6、討伐戦
翌朝になると三人は支度を整えて森へと向かった。戦闘服に着替え、ロングソードを帯して、一個小隊を引き連れて戦地へ向かう。今回の指揮官はロンクだ。途中までリリザが見送った。
「夕方には到着するでしょう」
隊長が横について言う。まだ若い隊長だ。王と王女のために自ら魔物の侵攻を食い止めるべく兵士に志願する若者は少なくない。ロンクやリックも時々彼らの訓練に付き合っている。しかし特異超能力まで持つものはこの国にはいない。
「今回の敵の構成はどのようでしょう」
隊長が尋ねる。
「竜が一体混じっているそうだ」
「竜が……」
隊長も竜はまだ見たことがない。動物が突然変異を起こして魔物になると言われているが、その機構はよくわかっていない。ロディアスの力によるものだ。
「陣を敷いてそれが現れたら俺とリックで迎え撃つ。シロウたちは他の魔物の相手を頼む」
「了解しました」
隊長のシロウが言う。
道行く人々はロンク公子の姿を認めると頭を下げた。子どもたちは羨望の眼差しを向けている。国の兵隊の隊列だ。それぞれの武器を腰に下げている。
隊列の後ろの方にはリックとミュースがいる。ミュースは回復要員だ。
「さて、竜がどんなものか。腕が鳴るな」
リックも竜の相手をするのは初めてだ。心得はシオンコールから聞かされている。体表面には中々刃が通らないらしい。しかし二人の超能力ならおそらく問題はないだろう。
町の中を歩いていくと、やがて民家が途絶え草原になった。もう間もなく森が見えてくる。
日が暮れて辺りも薄暗くなり始めた頃、森の境目にたどり着いた。この先をずっと踏み込んでいけば魔物が徘徊するエリアに突入する。兵士たちは荷物を下ろして火を焚き始めた。魔物は火が苦手だ。周辺に明かりも灯した。
シロウが今回の戦闘相手の詳細と作戦を伝えて檄を飛ばす。
「では、これより夜間の作戦行動を開始する。隊は三つに分かれ敵を各個撃破する。危なくなったらミュース殿の【水斑点】まで退くこと。陣形を立て直し、深追いはしない」
水斑点は空間系の一般超能力だ。癒しの効果がある。また弱い魔物は入ってくることができない。
魔物には昼行動するものと夜行性のものとに分かれている。両方を叩く。まずは夜間からだ。
「では、行くぞ」
ロンクが森に向かって立ち、部隊を背にして正面を見据える。
激しい精神波動が森に向けて放たれた。威嚇の波動だ。それを次第に強めていく。最終的には殺気に変わる。
【黒罵詈】。前方に精神的な圧をかける一般超能力だ。
人間であろうが動物であろうが区別ない無差別攻撃だ。しかし森の中に人間はいない。標的は森の動物と魔物だ。罪のない動物たちには申し訳ないが耐えてもらうしかない。野生の動物は身じろぎせずにじっと耐えている。しかし魔物相手にはそうはいかない。堪えきれなくなった魔物がそろそろ襲い掛かってくるはずだ。その中に竜が一体生まれていて、あと数日で何もしなくても町に襲い掛かってくるというのがマリアのお告げだ。
ロンクとシオンコールはこうして時々ここにやってきては森の魔物たちをおびき寄せて間引き、脅威を減らすということをやっている。魔物が増えすぎると餌を求めて町に押し寄せるからだ。今回これをやるのは半年振りだ。
ガサガサガサ、と森の茂みが揺れる。動物か、あるいは魔物か。茂みから姿を現わし、突っ込んできたのは猪の魔物だった。
「来た!!」
兵士たちが武器を持ち、構える。それよりも速く、疾風の如く踏み込んで横殴りに剣を払い、切って捨てたのはリックだ。右方に切り飛ばされた魔物がしばらくして動かなくなる。絶命した。普通の猪より一回りほど大きい体だ。
「どんどん来るぞ」
ロンクが言う。
犬型の魔物、猪、兎、鳥。どれもそれぞれの動物より大型だ。それが森の中から次々と襲ってくる。
「迎え撃て!!」
隊長が叫ぶ。
兵士たちは必死に剣を振るう。体当たり、爪、牙。対人の戦闘とは違う。駆け引きのようなものはない。次々と繰り出される純粋な突進攻撃だ。連携のようなものもない。しかし構えの隙間をついて次々と攻撃が迫ってくる。
やがて数でこちらの半数ほどとなった頃、ロンクは威嚇を止めて加勢に入った。攻撃に専念する。
「どらああ!!」
「くそお!!」
兵士たちが奮戦している。攻撃を受け、弱ったものには別の兵士が割って入り、食い止める。少しずつ魔物の数を減らしていく。鬼神の如く無双しているのはリックだ。離れたところで単独で魔物を撃破していく。兵士が下手に近づくと攻撃を食らってしまう。その中間あたりで味方も庇いながら戦っているのがロンクだ。ミュースは後方で戦いを見ている。
魔物の攻撃が一瞬緩んだ。全部切ったか――。
そう思ったとき、背後から圧を感じた。振り向くとそこに迫っていたのは最初に切ったはずの猪だった。
咄嗟に横に転げて回避した。血を流しながらの魔物が揺れて見える。馬鹿な、あれで死なないのか――?
嫌な予感がした。
戦況を軽く見回すと、兵士たちが戦っている魔物の数もほとんど減っていない。ロンクが上手く立ち回っているが、魔物は血を流しながら起き上がってくる。
リックは自分が切った魔物も慎重に確認する。間違いなく絶命している。
猪が再び突進してくる。剣に怒気をみなぎらせて迎え撃った。
斜めから剣を突き出し、猪の体を貫いた。さらに力を入れ、切り飛ばす。
それでもしばらく魔物はうごめいていた。
一息つく間もなく勢いで切ったはずの魔物が何体か起き上がる。深手を負ったままだ。
まるでゾンビのようだ。今までならこんなことはなかった。もっと簡単に殺せた。
そのとき、木々の向こうから巨大な影がゆっくりと現れた。
竜の魔物、エシートサウルスだ。
狂ったような目つきをして息を荒げている。
くそ、こんなときに――。
「き、来た!!」
兵士たちが身構える。魔物の数はあまり減っていない。戦場に緊張が走る。
「で、でかい!」
身の丈は倍ほどだ。二本足で歩く竜種だ。アルビオンよりは小さい。
兵士たちが思わずたじろぐ。竜が一歩ずつ陣容に近づく、そこへ躊躇なく横薙ぎの剣閃が放たれていた。リックの一撃だ。
重い一撃だが体は揺れず、表皮が刃を弾いた。ロングソードの打突ではダメージを与えられそうにない。
攻撃を放ち終わった体に竜が巨大な顎で噛みついてきた。それを咄嗟に剣で防ぐ。そのまま後方に弾き飛ばされた。
狂気の吐息を吐きながら竜がリックの方を向く。それを暗い目で見据える。リックの超能力が始まる。
ロングソードを持った右腕をゆっくりと振り回し始めた。
大きく、体の横で回転させるロングソード。
竜に向かって歩きながらぶんぶんと振り回す。
【回天の蝿】。
武器を振り回せば振り回すほど、一撃の威力が上がるという特異超能力だ。
横に、縦に、無造作に剣を振る。
やがて間合いが僅かになると再び竜が上空から顎で噛みついてきた。それを身をずらしてかわす。
脳天からのロングソードの振り下ろしが竜の頭に叩きつけられていた。
一撃――。
頭蓋を割り、竜はその場に崩れ落ちた。表皮の硬さなど意味のなさない一撃だった。
戦いの間に兵士たちも思わず見とれる。
それほどまでに美しい戦いの展開だった。
しかしそれも束の間、竜がゆっくりと起き上がる。頭を潰されたままだ。
さらに仕留め損ねた魔物たちも迫る。
「いよいよいかんな」
ロンクも能力を解放する。
口を開けて迫る犬の魔物にシロウが殺気を定めると横から大型の兎の突進が入った。意表を突かれ、体が傾く、兎の赤い目が闇に光っている。犬の大口が迫る。体勢を維持できず尻もちをついた。このままでは頭を嚙み砕かれる。そのとき。
犬の顔面に真横から爆撃のような衝撃が入った。頭が吹き飛ぶ。
頭を失った狂犬はしばらくよろよろと体をよろつかせた後、地面に倒れた。
「はあ、はあ。ロンクさん」
ロンクが右腕で横から殴り飛ばした。ロンクの特異超能力だ。
【非幻想右腕】。
右腕による武器、あるいは殴打と防御能力がどこまでも強化される。
嵐のように武器を振り回し、リックは無言で魔物を切り伏せていく。
竜との間合いも図り、牽制している。
兵士は魔物に次第に押されつつある。このまま放っておいては死人が出る。異能力を解放させたロンクが彼らを庇いながら一体ずつ確実に潰していく。
二人の超能力で何とか雑魚は片付いてきた。
残るは竜だ。暗闇に巨体の影が浮かぶ。
「ロンク、頼む」
ロンクがリックの前に立ち、竜と向き合う。リックはとどめの溜めを作るため剣を振り回し始めた。
竜が噛みつき、前足による爪、そして尾を振り回して追い詰めてくる。
尾の攻撃が脅威だ。速度も速く、右腕で受け止めたが勢いがあり過ぎて吹き飛ばされた。兵士たちは後ろに退いている。彼らが巻き込まれれば確実に命を落とすだろう。
リックの溜めが完了したようだ。竜の背後に立ち上がる。
竜が再びロンクに噛みつこうとして顎を下げようとしたとき、竜の腹に大穴が開いた。
背後からのリックの刺突だ。爆発のような衝撃を伴い竜の体を貫いた。
顔と体を傾け、しばらく立っていたが、やがて目が暗い色になり、竜はその場に倒れた。
兵士たちもそれを見て、安堵の息を漏らした。何とか倒すことができたようだ。
辺りにおびただしいほどの魔物の死体が散乱する。
元は普通の動物たちだ。少し罪深い気持ちに兵士たちは苛まれた。
全てはロディアスだ。ロディアスさえ消すことができればこのような戦いは終わる。
その後は陣を張り、その中で交代で眠った後、同じことが翌朝になってからも行われた。
昼間の戦いは、夜間ほどではなかった。魔物が数体、単発で現れただけだった。
それを退けるとロンクたちは任務を完遂させ、一行は帰途についた。
戦闘でのこちらの被害はほとんどなかった。危ない局面はいくつもあったが、何とか数名が軽い怪我を負ったのみで済んだ。
今回の戦いで感じたのは、魔物の耐久度が異様だったことだ。今までの魔物とは明らかに違う。
何かよくないことが起きているのかもしれない。マリアが直々に危険を知らせたのには訳があったということだ。
このとき、聖歴八〇七年九月二十五日。ゼロウとトルテがまだ出会う前だ。
世界は少しずつ、膨張する陰の気に飲まれようとしていたのだった。




