3、覚醒
鈍い衝撃はいつの間にか夢の中で甲高い木槌の音に変わっていた。普請場で大工が鳴らすような木槌の音だ。コーン、コーンという音に苦しみはもう混じっていない。気がつくと夜の森の中だった。
辺りはもう真っ暗だった。空には月が浮かんでいる。半日、苦しんでいたようだ。実際には後半は苦しみはなかったから数時間か。辺りの空気が少し冷たい。
『大丈夫か、ゼロウ』
トルテの声が聞こえた。体は特に変化はないみたいだ。しかし不思議な自信のようなものが湧いてくる。それはそこに能力が確かにあるということを告げていた。
「獲得はできたみたいだ」
『上出来だ。では家に帰ろう』
言われるままに森の中を家に向かって歩き始めた。森の中の空気が心地いい。解放感がある。長いこと苦しみに晒されていたせいだろう。
『ゼロウ。覚醒の条件は誰にも言うんじゃないぞ。万が一ナスハルトのような人間の耳にでも入ったら大変なことになる。覚醒のために兵士たちを半殺しにするだろう』
「わかっている」
やがて橙灯の明かりがちらほらと見えてきた。町の明かりだ。そのときゼロウに直感のようなものが働いた。
特異超能力の覚醒の傾向を考えると、おそらく一般超能力は現在の精神の状態が陽性から陰性に傾いたときに閃くのだろう。加点されてきた精神のポイントがゼロになるのが特異超能力なら一般超能力はポイントが減り始めたときに能力を得るのだろう。今まで何個か能力を得たときもそんな感じだったような覚えがある。
とにかく異能力は獲得できた。これで一安心だ。家に着くまでの道筋で何人かとすれ違い、挨拶をする。橙灯がぼんやりと家々の庭先や玄関に灯っている。道行く人も手に抱えている。橙灯は一回唱えると数時間、明かりが灯り続けるのだ。
家に着くと母親がベッドで身を起こしていた。
「おかえり。遅かったのね」
「母さん。起きていて大丈夫か」
「今日は何だか調子がいいわ」
どうやらネギ草が効いたようだ。薬が変わったことを教えた。
部屋に戻るとトルテと向き合った。トルテは昼間は画面が暗く、前に来ると明かりがつくようになった。誰かに見られたとき、光っていたら大変だからだ。
画面にはゼロウが寝ていた間に起こった様子が映り、それを見せてくれた。現実の世界が画面に映っている。それを始めて見てゼロウは唖然とした。人工知能というのはこんなにすごいものなのか。
森の中へ町の大人たちが何人かやってきて、木の棒に布を張った担架にゼニンとユダの死体を乗せて運んでいった。埋葬するのだろう。書類申請や手続きのため、帝都まで歩いていく役人の姿も見えた。
『俺たちの最初のミッションはステルファンタジー王国の救済だ。王国の四姉妹は知っているか? 彼女たちが大陸の三方にあるロディアスを封じようと動き出す。国王の末娘のアイネ姫が南西の第三ロディアスへ向けて進軍中に、何かに頭を貫かれて即死するのが今から九十六日後のことだ。それからドミノ倒しのようにステルファンタジーは次々と王女たちを失い滅亡する』
ゼロウは黙って聞いていた。
『これがそのときの映像だ』
進軍中の王国の隊列が連なっている。その真ん中あたりに一台の馬車。中にアイネ王女がいるのだろう。街道を南西方面へ向けて移動しているときだ。突然前方の空から得体の知れない球体が飛び上がり、遥か上空を放物線を描きながら飛んできて馬車の手前でピタリと止まった。まるで物理法則を無視したような動きだ。次の瞬間、球体が花のように開き、中から突起が飛び出し、馬車を貫いた。同時に馬車の窓が真っ赤に染まる。アイネが殺された瞬間だ。
『この出来事をきっかけに世界は破滅へと向かうわけだ。まず俺たちはこれを食い止める』
「一体、どうやって?」
『その前に、まずは下準備だ。今日は休め』
母親には朝と夜に二回薬を飲ませている。夜の薬を飲むと、立ち上がり台所に立てるまでになった。久しぶりに二人で台所に立ち、パンとシチューの夕食を作って食べた。
そして翌日。
ゼロウは帝都を目指していた。帝都までは歩いて二日かかる。途中の旅費はゼニンとユダの死体から手に入れていた金でまかなう。まともに働いていたとは思えないから巻き上げたり盗んだりした金だろう。かなりの金額だった。死体から金を奪うのは少し躊躇われたがなりふりかまってはいられない。世界を救わなければならないのだ。薬屋にはしばらく休むと言って休暇をもらった。母一人にさせるのも心細かったが、大分元気になったから大丈夫だろう。
途中の宿で一泊し、帝都へと踏み込む。コロの町は帝都より北西の位置にある。ロディアスに近いからあの森の中にも僅かだが汚染された木があった。帝都は居住するには二等国民の証が必要だが、入るだけなら誰でも入れる。
コロに比べると立派な佇まいの町並みが広がっている。住んでいるのはほとんどが二等国民だ。
この国のポイント制には殺しともう一つ金を納めることでポイントを得るという方法がある。
戦果代行金といい、高い金を払ってポイントを得るのだ。富も強さだということだ。国も潤うし一石二鳥の制度だ。
「表出ろこらああッ!!」
町の中を歩いていると、窓ガラスが割れる音と共に叫び声が上がる。
決闘が始まるようだ。帝都ではこういう光景が日常茶飯事だ。
帝都で殺しを行うにはしっかりとした動機があり、それが認められなければ殺しは許されない。三等国民にはそのような法のようなものはない。戦う理由があってそれが認められると決闘が始まる。主な理由はかたき討ちや犯罪行為に対しての報復などだ。散々この国の惨状を述べてきたが、この国では三等国民も含め無差別に人が殺されるということは滅多にない。皇帝や三日ほど前の二人のような一部の狂ったものを除けば国民たちの間にはまだまっとうな良心と秩序が残っている。
『本日のメインイベントだ』
トルテが言う。
民家のガラスが割れ、中から一人の男が転がり出てきた。その後を追ってもう一人、男がゆっくりと割れたガラスを踏んで出てくる。
「ヨウヤ。一体何の真似だ」
「騎士団にチクりやがって。てめえから始末してやる」
「お前のことを思ってのことだというのがわからんか」
「わかんねえのはてめえの方だ、ザスト。さあ構えろ!」
ヨウヤと呼ばれた若い男がロングソードの剣先を付きつけながら言う。
もう一人のザストという方も立ち上がる。ヨウヤが両手に持っていたロングソードの片方を投げる。
「よもや仕方あるまい」
「いくぞ!」
決闘が始まった。何事かと野次馬が集まってくる。
ヨウヤとザスト。ゼリウス帝国騎士団の騎士たちだ。
『この二人をここで失うわけにはいかない。本日のミッションだ』
戦いが始まる。与えられた仕事はその仲裁だ。




