7、遠方からの知らせ
戦いの後、ロンクたちはしばらくセルティーナの領内で疲れを癒した。
リリザと過ごせるのは滅多にないことだ。
リックは訓練場で兵士たちの稽古を見ている。ミュースも端っこでそれを眺めている。ここは任せて公子はゆっくりして下さいと言われた。
城下町を二人で散策していた。町のものがリリザを見ても大袈裟な反応をするものはいない。この国で二人は親しみやすい国王と王女なのだ。
町の酒場に入って二人は軽い食事をとっていた。
「おお、これはこれは公子。お勤めご苦労様です」
「もう終わって後は帰るだけだ」
「それは何より。どうぞゆっくりしていって下さい」
馴染みの店主が挨拶をする。王女の方にも笑顔を向けた。
二人は黙って店内の雰囲気に浸っていた。リリザは少し笑っている。
どちらも口数は多くなく、無口な方なので二人でいるときもこうして無言でいることが多い。しかしその沈黙も気心の知れた二人にとっては心地の良いものなのだった。
ビールが運ばれてきた。ロンクが飲み始めるのを見ると、リリザもそれを両手で持って少しずつ味わうようにして飲んだ。
「ロンク様はお妃さまはめとられないのですか」
「そういう気分にはならないな」
「でもお世継ぎは必要でしょう」
「まあそうだけどな」
リリザが俯く。ロンクもリリザも心は同じなのだ。
羊肉のスープが運ばれてきた。二人はそれを少しずつ食べた。
「王妃のことは残念だった。俺も大分かわいがっていただいた」
「はい」
「お前にとっては辛い話だったか」
「いえ」
少し困ったような顔で微笑んで言う。
リリザは木綿のチュニックと同じ色のスカートを履いている。足元はサンダルだ。
ロンクは王宮で借りた男物の少しかしこまった服を着ている。長旅で荷物はそんなに持ってきていない。
食事を終えると二人は店を出て町の中を歩いた。気づいた町のものが挨拶をする。子どもが寄って来て二人の前で剣を振るような仕草をした。男の子が両手を横に振っている。
「今日はもう店じまいだ」
ロンクがそう言うと男の子は笑って親の元に走っていった。
武器屋に寄ったり鍛冶屋に寄ったりして、その都度リリザはねぎらいの言葉をかけていた。王族と町人がとても近い距離にいる、そんな小さな国がこのセルティーナなのだ。
夕暮れの小道を二人で歩いていた。通りの脇の草むらの中からは秋の虫の鳴き声が聞こえてくる。
二人は町を通り抜けると少し小高い山に登った。辺りは暗くなり始めていた。
高台の開けた場所に来ると夜の町の明かりがそこから見下ろせた。橙灯の明かりだ。
町には灯し屋という職人がおり、夜になると町に明かりを灯して回るのだ。その他にも個人で灯した明かりもある。一般超能力といっても誰もが持っているというわけではないのだ。
二人はそんな町の明かりを見下ろしながらそこにあった縁台に腰かけた。
隣り合って座る。秋の風が時折吹き抜けていく。
二人はやがてどちらとも言わず抱き合って口づけを交わした。
夜の闇に二人の寄り添う姿が浮かぶ。二人はしばらくの間、そうやっていた。
夜遅くになって二人は王宮に戻った。
廊下でリリザと別れると、ロンクは客室に入った。リックとミュースはすでに寝ていた。ベッドは二つしかなく、リックは背もたれのついた長椅子に寝ていた。
ロンクは月明かりが窓の外の庭に降るのを眺めながらしばらくベッドを背にし床に座っていた。
この時世において、愛を確かめ合うという行為はとても大事な意味を持つ。同じ頃にはゼリウスで悪政が始まり人々の中にも不安が高まってきていた。そうすると友情を深めたり愛し合うという行為が人々の余裕のなさと共に離れていってしまうのだ。そうなると益々悪循環に陥ってしまう。
魔物が強力になっている。ロディアスに何か異変が起きているのだろうか。そろそろ国へ戻った方がいいかもしれない。国にはラインハルトもいるし父もいる。万が一のことは起こらないだろうが、ゼリウスが不穏な気配を漂わせている以上、油断はできない。
明日には国に戻ろう――。
のどかな王宮と城下町で十分疲れを癒した後、ロンクたちは国へ帰るため翌朝、セルティーナを後にしたのだった。
一週間の旅を終え、祖国へ戻ってきたロンクは、父に事のあらましを全て伝え、それからはいつも通りの生活に戻った。
魔物は大分叩いたからセルティーナはしばらくは大丈夫だろう。リリザに会えないのは寂しさもあるが、それを忘れるように鍛錬や城での勤めを果たした。
その間に少し気になる噂を聞いた。町のものたちの間でとある問題が持ち上がっていたのだ。何でもここのところ、夜寝てる間に悪夢を見ることが多くなったのだと言う。一人がそんな悩みを抱え誰かに相談すると自分も最近そうだと言う。いつしかそれは町の中で誰もが抱える悩みになった。心配になったシオンコールもその件を王家のマリア王女に報告し、助言を仰ぐことにした。セルティーナでの魔物の変容。そして民を悩ませる悪夢。何かの関係があるのだろうか。何かよくない兆候のような気がした。
それからやがて一か月半ほどの時が過ぎた。
その日は城の父の執務部屋でぼんやりと椅子に座っていた。
あれから状況は変わっていない。セルティーナでは時々魔物が出没し、兵士たちで何とか対処しているという。国内でも相変わらず民は不安と悪夢による不眠に悩まされていた。状況は芳しくない。しかしそれ以外に問題は生じず、事態もそれほど悪化はしていなかった。何かよくないことが起こる。それは思い過ごしだったのだろうか。
父は本棚の前に立って本のページを繰っていた。
肘掛けに肘をつき、頬杖をついている。外では雨が降っている。小雨のようだが、そのせいで昼前なのに薄暗い。
「ロンク。ラインハルトの女房がこの前駆けこんできたのだ」
「何しに?」
「もう寒くなってきたのに、湯を使わずに冷水を浴びる。湯を使うと怒るから自分も冷水を使うしかないという。どう思う?」
「別居した方がいいんじゃないですか?」
「うむ、そうか。ではそう進言しよう」
少々ストイックな部分があり、同居の妻は耐えられないようだ。当のラインハルトは訓練場で部下をしごいている。
そのとき、執務部屋のドアがノックされた。随分切羽詰まったような叩き方だった。ノックとほぼ同時にドアの向こうで声が上がった。
「シオンコール様!」
「何だ? 入れ」
ドアを開けるとどうやら早馬が到着したようだった。使いのものが慌てた形相でシオンコールの前に転がり込んでくる。
「失礼いたします! ギルバート国王より至急の知らせです!」
ステルファンタジー王国の王の名前だ。
「何だ、一体何事だ?」
シオンコールが尋ねると、少しでも落ち着かせようと努めるように使いがその言葉を続けた。
「大陸北西部の第二ロディアス。それがナスハルト皇帝率いる遠征軍により、一昨日、完全消滅したとのことです」
「な、何だと!?」
ロンクもそれを聞いて立ち上がる。
「それは本当か!?」
「はい、間違いないとのことです。マリア様が遠方より見届けました。間もなくゼリウスからも各地へ伝えられるだろう、とのことです」
「信じられん。ナスハルト皇帝は狂気に駆られていたはずだ」
「詳細についてはまだわかりかねます。事実だけをお伝えいたしました」
「わかった。ご苦労だった。下がってよい」
「では、失礼いたします」
深く頭を下げた使いが、振り向いて部屋を出ていった。
「父上……」
「一体何が起こったというのか。ロディアスは我が王国が総力をあげても消すのは困難だと言われているというのに」
ロディアスは消えた。
元が完全に断たれ、今はもう辺りには残留している瘴気と陰気しかない。やがてはそれも晴れるだろう。
一体何が起きたのだろうか。マリアの超能力を以てしてもその詳細までは掴めなかった。
それを知るのは遠征に出向いた当事者だけなのである。
時は十一月十六日。
光は確かに誰も知らない軌跡を描き、世界を変えようとしていた。




