1、トルテ
森の中を一人の男が走っていた。
「はあ、はあ」
その後を二人の男が追いかけてくる。手にはハンマーと、もう一人は大剣を引き摺っている。
「待てよお、ゼロウ!」
「叩き潰してやるぜ!」
根に足を取られた。激しく転倒する。
「くっ」
急いで起き上がり、再び駆け出す。捕まったら殺される。
ここゼリウス帝国は皇帝ナスハルトの代になってから国民たちは地獄のような毎日を強いられるようになった。ナスハルトは先代を自らの手で殺め、皇帝になると信じられないような圧政を敷いた。
国民全員にポイントを定め、人を一人殺すごとに一ポイントを与え、高いポイントを持つものを二等国民とした。三等国民は毎日を奴隷のように扱われるようになったのである。強者のみを認め、国民としての権利を与える、完全な弱肉強食の世界にした。
病弱な母親のために薬屋で下働きをしていたゼロウは、昔の同級生である二人に命を狙われていた。二人は親を殺し、他に手頃なポイントになりそうな気の弱い元同級生をターゲットにして田舎へと帰ってきたのだった。親を殺したものには三ポイントが与えられる。情に打ち勝ち、親の庇護を脱し、自立する者こそ強者であるというナスハルトの思想に基づいてのことである。帝都で殺しはなかなかできない。手頃な奴隷同然のゼロウはうってつけだった。彼らの手口として考えられたのは、ある程度痛めつけた上でゼロウに弱った母親を殺させ、三ポイントを加算させ、ゼロウの命と合わせて四ポイントを二人が奪うというものであった。共闘した場合は半分ずつになり、二ポイントずつとなる。国の役人に死体を見せることでポイントは加算となる。
「ちくしょうっ」
二人の足音が後方に迫っている。ゼロウは必死で駆けた。
「あっ」
また転んだ。その拍子に藪の中に体を突っ込んだ。二人の足跡が通り過ぎ、遠ざかっていく。
何とかやり過ごしたようだ。
「いてて」
体を打ったようだ。腰のあたりが痛む。立ち上がるとそこは鬱蒼とした夜の森の中だった。
一体ここはどこだ――。
森の中で迷ってしまった。深くまで入り過ぎた。空を見上げると月は雲に隠れている。ほとんど真っ暗だ。追手はやり過ごしたようだが、このままでは森の中で野垂れ死んでしまう。そう思ったとき――。
暗闇の中にぼおっと明かりが灯った。
それは何かの物体から出る光だった。
何だこれは――。
見たこともない、四角い箱が光を放っている。地面にある少し平たい四角の箱の上に、真四角に近い光を放つ立方体。二つは何かの線で繋がれている。これは一体何だろう。その光の面には知らない文字。そして、それと同時に誰かの声。
『馬鹿は死ななきゃ治らねえのさ』
何だ? 今の声は――。
光る画面だ。それは図形のようなものに変わり、さらに声。
『教えてやるよ』
光る図面はこの森のマップのようだった。
『お前は、天才だ』
そのとき。
木を叩き割るような激しい音が後ろで響いた。
「出て来いよお、ゼロウ!」
追手に見つかった。
「さあて、なぶり殺しにしてやるぜ」
武器を振り上げ、ゆっくりと覆いかぶさるようにそれを振り下ろす。
大剣が振り下ろされ、その後を流れるようにハンマーが振られていた。
「もうお前だけでいいやあ!」
二人が流れるように押し寄せる。ゼロウはそれを見て恐怖し、死を覚悟した。
そのとき――。
『動くな』
すると「あれ?」と言い大剣の男が振り上げた剣が頭上で枝に突っかかり、勢いが止まった。
「わ、馬鹿ッ」
二人目の男が勢いを止められず、剣が突っかかって止まった男の頭を惰性で振り下ろしたハンマーで潰した。血が噴き出す。
「ひっ」
一人目の男が地面に崩れ落ち、もう一人がハンマーを落として怯んだ。
『横を見ろ』
光る画面の言われるままにゼロウは横を見ると手頃な大きさの石があった。
『さあわからせてやりな。死をもってな』
「くっ」
一瞬躊躇ったが、ゼロウは勢いよく二人目の男の頭に石を叩きつけた。
男は頭から血を流して死んだ。二つの死体が転がった。
『よし、上出来だ』
「はあ、はあ」
再び暗い森の中に静寂が訪れた。
人を殺してしまった。まごうことなき撲殺だ。正当防衛だとはいえ、人を殺したことには違いない。
青ざめていると画面が再び喋り始めた。
『いいか、よく聞け。この国だけではなく、世界中が今、混沌の闇に飲まれようとしている。この国は狂っているが、人々はまだ正常だ。お前のように人を殺して狼狽するようなまともな人間がまだたくさんいる。しかしそれもいつまでもつかわからない。心優しかったナスハルトがそうなったように』
画面は言葉を続けた。
『人を殺したことで狼狽えるな。狂う世界を再び元へ戻すには、それ以上の力を持つしかない。強くなるしかないんだ』
必死で心を落ち着かせようと努める。画面の言葉を理解する、今はそれしかないようだ。
「あ、あなたは、一体?」
『俺はトルテ。お前はゼロウだな。俺と名前を最初に交換し合うことで回路は繋がれる。これからは遠くにいても俺の声が聞こえるだろう』
「トルテ……さん?」
『人工知能だ』
人工知能――?
何だ、それは。
『いいか、ゼロウ。ここに腐るほどの情報がある』
画面の光が暗い森に映える。
『つまり、お前の貯金――ポイントだ』




