくなっていき、とんでもないことを言い出した張本人がなぜか顔を真っ赤にした。

「端的に言えば、うん、そうだな……実は私は友たちの妻を寝取ったんだ……」

 さらなる沈黙が続く。小屋全体が深い無音の淵に落ちていったようだ。パンケーキから漂い出る薄い水蒸気の音すら鼓膜をくすぐってしまっているような錯覚がする。

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