14、撃滅
ロディアスの深淵による攻撃が始まった。
暗黒の森だ。漆黒の森ともいえる。辺りにはうるしのような闇が塗りこめられている。
各々が照らした橙灯は瞬く間に萎んでいく。微かな光になり、やがて消える。慌てて次の明かりを灯すがそれもすぐに消える。光を許さない。それぞれの姿を目で捉えることもできない。
一方、辺りには瘴気が渦巻くはずだが、それは聖花梨によって防がれているようだった。打楽器を打ち鳴らすときの重低音が腹に響くような振動が断続的に体に感じられる。痛みや苦しみはない。振動が来ていることだけが確認できる。聖花梨のおかげだ。これが瘴気による攻撃の正体だ。聖花梨がなければ衝撃と共に激しい苦痛が襲うのだろう。今のうちに進まなければ。しかし辺りが一切見えず、それができない。全員が同じ方向へ進むことができない。
このままではやがて聖花梨の効果も切れる。これでも第二ロディアスはかなり弱くなっているという。日を改めれば条件は益々悪くなる。このまま行くしかない。
真っ暗だ。一体どうしたらいいんだ――。
全員が一歩も踏み出すことができない。
そのとき、ただ一人息を落ち着かせるものがいた。
呼吸を整え、それの発動の態勢に入る。
音もなくそれは暗い上空に現れ。辺りを照らしつけた。
暗い森の空に妖精のような格好をした少女の祈る姿が浮かび、それが光を放った。
【妖精の祈り】。
ナスハルトの超越能力だ。
橙灯と紅火と白湯。それがそれぞれ強化され一つにまとまった超能力だ。暗さと寒さと怪我、それらを瞬く間に解決させる。
辺りが一気に明るくなった。そうはいっても真昼のようにはいかない。日暮れ前の薄暗い程度だ。それでも十分だ。辺りが見回せる。
一行は全員が揃って奥へと進んだ。急ぐんだ――。ロディアスの最奥を目指す。
瘴気による攻撃は完全にガードできている。辺りに敵性体の姿はない。瘴気を受けた植物が襲ってくるのでは、とも思われたが辺りの植物はひっそりとしている。食人花のようなものは存在しない。それが余計に不気味だった。
植物の動きを恐れ、終始怯えながら一行は進んだ。どうやら瘴気による衝撃はカットできているが、陰気により消極的な気分にさせられているようだ。ここで聖花梨の効果が途絶えたら大変なことになる。
何気ないものが激しい恐怖に感じる。腰にぶら下げる剣が鈍い打楽器の振動の元になっているような気がした。かたい金属に吐き気を感じた。ファンタジー小説のヒーローがスプラッタな方法で殺される描写が思い浮かんだり、ヒロインが腹の出た醜男にボロボロに強姦されたり、そんな具体的な光景が子どもの頃に感じる恐怖のように襲ってきた。
突然木が逆さまになった。よく見ると笑っている人の顔だ。目に映る景色の僅かな動きにびっくりするようになった。恐れを知らない騎士たちが怯えてきた。精神攻撃だ。しかし止まるわけにはいかない。
何も言わずに先頭を歩くのはゼロウになっていた。トルテが静かな声で道案内をしている。ナスハルトの頭上には少女の幻影。それが中心となり、辺りを照らしている。空気も暖かい。それがせめてもの救いだった。
やがて半刻ほど歩いた頃、トルテがこの辺りだ、と言った。ロディアスの最深部だ。重低音による衝撃は直接叩かれているのかと思うほどに強くなっていた。しかし苦痛はない。辺りを探せ、という。一体何があるのだろう。
「この辺りに元凶がある。探して下さい」とゼロウが言う。しかし何を探せと伝えればいいのかわからない。一行は明かりの届く範囲で手分けして辺りを探索した。
ロディアスと呼ばれるものの元凶だ。一体どんな恐ろしいものなのだろう。騎士たちも恐る恐る周りを探す。
「うん?」
それを最初に見つけたのはヨウヤだった。木々の間を抜けた茂みの中にあった。
「何だ、これは?」
「どうした?」
団長が近寄る。
そこには灰色の二つの箱があった。少し平べったい箱の上に真四角のような箱。それがぼんやりと光を放っていた。二つの箱はよくわからない線で繋がっている。
全員そこに集まってくる。一体何が見つかったのだ――?
それを見て全員が首をかしげる。何だこれは?
ただ一人驚愕したのは言うまでもなくゼロウだった。
これは、トルテの実機ではないか――。
このときトルテの正体が一瞬、垣間見えたような気がした。何故ここまであらゆることを知っているのか、その理解も一瞬ゼロウの脳裏をよぎった。しかしはっきりとはまだわからない。トルテ本人に聞かなければわからないのだ。
『壊してくれ。これがロディアスだ』
トルテが言う。
「これがロディアス……」
思わずゼロウが口走った。それを聞いて周りも驚く。
「何だって? これが、ロディアス?」
想像していたものと全然違う。それはいっそのこと言ってしまえばこの場においてユーモラスな外見ですらある。世界を破滅に導くものが、これ――?
光を放つ画面には得体の知れないコードが流れている。何かのプログラミングコードだ。
ロディアスがプログラムを実行し、辺りの植物が汚染され、激しい瘴気を放つ。瘴気はロディアス本体からではなく、命令を受け、変容した植物が出していたのだ。元を絶てばその一連の稼働が止み、瘴気は少しずつ晴れるという。
「壊していいのだな?」
ナスハルトが確認する。ゼロウは黙って頷いた。
「サイザル」
そう言われ、サイザルが背にしていた大斧を持って構える。
「むん」
それを大きく振り下ろし、真四角の箱めがけて打ち下ろした。
ドガシャアン、という激しい音が鳴り、斧は下の箱まで叩き割り、やがて画面からも光が消えた。
「オオオオオオオオオオ――ン」
獣の鳴き声のようなものが辺りに響いた。
『任務完了だ』
声が聞こえた。
同時に襲っていた陰気がようやく晴れ、空を覆う暗闇も一気に晴れ渡った。
とはいっても空はすでに夜だった。これまで真っ黒だった空に月が上っているのが見えた。時刻はもう夜を迎えていたようだ。ようやく闇は晴れたのだった。
ナスハルトが超能力を引っ込めた。体を打っていた鈍い衝撃も消え去っていた。瘴気のターゲットから外されたのだろう。
今までの真っ暗から見れば夜とはいえ、月が浮かぶ空は大分明るく感じられた。
全員来た道を引き返した。壊されたロディアスは少しそのままにしておけとのことだった。後にもう一度部隊が派遣されて回収されることになる。その後は国で研究されるだろう。しかし何一つとしてわかることはないのだった。
ザストのいる場所まで戻ってきた。ザストはクニカを地面に寝かせ、その脇に座り込んでいた。
遠征は無事、終了だ。
一行は森の出口の辺りまで来ると、そこでもう一晩、野営をした。
長い間、瘴気に晒されていた。聖花梨の効果も切れている。体に異変が残るかとも心配されたがそれはなかった。
火を焚いて暖を取り、全員はその夜の疲れを一旦、癒すのだった。
時は十一月十四日。
ロディアスの一角がついに崩れた。
同時に世界の陰気と陽気のバランスも大きく崩れることになる。陽気へと大きく傾いたのだ。
これでマリアにも余裕が生まれ、アイネが死ぬこともなくなった。未来は変わったのだ。
第三ロディアスに悪魔ヌリウスが生まれ、全世界に緊張が走った。それは単なる表現ではなく、実際に波動が走ったのだ。今から半年ほど前である。その波動により、憂鬱を感じたり、それを重く抱えるものが増えていくことになる。世界が破滅へ向けてゆっくりと動き出した瞬間である。
しかし、それを食い止めるものが現れる。その二人は帝国を立て直し、ロディアスの一角を葬り、とりあえず世界の危機を払った。
ロディアスはトルテと同じものだった。
この世界というのは何なのだろう。あの箱のことをこの世で最もよく知っているのはおそらくゼロウだ。その箱はよきものであるというのがゼロウの理解だ。しかしロディアスも同じものだった。トルテとロディアスには何か繋がりがあるのだろうか。
部屋に戻ったら聞いてみなくてはならない。
キャンプではようやくクニカが目を覚ました。詳しく医者に診せる必要があるだろうが、とりあえず見たところどこにも異常はなかった。騎士たちも安堵の息を漏らした。
この後、正式にナスハルト自らの文で各国へ事の次第は告げられる。
残るロディアスは二つだ。
月が見える夜空に焚き火の炎がゆらゆらと立ち上っていた。




