19、魔の森へ
次の日の朝が来た。
前日は城の空き部屋にそれぞれが泊まり、戦いに備えた。
リディスに到着して全員が手にしたのはこの騎士団領で手打ちされた特別なロングソードだ。普通のものよりも重く殺傷力がある。それだけ力と技を必要とするが、この八人なら問題ないだろう。各人がぞれぞれの方法で一晩かけて手に馴染ませた。唯一の回復要員はトリーシャ公女だ。ステルファンタジー王国の南側を治めるトリステル公国の公女だ。
戦う態勢に入ってからは彼らは食事は取らない。昨晩の夕食が最後だ。一行は広間に集められ、陣頭指揮を執るゼムセルノートの号令と共に城を出て進撃が開始された。
昨夜、抽出された薄荷油は木の棒に布を巻き、それに浸して松明のようにして使う。抽出された油はそれほど多くないが、その光量は凄まじく、少しあれば足りるというのがその文官の意見だった。その文官とはゼロウのことだ。
城を出れば間もなく東の森に到着する。
討伐隊の編成は王国からの八人、それにゼムセルノートとリディスの騎士が数名だ。その中にはランディスの姿もある。リディスの騎士は異能力こそ持たないがそれぞれ選りすぐりだ。全員が特殊なロングソードを持つ。
やがて森が見えてきた。
「ではこれより第一ロディアスへ進攻する。戦いはそれぞれの判断に任せる。目的は第一ロディアスの破壊、そして全員死なないこと。俺から言えるのはそれだけだ」
ロディアスを滅ぼすのは大陸の長年の悲願だ。これまでの歴史でも同じように部隊が投入されたことはあったが、全て失敗に終わっている。踏み込んだものは生きているか死んでいるかもわからず、全員消えた。しかしそんな中でつい先日、ゼリウスの皇帝率いる一軍がついに第二ロディアスを破った。歴史上初めてのことだ。我らもそれに続く。全員が士気を高め、森へと踏み込んだ。
時間はまだ朝だ。魔物は夜に活発になる。夜になる前に終わらせる。そういう作戦だったが昨日の軍議で王国北のリュステル公国の参謀グラスハートが大穴の中はおそらく常に夜と同等の条件になっているだろうと述べた。間もなくそれが本当かどうか確かめられることになる。
森の中をそれぞれが進軍していると、脇の茂みからいよいよロディアスの第一波が放たれた。この辺りまでなら普通にこれまでも魔物狩りで踏み込んでいる。
勢いよく脇から現れたのは魔物のようだ。獣のような何かが突っ込んできた。それは隊の誰にも当たらずに大木に激突した。
螺旋を描きながら人間が飛び込むようなスタイルで一直線に突っ込んできた。よもや動物とは言い難い動きだ。
それは地面に落ち、ゆっくりと四本足で起き上がる。虎の魔物だった。
唸りもせず、威嚇もせず、落ち着いた表情で隊を見据えている。異様なオーラを纏った虎だ。
魔物は間違いなく変異している。殺しに慣れた戦闘者のような佇まいだった。
「どれ、俺が行くか」
そう言って前に出たのはランディスだ。
周りは見学の姿勢だ。構えない。
虎がゆっくりと歩いてくる。おそらく元はヤマネコか何かだろう。虎のような大きさだ。
ランディスが切り込んだ。踏み込みと同時に斜め下からの切り上げだ。それを虎は横に飛んで避けた。剣が大きく空を切る。
振り向きざまに真上からの打ち下ろし。それも避ける。
攻撃が当たらない。
「少し重いな。よっと」
ロングソードが重すぎる。ランディスが構え直す。どうやら本気になったようだ。
虎と向かい合い、間合いを測る。先に動いたのはランディスだ。
斜め上からの袈裟斬り。鬼気の迫る攻撃だ。内功が込められ今度は剣を完全に制御している。斬撃の速度は先ほどより速い。
しかし先に届いたのは虎の攻撃だ。飛び込んできた虎が大口を開けて噛みつく。ランディスは構わず振り抜いた。
気がつくと虎は少し離れた場所で横歩きをしていた。顔に裂傷を受け血が垂れている。ランディスは何とか攻撃を免れた。
虎が飛び込んできたが力で押し切った。押し負けたらこちらが嚙み殺されていた。
動きの速い虎だ――。
ダメージはほとんど受けていないように見える。
虎は走力で獲物に追いつき、押さえつけ喉を噛んで殺すか、あるいは雄同士で嚙み合うか、このような一対一で剣を相手にした戦いに対応できるはずがない。
異様な気配を放つ虎がこちらを向いたまま横歩きをしている。
ランディスは再び飛び込んで虎の横に伸びた胴を狙う。すると虎も飛び掛かり噛みついてきた。
揉み合いのようになる。牙と爪、それを受けながらロングソードを振るが至近距離だ。リーチの長さが負い目になる。
ランディスが前蹴りで虎を吹き飛ばした。虎は体勢を崩さず、再び飛び込んでこようとして後ろ足に力を入れる、そのとき。
不自然な恰好で虎が止まった。
そこへ天からのロングソードの振り下ろし。
虎の脳天に炸裂し、頭部を砕いた。
虎は頭から血を吹き出すと呪縛から解放されたようによろよろと数歩動き横に倒れた。
「やれやれ、一発目から使わされるとはな」
【瞳蛇印】。
ランディスの特異超能力だ。目にしたものを一体だけ動きを止める。
この異能力の優れたところは止めたまま自分も動けるところだ。一対一では能力が決まりさえすれば無敗の強さを誇る。
ランディスは軽く爪の攻撃を受けたようだが軽傷だった。
「うむ、では行こう」
ゼムセルノートが掛け声をかけ、一行は再び森の中を歩き出す。
その後も度々、魔物が登場するが、「今度は私がやる」と言ったレビベインの術で次々と撃破されていった。
【滅入】という特異超能力だ。石や鉄といったもの以外の全ての可燃物を遠隔で燃え上がらせる。
魔物の焼死体を次々と作っていく。
魔物の中には真っ黒こげになるまでしばらく動き回るものが数多くいた。全ての耐久度が上がっているようだ。
そして、いよいよそこに到着する。
「着いたようだ」
ゼムセルノートが言う。
そこはリディスの騎士もまだ誰も来たことのない森の奥深くだった。
木々の隙間から見える空が真っ黒だった。そして目の前の木の奥も真っ暗だ。
「行こう」
全員が森の奥へと踏み込む。
森を歩いていると、まだ薄暗いという場所が、突然真っ暗に変わった。
第二ロディアスのときと同じだ。暗闇が生きているかのようだ。
「始まったな」
騎士の一人が紅火で松明に火をつけた。その瞬間――。
「!?」
一行は思わず足が止まった。
カッ、と光輝き、松明は凄まじい明かりで周囲を照らした。
真昼とまではいかないが、かなり遠くまで照らせる。ナスハルトの超越能力と同じくらいだ。
たった一本で――。
これなら明かりは申し分ない。
しかしナスハルトのときとは違い、寒さは残る。今は冬だ。北の森の中は寒い。
全員が動きやすさを重視して軽装だったが、寒さは動いていれば何とでもなるというような強者揃いだったので寒さも苦ではない。だが問題はそれだけではなかった。
歩いていると、杉の大木の幹に人の顔が浮かんで見える。
オーン、という低い唸り声を上げている。全員がそう見えているようだった。
目の前から馬に乗った骸骨が駆けてきた。
咄嗟にレビベインが火を放った。
ボオ、と燃えるとそれは横に倒れた。よく見るとそれは猪の死体だった。
ぎゃあああ、という叫び声が一瞬遅れて天空に上った。
手足だけが短く、体の太った絵本に出てくるようなお化けが空に浮かんでいた。
水風船のように太った体が弾けて血をまき散らした。叫び声がまた空で鳴った。
ロディアスの陰気だ――。
吐き気を催すような毒々しい幻影が次から次へと浮かんでくる。
全体の歩く速度が少しずつ落ちてきた。これは思ったより厄介だ。精神への攻撃だ。そのとき。
「はあッ!!」
激しい一喝が辺りに響いた。
ルヴェイが肚の底から声を張った。衝撃のような声が辺りの陰気を払ったようだ。幻影が消えた。
大木の顔も消えた。これでまたしばらくは進める。
一行は奥へと急いだ。




