2、二等国民
暗い森の中をゼロウは重い箱を抱えて歩いていた。道案内の声が聞こえる。
『お、そこを右だな。そのまま真っ直ぐで森を抜けるだろう』
そう言われて歩き続けると町の明かりが見えてきた。本当に森を抜けたようだ。それから人にできるだけ見つからないように祈りながら歩いた。
『そこを左。三秒待て、よし、いいぞ』
声に従って歩くと不思議と道を歩く町の人間ともすれ違わずにいけた。どうやらこの奇妙な箱から出る声はゼロウにしか聞こえないようだ。やがて家にたどり着く。そのときも。
『今なら母ちゃんは寝ている。いいぞ』
静かに玄関のドアを開け、帰宅してそのまま自分の部屋の床にその箱を下ろした。
『ご苦労さん、母ちゃんは勝手に入ってこないだろうし、俺が見つかることはまずないだろう』
そう言って二人はようやく落ち着いた。
あの死体はどうすればいいだろう――。
ゼロウが尋ねると、トルテは役人に引き合わせろと言った。それでお前も二等国民だろうと。
死体はどう頑張っても蘇ることはないし、変な言い方だが無駄にもしないためにそうするしかないだろう。これからのことを考えればある程度の地位は必要だと、トルテは言った。母のことを思ってもそれが一番いいだろう。奴隷扱いを受けることもなくなる。
ゼロウは一息つくとこの不思議な話し相手に今までの疑問をぶつけてみた。
まず、あなたは何なのですか? 生きているのですか? と聞いた。
『俺はS2型人工知能(Super Supply type Artificial Intelligence)というものだ。生き物ではない、機械だ。からくり人形のようなものだと思ってくれ。主に植物が発するエネルギーを取り込むことで半永久的に稼働することができる。ここは森に近いし大都会にでも行かない限りは大丈夫だ』
何故あの森にいたのですか? と聞くと。
『それについてはいつか話せるときがくるだろう』
と言った。
ゼロウはこの奇妙な箱は何でできているのだろうと思った。今までに見たこともないような素材だ。木でも石でも、鉄でもない。光はどういう原理で灯っているのだろう。一度にあれこれ質問するのは気が引けるので黙っていた。
ごほ、ごほ、と咳き込む音が聞こえた。母親が起きたようだ。居間に行くとそこにあったベッドで母親は横になっていた。
「母さん、ただいま。今薬を出すよ」
そう言って薬を煎じ始めた。
この世界には魔法のようなものがある。それは超能力と呼ばれ大きく二つに分けられる。
一つ目が、一般超能力。
誰でも同じものを使うことができる。習得ももう一つのものに比べれば簡単だが、それでもかなりの修行を積まなくては、ただ一つの一般超能力を覚えるのも難しい。
二つ目が、特異超能力。
異能力とも呼ばれ、一人につき一つを覚えることができる固有の能力だ。持っているのは余程の戦闘能力の高いものか王族か、それぐらいに限られる。
一般超能力は生活魔法とも呼ばれ、光を灯したり、火を起こしたりなど、簡単な魔法のようなものが多い。その中の一つ、【紅火】がゼロウの得意魔法だった。あとは【橙灯】と他に一つか二つ、使えるのはその程度だった。どれも学校で教わったものだ。もちろん特異超能力など持ってはいない。
紅火で火を起こし、薬をしっかりと煎じる。僅かな給金と、この薬が目当てで働いている。晩飯も作らなくてはならない。隣で野菜を切る。
そのとき、家の玄関のドアがノックされる音がした。
一体誰だろう。玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは見知った顔の女だった。
「ゼロウ……」
「ユキ、どうした」
「ゼニンとユダが帰ってきたって噂を聞いたから、心配になって」
先ほど死んだ二人の名前だ。このユキも同じくゼロウの元同級生だ。
ちなみにゼロウは今年十八歳。学校は十六までだ。それからは仕事に出たり騎士に志願したり、家を継いだり。このユキも今は実家の手伝いをやっている。野菜を売る店を手伝っている。
「大丈夫だよ。俺なら何も心配ない」
「それならよかった。あの二人は残酷すぎるわ。先生もついには扱いきれなかったもの。気をつけてね」
学校は穏やかなものが多かったがあの二人だけは飛び抜けて残忍で悪行三昧だった。いつも二人でつるんで兎を殺したり少しでも思い通りにならないと物を壊したり、他の生徒に殴る蹴るなどをしていた。女に対しても容赦はなかった。しかしもうその二人はこの世にいない。明日、役人のところに行かなくては。
食事を終え、母親が寝たのを確認するとゼロウは自分の部屋に入り、トルテと向かい合った。光る画面に文字が並んでいる。
ゼニン【6】。
ユダ【6】。
ユキ【0】。
ゼロウ【0】。
……。
ポイントのリストだ。この町は帝都のものたちからも奴隷街といわれるように全員0ポイントだ。親族が病などで死んだ場合も役人に届ければポイントが加算されるようになっている。病死も殺しも死体からはわからないからだ。しかし、この町では例え家族が死んでも役人にそれを申告するものはいない。もしゼロウがあの二人のポイントが加算されて二等国民になったらこの町には居づらくなるだろう。それでもやるべきだと、トルテは言う。
『これからは俺がついている。このままでいくとあと九十七日後にステルファンタジーが跡目を失い、国王が病歿して滅びる。ただの病気ではない。そして百三十五日後には大陸の周辺各国がこのゼリウス帝国に侵略され滅ぼされる。ゼリウスの皇帝ナスハルトが盛大に帝国の旗が翻る城のバルコニーから身を投げ、狂い死ぬのが百七十一日後だ。全ての支えを失った大陸に暗黒の瘴気が覆いつくす。そして人類は絶滅する。僅かあと半年足らずでの出来事だ』
「……」
『この世には元凶がある。その元凶にとってのただ一つのイレギュラーが、俺とお前なのだ』
「……はい」
『戦い抜く覚悟はあるか? どちらにしろ選択の余地はない。俺とお前が動かなければ世界は滅びるのだからな』
「しかし、俺には母さんが」
『そこだな。今のお前の足枷だ。しかし心配はいらない。俺の言うことを聞けば悪いようにはしない』
「わかりました」
『では明日、野菜市に行ってネギ草を買ってこい。その葉を煎じるのだ』
「ネギ草? 今までの薬ではないのですか?」
『今までの薬は広く満遍なく色々な病に効く薬だ。効果は薄めだ。お前の薬屋の主人は医者ではない。その辺の目利きはできない。それはこの田舎町の町医者にも言えることだ。ネギ草の葉はお前の母君の喉の病に一番効く。ある程度回復すれば、あとは自分で薬を飲めるようになるだろう』
「わかりました、そのようにします」
翌朝、ゼロウは朝早くにユキの店でネギ草を買って煎じて母親に飲ませると、今度は町の役所に行った。ゼロウが住むコロの町には役所があり国の役人が駐在している。
トルテの案内に従いながら昨日の森の中へ役人を連れて行く。やがて二つの死体のところに来るとそのポケットから二等国民証を見つけ身元を確認した。
「二等国民、ゼニンとユダ。確かに見届けた。三等国民ゼロウには十四ポイントが加算される。一週間後に二等国民証を受け取りにもう一度来い」
そういうと役人はひと足早く帰っていった。武器を握っていたことからも正当防衛が認められた。
「十四ポイント……、昨日までゼロだったのに」
『ゼロウ、少し寄り道しよう。お前にやらせることがある』
そう言われて森の中を少し入っていくと、地面に無数の木の実が落ちていた。ロングリの実だ。今は秋だ。
『この国のロングリには突然変異種がある。何故だかわかるか?』
「ロディアスのせいですか?」
『そうだ。大陸の北西に位置するこのゼリウス帝国は北西の第二ロディアスの影響を受けている。植物が瘴気で腐るのだ。普通の腐敗ではない。一つずつロングリを拾ってみてくれ』
遥か昔からこの大陸には正体不明の黒い穴がある。古文書の記述に従いそれはロディアスと呼ばれ、その穴に入って戻ってきたものはまだ誰もいない。生きているのか死んでいるのかもわからない。
『拾いながら聞いてくれ。これからお前には特異超能力を習得してもらう。これからの戦いには絶対に必要だからだ。しかしそれは簡単にはいかないことはお前にもわかっていると思う。特異超能力は想像を絶するような過酷な修行の後にようやく習得できるものだ。あるいは非常に危険な戦場の中で戦士が覚醒する。それがどうしてなのかは世にも知られていない。現在、この世で特異超能力の覚醒条件を知っている者はいない。しかし今日からはただ一人、お前が知ることになる。俺がこれから教えるからだ』
そんなことまでわかるのか――。
ゼロウは一瞬手が止まった。
『特異超能力は一人の人間がこの世に生を受けてから、現在までに陽性の感覚を陰性の感覚が上回ったときに発現する。陽性の感覚とは喜びや快楽や幸福感だ。陰性はその逆だ。つまり苦しみや痛みだ』
何となく話の流れが見えてきた。嫌な予感が漂ってくる。
『人間は何もしていなくてもただ生きているという状態で僅かに陽性に傾くのだ。苦しみがないというだけで多少の悩みはあってもその場に生きているということは心地が良いのだ。生きるか死ぬかの戦争状態にあり、さらに飢えてもいる。または精神病や重い体の病気を患っている。それぐらいの状態でちょうど差し引きゼロになる。だから乱世では能力者が増えやすい。逆に平和だと少ない。人間はより豊かに楽しく、苦しみを感じないように生きようとするから、能力者は世界においても少数だ』
つまりこれから自分は苦しむわけだ。毎日は特に楽しくもないが痛みや苦しみはない。痛みや苦しみというものは瞬間的にかなり辛い行為だ。それがないだけで幸せだというトルテの講釈は理解できる。母のような病を患っていたり死にたくなるほど辛い悩みを抱えて生きていれば、少しの苦しみで覚醒できるのだろう。果たして自分はどの程度だろうか。
『待て、今手にしたロングリだ。それを手で割って見てくれ』
言われた通りにする。ロングリの白い実が出てくる。見た目は普通の実だ。
『瘴気を受けると一つの木に一つか二つ、そういう実ができる。そいつを食えば、覚醒だ。しかしちょっと辛いぞ。心の準備ができたら口にしてくれ』
冷や汗が垂れてくる。死ぬことはないのだろうか。しかしトルテの言うことに従わなければ世界は滅びるのだ。選択の余地はない。もう十分トルテの存在と言動は信頼に足るものだと理解している。信じるしかない。思い切ってゼロウはそれを口に入れ、そして思い切り嚙んだ。
「うぐッ」
突然、目の前が真っ暗になった。目を開けているのに光が消えた。そして衝撃が降ってきた。意識の奥まで叩き込まれるような重い衝撃が段階的に降ってくる。痛みではない、苦しみだ。鈍痛のような激しい苦しみだ。実を噛んで飲み込んでしまったからもう止める術はない。ゼロウはあまりの苦しさに吐き出そうとしたが、胃液しか出てこない。実は溶けたようだ。耐えがたいほどの一撃だ。それが断続的に襲ってくる。
「ぐ、あああッ」
死を覚悟した。次の一撃で死ぬ。そう確信する。しかし死なない。そして次の一撃が来る。その繰り返しだった。
そんな時間がどれぐらい過ぎただろうか。気がつくとゼロウは意識を失っていた。




