4、二人の騎士
何かと血の気の多い騎士たちではあるが、お互いの心にあるのは正義だ。
ヨウヤは悪政に喘ぐ各地の民を見て痺れを切らして皇帝暗殺を密かに図った。それを知ったザストは騎士団に警戒するよう周知させた。まさか本当にやるとは思えないが、目を光らせることでヨウヤは動きづらくなった。ザストは鉄砲玉のような真似をさせてヨウヤを死なせたくなかったのだ。
「ならばせめて俺の手で」
ザストも剣気に殺気が乗る。騎士同士の殺し合いはご法度だ。旧法によるものだが、ナスハルトの新法より団長を始め騎士たちは旧法を重んじている。ザストは脱退する覚悟だ。
二人にあるのは清流のごとき覚悟と騎士の誇りだ。どちらにも曲がった心はない。民のため、秩序のため、どうしようもない皇帝だが、主君であることに変わりはない。そして二人とも穏やかで心優しかった頃のナスハルトの姿は今でも心に残っている。この誇りの元で倒れるなら騎士として本望だろう。農民や町人とは違い二人の生業は所詮殺しなのだ。お互いが殺しの目つきになる。
二人が剣を両手で持って構え、向かい合う。お互い剣の切っ先は見ない。相手の全身を見る。見ではなく観の目だ。二人は戦いのプロだ。ゼロウは観客に混じって様子を見ている。
『よく見ておけ。見誤ったらどちらかが死ぬぞ』
緊張する。冷や汗が体からにじみ出てくる。本当に自分に止められるのだろうか。ゼロウは戦いにおいては素人だ。
一日目の宿で夜の間、ゼロウはトルテに戦いにおいての簡単な指南を受けていた。
これからは普段の状態でも戦場の中にいるときと同じ心でいること。
足運びはつま先ではなく踵に力を入れて踏み込むこと。つま先で立ち回ると上体が力んでくる。内功は常に踵から湧いてくる。
内功とは意力やオーラのことである。筋力以上の力を発揮する。
近くを見るのではなく全体を見て感じる。これを観の目という。
武器による攻撃では、先に体が敵を打つ体になり、その後で武器が振られる。攻撃の勢いは体そして剣という流れだ。
戦闘訓練を受けたわけでもない。しかしお前の能力ならその辺のフェンサーでは相手にならないだろうと言う。
本当にそうだろうか。自信がない。そうしているうちに目の前で戦いが始まった。
ヨウヤが切り込んでくる。ザストはロングソードを振り下ろし、下から切り上げられた刀身を打つ。ヨウヤは一瞬よろけるが体勢を立て直し、再び打ち込んでくる。ザストは振り下ろしたロングソードをそのままにしておき、大きく振り上げ、ヨウヤの剣を弾いた。上に弾かれた剣を軌道を立て直し、ヨウヤはそのままの勢いで振り下ろした。目が一瞬凄みを帯びた。
ザストの左肩を打った。服が血で赤く滲む。ザストは負ったダメージにもたじろがず、半歩後ろに下がると勢いよく踏み込み、右手だけで持った剣を相手の体に突き刺した。僅かに急所を逸らしたヨウヤだったが左肩を貫かれた。
「ぐっ」
「はあ、はあ」
お互いに手負いだ。おそらく次の攻撃でどちらかが死ぬだろう。観客たちの間にもそんな空気が流れた。
場が静まり返る。動いたのは二人同時だった。
二人が同時に踏み込み、右手で握った剣を反対の肩越しに振りかぶり、薙ぎ払う態勢を取った。狙うは首だ。観客の何人かが堪らずに目を背ける。そのとき――。
激しい金属音が場に鳴り響いた。
気がつくと二人の間に一人の男が立っていた。
男の両サイドの空間に窓ガラスのようなものが張られ、それが二人のロングソードを阻んでいた。
二枚の窓ガラスには「禁」という黒い文字が書かれていた。
【空の筆跡】。
ゼロウの放った特異超能力だ。
「なっ」
二人が呆然としている。何が起きたのかわからないと言った具合だ。
「これは……、クラシック?」
「馬鹿な」
ゼロウは二人の間に立ち、静かにガラスを収めた。
「もういいでしょう。二人に対する咎めはその怪我で十分だ」
ゼロウが言う。二人はそれを聞いて剣を下ろした。
「お前は、一体誰だ?」
ザストが尋ねる。
「俺はしがない薬屋です。すぐに医者にかかって下さい」
一般市民に割って入られ、見たこともない力で仲裁された。これには二人も戦意をすっかり削がれた。
周りの観客たちも何も言わず黙って見守っている。そこには安堵の息が漂っているようだった。どちらかが死ぬことがなくてよかった。
遠い空の暗雲が僅かにだが確かに薄まる。
ゼロウは自分の名と素性だけを名乗り、その場を後にした。
その夜、二人は詰所に戻り、医者の手当てを受けた。他の団員たちに何事かと問われたが二人は口を閉ざしていた。あの男は一体何者なのだろうか。特異超能力は我が国では団長すら持っていない。
帝都の町の中でも民たちの間でゼロウの名前は噂になっていた。
その夜、ゼロウは帝都を去り、帰りの途中で宿に泊まっていた。
「もう帰ってもかまわないのですか?」
『もう用は済んだ。決闘の仲裁が今回の目的だが、理由は二つある』
「二つ?」
『そうだ。一つはあの二人の命を繋ぎとめること。あの二人は今後も重要な戦力になる。おまけにあの二人はこの国にとって警察のようなものだ。そしてもう一つが、ロディアスを弱めるためだ』
「ロディアスを弱める? どういうことですか?」
『特異超能力の獲得条件と同じようにこれはこの世界の誰にも知られていないことだ。絶対に口外するなよ?』
釘を刺した上でトルテは語り始めた。
『この世に三つあるロディアス。あれは人間の出すネガティブな気を取り込んで膨張するのだ。逆にポジティブな気を感じると萎縮して小さくなる。ネガティブな気とは恐怖、不安、寂しさや悲しさ、あるいは死にまつわることだ。一方のポジティブな気とは、一番でかいのが、深い感動や感銘だ。そして喜びや友情、愛情、そういったものだ』
昼間の出来事は帝都の人々に感動を与えたようだ。軍の兵士の殺し合いを一般人が止めたのだ。ある種の幻想的な止め方だった。人々の心とあの二人の心に深くその光景は刻まれたようだ。
『この事実が国民の間に知られると、みんな恐怖して雪だるま式にロディアスが膨張してしまうからな。恐怖するなといわれると恐怖してしまうのが人の心だ』
「なるほど」
ゼロウは今日初めて自分の異能力を使った。
どういうものか自分ではわかっていたが、思い通りに発動できたようだ。とりあえず一安心だ。ヨウヤとザストを救い、二人に顔も覚えられた。ミッションは完遂だと言われた。
そして数日後。
詰所の中でザストが剣を磨いている。傷は大分癒えたようだ。ヨウヤも長椅子で横になり昼寝をしている。
いざというときのために道具は大事に扱うというのがザストの理念だ。一方ヨウヤはどのような武具でも利を発揮させるべく戦うというのが信念だ。
この帝都には、金でポイントを得た富裕層が大半を占めるが、中には殺しで居住権を獲得したものもいる。早速街中で奇声を上げながら強盗よろしく一般市民のポイント狙いで包丁を振り上げた悪漢の首を、病み上がりの準備運動でもするが如くにもぎ取ってきたのがヨウヤだった。
あの男――。
二人にとって忘れられないのが先の一件での仲裁に入った男だ。一体何者なのか。コロの町に住んでいるという。
時は聖歴八〇七年十月二十日。
第四王女、アイネの首が飛ぶまで残り九十日。
ゼロウは無事、故郷の役所で二等国民証を受け取っていたのだった。




