16、王国の王女
その日、ナスハルトに呼び出され、今回の偉業を称え、祝いの言葉を述べに大陸を代表してステルファンタジー王国の第四王女のアイネが来訪すると言われた。是非お前にも同席してもらいたいということだった。ステルファンタジー王国の第一王女マリアの超越能力は王族なら誰もが知っている。おそらく今回の件を詳しく知りたいのだろう、とナスハルトは言った。それを説明するためにはゼロウがその場にいなければならない。ナスハルトは包み隠さず説明するつもりだった。
アイネ王女は十七歳だ。その姿はトルテの映像で見せられている。アイネの姿を見たのはそれが初めてだった。栗色の髪と黒い瞳の美しい少女だ。ゼロウは少し無造作に伸び放題気味の黒髪だ。長い部分はもうすぐ肩にかかりそうだ。正式な謁見のため、同席をするゼロウもそれなりの身なりをする必要があるらしい。相応しい服と、お付きのものに少しだけ髪を切り揃えられた。幾分見栄えがよくなった。
「うむ、大分凛々しくなったな。もうじき到着するだろう」
アイネは馬車に乗ってやってくる。王城からは一週間ほどの道のりだ。
騎士たちが城門に整列し、剣を地面に突き立て、アイネ王女を出迎える。ヨウヤとザストの姿もある。
やがて街道を馬車が現れた。護衛と従者が前後についている。馬車の中にはアイネ王女がいる。
ナスハルトとゼロウは謁見の間でそれらを出迎える。
アイネは少し後ろに専属のメイドと一人の武官を連れて謁見の間に現れた。
武官は王国の騎士団長のようだった。老狼という二つ名で知られる、名をシャイニングス・ロストという男だ。五十四歳だ。【葬送】という特異超能力を持つ。戦いのときに戦闘能力を上げる。その場で上げた分だけ戦闘終了後に反動がくるという能力だ。
バッドエンドルートではアイネが悪魔に殺された後、球体の悪魔と共に前方から歩いてきたもう一体のオートマンとの戦闘で、戦闘能力を限界まで引き上げるが歯が立たずに殺される。そこで第三ロディアス討伐隊は壊滅となる。オートマンとはかつて古代人を滅ぼした人型の悪魔のことだ。
アイネはナスハルトの御前まで来ると顔を上げ、姿勢を正した。ナスハルトの隣にはゼロウが控えていた。
「!?」
突然、驚いたような顔をしてアイネが止まった。
何も言わず、その方を向いて硬直してしまった。
うん? 何だ――?
こちらを向いて驚いた表情をして止まっている。ゼロウはしばらくそれを見ていた。
何が起こったのだろうか。
やがてアイネは我に返ると、今度は緊張のためか手が震え出した。
「あ、ナスハルト様。ご機嫌麗しゅうございます」
「ああ、アイネ王女。よく来て下さった」
後ろを振り向いてメイドから一枚の用紙を渡されるとそれを読み上げ始めた。本当は暗記して空で言うはずだったが頭が真っ白になり内容が飛んでしまったのだ。
「この度は、貴君の武勲を大変喜ばしく思う。これからも大陸の平和のために共に手を携え、助け合っていけることを切に願う。我が国王よりのお言葉です」
少し力の入ったまま、その栗色の髪の王女はナスハルトに向かって言った。
「大勢のものの力を借りて成すことができたのです。私だけの力ではありませんよ」
「大勢の、もの……」
そう言って普段の自分に戻るとアイネはもう一度ゼロウの方を見た。
何だろう、自分とは初めて会ったはずだが。
鈍感なゼロウでもわかるほどの、それは好意の眼差しだった。
『女の勘のようなものだろう。何しろお前は命の恩人なのだ。あるときには女の勘は時空をも超えるのだ』
まるで心を読んだかのようにトルテの解説が入る。
そうか、自分の姿に何かを感じたらしい。ゼロウはそう思った。
「今回の遠征についての詳しい話は、次の間で行うとしましょう。王女もお疲れでしょうし、今晩は城でお休み下さい」
そう言ってナスハルトは応接用の少しくつろげる部屋に三人を連れて行った。ゼロウは呼ばれなかった。とりあえず顔を見せれば十分なのだろう。
ゼロウは客室に戻った。
窓際の椅子に座って置きっぱなしの紅茶を飲む。かしこまった場は慣れなくて苦手だ。それからやっと解放された。
『どうだ、アイネは。可愛いだろう』
確かに可愛らしい王女だった。貴族の高慢な気配はどこにもなく、普通の町娘がドレスで着飾っているだけというような印象だった。あんな可愛い王女が悪魔に惨殺されるところだったのだ。
『アイネをめとる上での壁はあの老騎士なんだ。実の祖父のように可愛がられてきたのがあの男だ』
主に第三王女のアイネに心情的に忠誠を誓っているのがあの騎士団長らしい。これは一筋縄ではいかないようだ。
『お前も拒む理由はないだろう? あんな目で見られたのだから』
ゼロウもそこまで好意的に見られるなら従うしかないという気分になっていた。
しばらくして、客室にナスハルトが入ってきた。
「ゼロウ。今晩は王女は城に泊まるから、簡単に城の中を案内してやってくれないか」
ナスハルトの後ろには緊張した面持ちでアイネが立っていた。
あの短い謁見の間での様子を見てナスハルトは二人の間に芽生えていた淡い感情の高まりを察したようだ。元々皇帝ではあるが戦いよりもこういった気配りの方が得意な男だ。ゼロウを呼ぶとアイネの方を向いて少しだけ笑うとその場を去っていった。
「あ、ゼロウ様。よろしくお願いいたします」
「ゼロウ・リオンダルトです」
そう言うとゼロウは廊下を歩き始めた。その少し後ろをアイネがついていく。
ナスハルトがどこまで話したかは知らないが、あの男がいなければ君は死んでいたなんて言うはずがないだろうし、恩着せがましいことも言うはずがない。俯き加減についてくるアイネの心を支配しているのはゼロウを直に見て感じたものだけなのだろう。
「大広間は先ほどご覧になりましたね」
「はい」
「ここが食堂と台所です」
廊下からその場所を教えた。
「窓の外に見えるのが兵士たちの住む場所です」
窓の外の小さな建物を見せた。
それから王女が泊まるであろう客室と執務部屋、メイドたちの部屋、礼拝堂、穀物庫、地下牢、娯楽部屋、風呂場などを見せて回った。
案内している途中でゼロウは思った。相手は王女だ。自分の国の城のこともよく知っているだろう。この行為に一体何の意味があるのだろうか。
おそらくナスハルトはただアイネと二人きりにさせたかったのだ。それに気づいてから、ちょうど城の案内もあらかた終わったので、アイネを連れて庭に来た。
空は夕暮れだ。西の方が赤くなっていた。
二人は庭のテーブルと椅子が置いてあるところで向かい合って座った。すぐそばにはハーブが植えられていて、少し遠くには林檎の木が見える。
向かいに座ったアイネを何も言わずに眺めていると、アイネは少し俯いて頬を紅潮させた。
この少女がもう少しで死んでいた。それを救うことができたと思ったとき、愛おしさが湧いてくるのを感じた。
「アイネ王女」
ゼロウはそう言うと立ち上がった。アイネはその姿を何も言わず見上げた。
「皇帝陛下から聞き及んだと思うが、俺がいなければ第二ロディアスは今も瘴気を吐き出し続けていたはずだ」
アイネは何も言わず見上げている。
「ロディアスが三つ残ったその状態のままだと二月後には、君は死んでいたんだ」
「はい、姉上様からそう教えられました」
「死ぬこともなく君とこうして会えてよかったよ」
「はい、ゼロウ様。あなたのおかげです」
そう言うとアイネは目を潤ませて立ち上がった。
二人は見つめ合い、ゼロウは何も言わず、華奢なアイネの体を抱いた。
暮れてゆく景色の中で、ゼロウはアイネを強く抱きしめ、しばらくの間そのままでいた。
十一月二十六日の夕方、こうして二人は結ばれたのだった。




