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13、暗黒の森

 出発から六日経った日の夜、騎士たちは帰還した。

 疲れ果てた団員たちを休ませ、団長がナスハルトへ報告をする。


「こちらが聖花梨の実でございます」


 荷をほどいてたくさんの木の実を差し出した。そこには二十個ほどの木の実があった。


「確かに受け取った。ご苦労であった。危険は何もなかったか?」


「それが……」


 現れたときから団長は浮かない顔をしていた。重い口調でその報告をする。


「団員が一名、森の中ではぐれ、行方不明になりました」


「何だと?」


「一晩かけて探しましたが、見つかりませんでした」


「そうか」


 頭を下げ、団長は後に下がった。


 ロディアスの大穴で消息を絶って生きて戻ったものはまだいない。だから大穴では具体的にどのような災いがあるのかは誰も知らない。おそらくは間違いないだろうと思い描いているのは実際に食らったナスハルトとゼロウだけだ。


 トルテの話では聖花梨を食べると一刻ほど聖なる力で守られるという。ロディアスの瘴気を受けなくなる。ロディアスの大穴へ踏み込んでから最奥まではちょうど一刻ほど。つまり行きの分しかない。聖花梨は何個食べても守られるのは一刻まででそれを過ぎるとしばらくは守りの効果は得られなくなる。効果が切れてから再び食べるということもできない。

 つまり後戻りはできない。踏み込んだらロディアスの最奥へ辿り着き元凶を消し去る以外に取る道はない。


 遠征軍の出立は三日後に決まった。

 団長により慎重に人員が選ばれ、ナスハルトとサイザル、そしてゼロウ。それと団長他数名の騎士だけが行くことになった。

 ナスハルトとゼロウは護身用の短剣を腰に差し、サイザルは大斧を背に担ぎ、騎士たちはロングソードを装備した。トルテの話では武器は一人持てばいいと言われたがその理由までは詳しく説明されなかった。トルテの助言によると、今回の遠征軍で重要となるのは一般超能力(カジュアル)の橙灯(ライト)だという。橙灯の得意なものが多くいるといいそうだ。それは団長にも告げられ、選ばれたのは全員が橙灯の使い手となった。


 遠征の時が来た。

 帝都では国民が沿道に大勢集まり見送った。

 ナスハルトを先頭にして少数の隊列が続く。


「よう、また会ったな」


「というかこんなところで会うとは、だろう」


 ヨウヤとザストが後ろの方を歩いていたゼロウの方を振り向いて言う。


「はい、お久しぶりです」


 ゼロウが答える。


「お前は皇帝陛下の何なのだ。全員不思議がっているぞ。薬屋じゃなかったのか?」


 ヨウヤが尋ねる。騎士たちはロングソードを腰からぶら下げて歩いている。


「薬屋です。私は非常時の文官ということになっています。今だけこうしてお手伝いしています」


「そうか。俺はヨウヤだ。こっちがザストだ。お前がいなければどっちか片っ方になっていただろうからな。礼を言うところなのだろうな」


「少々出過ぎた真似をしました」


「よくわからない男だよ、お前は」


 確かに自分は何なのだろうか。歩きながら考えた。何故、トルテは自分を選んだのだろうか。初めてトルテと出会ったとき、画面に表示されていた文字を今も覚えている。

 “HELLO WORLD”。

 それを表示させたのはトルテではないという。

 『お前は選ばれたのだ』。

 トルテはその文字のことに関してそう言った。

 一体、誰に選ばれたのだ?


 そうしているうちに、一日目の寝泊まりする場所に着いた。

 皇帝一行が一般の民宿に泊まるのも気が引けるといい、町を出たところで野営をすると言った。

 団長は慌てて、修道院かどこかを探します、と言ったが皇帝は必要ないと言った。

 騎士たちもこっちの方が気楽なようだった。


 橙灯と紅火で煮炊きが始まる。もう十一月も半ば頃だ。夜になると外の空気も冷える。騎士たちも火の周りに集まって座っていた。

 まさかこの国の皇帝と宰相と同じ焚き火を囲んで座ることになるなんて少し前では考えられないことだ。団長が手際よく全員分の晩飯を作っていた。


「学園にいた頃を思い出すな」


 おそらく王族が通う学校のことだろう。


「お前は聞くところによると十四ポイント持つそうだな。殺しか?」


 続けてナスハルトが隣の方にいたゼロウに聞いた。ポイントの記録は国に控えられているから見ればわかるはずだ。


「そうです」


 ゼロウは正直に答えた。あそこで殺さなければ被害はおそらくユキや他の級友たちにも及んでいただろう。一瞬怯んでいたが、あのままではゼニンの殺しも自分の手柄にしてまた悪さを働いていたはずだ。ユダがゼロウを殺してトルテと手を組む未来など尚更考えられない。


「あまり思い切ったことをするようには見えないのだがな」


 ナスハルトは殺しに関しては責めなかった。詳しく聞くつもりもないらしい。必要悪だと判断したのだろう。ナスハルトはゼロウと同じ苦しみを共有しているのだ。ロングリによる間接的な瘴気とロディアスの直接攻撃という違いはあるが、死ぬほどの苦しみだったのだ。信頼には十分値する。


 やがて見張りには団員が代わりにつくことにして一行は眠りについた。もしかしたら野盗が出るかもしれない。


 二日目の進軍も滞りなく進み、一行は北の森にたどり着いた。ここから深く入り込めばやがてはロディアスの最深部に入ることができる。ここで問題なのはどの辺りからが大穴になるかだ。トルテの話によると真の大穴は真っ暗だという。そこから生還したものがまだ誰もいない。そこは昼も夜も関係なく、光は完全に閉ざされている。ロディアスにとっての生存本能なのだという。明るいと何か都合でも悪いのだろうか。とにかく明かりが必要だ。橙灯がそこで有用になる。また瘴気も濃いため、そこで聖花梨も必要になる。

 全員に砂糖に漬けられた聖花梨が一個分ずつ配られた。切っても調理しても効果は発揮されると教えられた。そして一行は帝都から真北の最短距離ではなく、コロの北の、ちょうど聖花梨がなっていると言われて騎士団が入り込んだ西寄りの森へ迂回してやってきた。行方不明になった団員であるクニカを探すためだ。


「この辺りです」


 団長が言う。


「よし、辺りをよく探しながら進め」


 ゼロウは誰にも聞こえないように小声でトルテに聞いた。


「女の子が行方不明らしい。何かわからないか?」


 少しの間があった。トルテも考えているのだろうか。


『今度は花が逆に働くようだ』


「?」


 何のことだかゼロウにはわからなかった。しかしトルテは死んだとは言わない。生きていると信じて探しながら進む。


「クニカー!」


 団員が呼びかけながら進む。このロディアスは敵を呼ぶ心配はない。しかし返事はない。


 それから大分歩いた。黒い靄が濃くなってきたような気がする。もしかしたら大穴に入ったのかもしれない。クニカという女性団員の生存を全員があきらめそうになった、そのとき。


 前方に何か黒い塊りが見えた。

 それは木に寄りかかって地面に座っているクニカだった。しかし様子が少しおかしい。


 気を失っているようだ。蔦が体に絡まり、その蔦からは花が咲いている。

 ナスハルトが近寄ってクニカの前に座ると、花はそれに応じるようにしぼんで枯れた。

 蔦がほどけた。


「クニカ」


 ナスハルトが声をかける。しかし目を覚まさない。

 息はある。気を失っているだけだ。

 ザストが近寄って眠っているクニカを負ぶった。そしてそのまま一行はまた歩き出す。何とかクニカを発見することができた。あとはロディアスを滅するだけだ。


 そのとき――。


 ブン。


 何かが空を切る音がしたかと思った瞬間、空間が入れ替わった。

 辺りが真っ暗になった。

 同時に誰かが倒れ込む音がした。

 空を切る音は前方を歩く誰かが後ろに吹き飛ばされた音だったようだ。


「が、はあっ」


 サイザルの声だ。吹き飛んだのは先頭を歩いていたサイザルだった。

 精神攻撃の衝撃を叩き込まれたようだ。ロディアスの攻撃が始まった。


「みんな、花梨を!」


 すぐに聖花梨を口に入れた。

 クニカを背負ったザストだけが後方に下がった。


「待機します」


 クニカのいた場所からほんの少し踏み込んだ場所がロディアスだったようだ。

 危ないところだった。あの花が守ってくれていたようだ。


 ロディアスとの戦闘が始まった。

 各々が橙灯をつける。真っ暗闇にいくつかの明かりが浮かんだ。

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