5、王国の公子
大陸の中心にあるステルファンタジー王国には王家を支える四つの公国がある。
その中の一つ、東のガステル公国。
二十年前に北東の大穴より現れた巨竜アルビオンを騎士団を率いて迎え撃ったのがガステル公国の現在の当主シオンコール公である。この世界においての騎士と言えばそのほとんどは馬に乗らない剣士を意味する。戦闘においていつからか騎馬よりもより機動的な超能力が使われるようになり世界全体でそのようになった。
そして今、その武勇を余すことなく受け継いだのがシオンコール公の嫡男である若き公子ロンクである。年は十八歳だ。
自室の床に胡坐をかいて座り片手で頬杖をついてうつらうつらしている。
「チェックメイト」
その向かい側に座るのは騎士団員のリックである。
「うん? ああ」
「ああじゃないよロンク。身が入っていないな」
二人は士官学校でも同級の幼馴染だ。
一応はリックも貴族の出である。
ロンクは耳が隠れるくらいの暗めの青髪でリックは赤黒い長髪を後ろで紐で結っている。
「公子、父上がお呼びだ」
ノックもせずに部屋に入ってきて言うのは騎士団長のラインハルトだ。
「どれ、行くか」
「西の動向がきな臭いな。戦が起こりそうだ」
「……」
ゼリウス帝国のことだろう。
父親の執務部屋の前にきてノックをして中へ入る。
「ロンクです」
「来たか。東のセルティーナに向けてまた魔物の群れが迫っているそうだ。儂は国に残る。行って参れ」
「……」
「聞こえんか? ミュースも連れて行って構わん」
ミュースはロンクの妹だ。十六になる。
ロンクは無言で部屋を後にした。廊下でリックが聞き耳を立てていた。
「魔物退治か。どうするんだ?」
「お前と行く」
「俺たちが抜けて大丈夫かね」
「大丈夫だろう、父上も残るのだ」
シオンコールは魔物の群れが切迫していることをある場所から知った。
この世界には、一般超能力と特異超能力の他に、もう一つの超能力が存在する。それは超越能力と呼ばれ、王家の直系の者のみが使える超能力である。そしてここステルファンタジーのソファラ王家の直系である第一王女マリアにもその能力は備わっている。彼女の持つ超越能力は【地球の旋律】と呼ばれるものだ。世界中の大自然の声、天の啓示を受けることができる。それは予知能力のようなものでもある。広く世の中のことがわかるのだ。それにより隣の小国セルティーナの危機を知ることができ、シオンコールにも伝えられたのだ。
ちなみにここ最近になってマリアの超能力に正体のわからない小さな光が感じられるようになった。
現状で世界の頂点に立つマリアの超越能力。それでもトルテの情報力には負けるのだ。
彼女の超能力はトルテにしっかり捉えられているが、マリアにはトルテとゼロウの存在は正体不明の光としかわからない。
「出撃の準備をするか」
その日の昼前に身支度を整えて三人は出発した。
セルティーナまでは歩いて一週間だ。
マリアの超能力がロディアスの陰の気と人々の陽の気がどれほどの拮抗状態かを知り、少しずつ世界が陰の気に押され、どのように転んでも覆せなくなると判断するのが大体年が明けて少し経つ頃だ。事態を変えるため背水の陣で三人の王女が封印に向かう。このときの第一ロディアスに向けられた大軍隊の中にシオンコールとロンクも加わっている。しかし、それはゼロウとトルテが出会っていなかった世界での話である。すでにゼリウスで行動を開始した二人により、北西のロディアスは間違いなくその影響を受けている。それを小さな光としてマリアは感じたのだ。
一日目の宿はまだガステルの領内だった。馬車や騎馬で王族が移動していた頃は宿にも本陣が使われていたが、少人数で歩くようになった今日では国民が使う一般の宿に泊まることが多い。
三人は部屋を一つ取った。寝台とテーブルと椅子。シンプルな部屋だ。
「シオンコール公の指示によると、竜種が一体含まれているようだな。統率の取れていない魔物の群れだが、竜種は中々しんどいな」
椅子に座りテーブルで向かい合う。リックが遠征の内容を伝える。
「俺とお前の二人でかかれば何とかなるだろうが、セルティーナの兵では厳しいな」
セルティーナはガステルの東に位置する小国だ。第一ロディアスに一番近い国だ。過去にも何度も魔物の襲撃を受けているが、事前に知らせ助けを送り込むマリアの庇護で何とか生き長らえているステルファンタジー王国の同盟国だ。
「お食事ですよ」
ミュースが盆に乗せた食事を運んできた。パンと鍋に入ったスープだ。テーブルでそれを囲んで三人で食べる。安い宿では材料を買い夕食は自分で作るのだ。
「ミュースを連れてきてよかったな。温かい飯が食えるのはありがたいことだ」
三人は旅人の服装だ。公子だと思われないことも多い。
夜も深まるとミュースがいつの間にか寝台の上で寝息を立て始めた。ロンクも布団を被らず横になり天井を眺めている。リックは寝台を背にして床に座り精神統一をやっている。ロンクとリックは国内にも数人しかいない特異超能力の使い手だ。ミュースは難関と言われる一般超能力の【白湯】を習得している。
そうして一週間の旅は滞りなく過ぎた。七日目に石造りの王宮にたどり着いた。出迎えたのはセルティーナのバトロス王だ。老齢で子は一人娘のリリザ王女しかいない。跡継ぎに頭を悩ませている。リリザは他国の貴族たちには目を向けない。幾度となく国の窮地を救ってくれているロンクに密かに思いを寄せている。
「よくおいで下さいました。是非リリザにも会って下さい」
挨拶を済ませるとミュースはリリザの部屋を訪ね、ロンクとリックは兵士たちの訓練場へ向かった。ここに来てからのいつも通りの流れだ。訓練場では兵士たちが二人を迎えた。
「お、公子。お久しぶりです」
二振りのロングソードを借りてロンクとリックで持つ。武器は携帯して来なかった。
「また魔物でしょうか」
少し曇った顔で兵士が二人に尋ねる。まだ魔物の襲撃は起こっていないようだ。
「すまないな。防波堤のようにさせてしまっている」
「いえ、ここは私たちの故郷ですから。公子には感謝しています」
北の森の中へは明日出立だ。陣を構え迎え撃つ。
兵士たちも明日の準備を始めた。
「今夜は王宮にお泊り下さい」
そう言われて三人は王宮の客室に案内された。
途中の廊下でリリザと顔を合わせた。
「ロンク様」
「リリザ、久しぶりだな」
ロンクは国の跡取りだ。自分が嫁ぐわけにはいかない。リリザももう十六になる。自分はどこかの跡目ではない貴族たちの誰かを婿に向かえなければならないのだ。やりきれない思いを抱えていた。心はロンクにしかなかったのだ。
「陣中お見舞い申し上げます」
少し心細そうな顔でロンクを見上げている。
「ミュース、俺たちは先に部屋に行こうぜ」
「うん」
リックがミュースを連れて客室へ向かう。
「そんな顔をするな。春以来だな」
前回に魔物討伐に来たのは半年前だ。そのときは加勢する程度だった。今度は主軸に立つ他ないだろう。
ロンクはリリザの手を取って外に向かって歩き始めた。
「ロンク様?」
そのまま歩いて王宮の庭に出た。小さな王宮だ。使用人の数も少ない。
庭の長椅子に座る。隣でリリザが心配そうな顔で立っていた。
バトロス王には兄妹もいない。王妃をついこの間亡くし、一人娘のリリザと田舎町の父娘のように慎ましく暮らしていた。王宮はもちろん生活も華やかにはしていない。そんな素朴なこの親子を国民たちも慕っていた。リリザの笑った顔はあまり見たことがない。いつも困った顔をしている。器量のいい可愛らしい娘だけにもったいないとロンクも思っていた。
「戦いが終わったら少しここでゆっくりしようと思う」
「はい」
「お前と過ごす機会も滅多に作れないからな」
「ありがとうございます」
それを聞いて少しだけ笑った。
庭に吹き抜けるのは秋の風だ。花壇の土が黒くならされている。コスモスが咲いていた。木々ももう少しすれば色づきそうな、そんなよく晴れた午後の王宮内でのことだった。




