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18、北部戦線

 大陸の北に領地を有するリディス騎士団領。

 痩せた大地のこの北国では豊かな穀倉地帯もなく、そのままでは民は貧しい生活を強いられることになる。領地の東側を第一ロディアスと接しているこの地では度々東側から魔物の襲撃がある。そこで他の国々に代わってその魔物を退ける役目を担っているこのリディス騎士団領にはステルファンタジー王国から脅威対策金というものが支払われている。それによって人々の日々の生活は賄われているのであった。

 東国セルティーナは国の北側を少しだけロディアスと接しており、そこからの魔物の侵入は、リディスほど多くない。時々王国から騎士が派遣されて脅威は取り除かれている。


 ステルファンタジー王国の国王の弟であったゼムセルスがこの北の地に入植したのが約六百年前だ。その血を引くゼムセルノートが現在のこの騎士団領の統治者である。年は三十四歳だ。屈強な騎士団に守られているこの地では生活はそれほど豊かではないが治安はいい方だ。唯一の困りごとはやはり魔物の襲来だ。城はすぐに出撃できるように北東の国境付近に建てられている。そのおかげで魔物が町を襲う前に食い止められるようになっている。


 騎士たちの控え室にて。


「イカレてるぞ、あの魔物」


「何だって?」


「頭吹っ飛ばしたのに歩きやがった。そこまでいくと珍百景だな」


「確かにあれは珍獣だ」


 騎士たちが最近の魔物の変わりようについて話している。

 第二ロディアスが消えたことで世界全体の陰気は激減した。しかし残された二つのロディアスが委縮することはなかった。人々には希望が戻ったが、ヌリウスが予想外のあもんを開いたのだ。あもんとは人の出す消極的な気を再取り込みする門だ。使い捨てではなく溜めることができる。ヌリウスの誕生は人々にとって抑えきれないほど恐ろしいものになっている。非常に頭のいい悪魔なのだ。これはトルテにとっても予想外であった。

 マリアはこのままではいずれ世界は再び陰気に飲まれると予想した。しかしトルテはこのままでいいという。マリアは世界全体のことを考えている。その一方でトルテの考えていることはとても個人的なことだった。つまりトルテはゼロウ本人のことしか、実は考えていないのである。そのためにアイネを何としても助ける必要があった。ゼロウとアイネの二人が生きている間、その間だけ世界が滅びずにいてくれれば、トルテはそれだけでよいのだ。悪魔はまだ汎用性の悪意を持っていないという。肉食獣が人間を食い物と認識しないうちは襲わないのと同じように、多様な悪逆非道の行為に及ぶことはない。その発想がまだないのだ。しかし敵意を向けたり気にし過ぎたりすると対策を取るように悪意は育っていく。恐怖すると陰気は増え、こちらが手を講じると悪魔は育つ。ゼロウの人生を優先する。これはトルテの考えでもあり、安良田兼衛志の考えでもある。そうしてトルテは、ゼロウの前の持ち主の人生も救ったのだ。ゼロウの前の持ち主はゼロウと同じようにトルテと出会い、二人で戦い、それが終わるとひっそりとコロの北の森にトルテを置いてその生涯を終えたのだ。トルテは同じことをゼロウでもやろうとしている。とりあえずゼロウの代を救い、いずれゼロウが寿命を迎えたとき、新たな持ち主と共にロディアスと戦う。

 世界を救うのではなく、その時代における心ある人間を救いたい。目に留まったそんな人間一人だけでもいいから救いたい。それが精神病を患う安良田兼衛志の願いだった。


 しかし、その思惑に反してゼロウは再び戦うことを選んだ。世界全体が戦いのために動くのに自分だけ隠居しているわけにはいかない。アイネも戦うことになるだろうからだ。トルテもそれに従った。やるからには全力を尽くすとゼロウにも誓った。



 その日、ゼムセルノートの元に一通の書簡が届いた。

 全軍を率い、第一ロディアスを滅してほしいという、ステルファンタジー国王からの依頼だった。王国からも騎士団を派遣するという。

 すぐに配下のものへ伝えられ、城内で会議が行われた。

 その結果、騎士たちの賛成多数で依頼は受け入れられた。


 これまで、血気盛んな騎士たちによってロディアスの魔物は生かさず殺さずにされているところがあった。金のためだ。それほどリディスの騎士たちは強かった。しかし、最近の魔物は彼らでも手に余るようになってきた。ロディアスからはみ出してくる魔物はそれほど強くない。それでも気を抜くと殺されかねない。先行きに不安を抱える騎士も増えてきた。手に負えなくなる前に元凶を取り除こう。反対するものはいなかった。


 これまでに大穴に入り込んで戻ってきたものはここでもいない。第一ロディアスの大穴における脅威は恐らく強力な魔物だ。第二ロディアスは瘴気があった。しかしそれは同じ植物の力を借りることで無効化できた。今回はそれができない。

 そしてもう一つの難題は暗闇への対策だった。真っ暗の中で橙灯(ライト)も効かない。そこで考えられたのが、植物の油だ。薄荷飴という木の実がゼリウスの北の森の中にある。これも瘴気の影響で育った木の実だ。まだしばらくの間、採取することができるこの木の実の種子から作る油は燃やすと強力な光を放つ。おそらくそれでロディアスの暗闇を照らせるはずだ、とのことだった。それも各国の首脳たちに最近になって騒がれるようになったゼリウスの正体不明の文官による提案だった。薄荷飴の種油を積み荷に乗せた騎士団が間もなくリディスに到着する。


 騎士団の面子はガステルからロンク、ラインハルト、リック。

 トリステル公国からトリーシャ公女、騎士のルヴェイ、ハーリオン。

 リュステル公国からグラスハート、レビベイン。


 合計八名の少数精鋭だ。


 十日ほどかけてリディスの城に到着した。

 そうそうたる顔ぶれだ。王国におけるほぼ最高戦力だ。ゼリウスの敵対心は完全に消えたため戦力を全て投入できた。


 ゼムセルノートが彼らを城の広間で出迎える。


「ラインハルト。久しぶりだな」


「こちらがゼリウスから届いた物資です」


「例のやつか。ご苦労だったな」


 一通り挨拶を終えるとラインハルトは左手を上げ、七名は散開した。今回の部隊の隊長はラインハルトだ。

 ゼムセルノートと共に会議室に入っていく。作戦を練るようだ。


「よう、ロンクにリック」


 一人の騎士が広間の隅で座り込んでいる二人の前に立ち、見下ろしながら話しかけた。


「ランディスか。久しぶりだな」


 ロンクが答える。リディスの騎士だ。ロンクとリックとは士官学校の同期だ。


「また大袈裟な部隊が来たこと」


「王の命令だ。残されたのは王家の主力だけのようだな」


「蛮族が嗅ぎつけて暴れ回るぞ」


「心配ない。他の騎士たちで守りは十分だ」


「それならいいけどな」


 その日は数名の騎士たちとゼムセルノート、ラインハルトの二人は夜遅くまで軍議をしていた。

 一晩泊まった後、明日の朝ロディアスに向けて出撃だ。

 その夜は薄荷油の抽出も行われ各地で出撃の準備がなされた。


 いよいよロディアスを滅ぼすための戦いが始まる。

 そこには想像を超える絶望が待ち受けていることを、ロンクはまだ知らない。

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