12、禁断の地
城の客室を一つ与えられ、ゼロウはそこで寝泊まりするよう言われた。
今回の遠征における参謀のような役割が与えられた。ロディアスについては国の誰よりも知っていると。
それを確かめるということも含めて、ゼロウは一度ナスハルトの前で一人の老人に引き合わされた。
老人はロディアスにも詳しい帝都の学院の教職者のようだった。老人は三つのロディアスの陰気が強まるのは時候なのだという。今はそういう時期で過去にも強まる時期はあり、季節の流れのようなものでそれを過ぎれば陰気もまた落ち着くと述べた。
世界全体での学者たちによる常識だが、マリアが追い詰められるほどこの後、陰気は取り返しのつかないものになる。過去にも作物が不作になったり、世相が暗い影に覆われたことはあったが、ロディアスとは関係ない。しかし学者たちはそれもロディアスの波によるものだと思っている。
トルテはその考えは否定はしなかった。ロディアスが強まっても一時的な波であり、それが過ぎれば戻る。そう思えばそれは民にとっての安心に繋がる。安心すればロディアスは弱まるから、結果的に傍から見ればそれはロディアスの波のように見える。
ロディアスを消すことについてはその老人は賛成しなかった。じっと待つのがよろしいと。
「ヌリウス」。
ゼロウは唐突にその言葉を口にした。トルテに小声でその言葉を口にするようにと言われたからだ。それは第三ロディアスに君臨する悪魔の名前だ。
老人はそれは何だ、と聞いた。ゼロウはそれには答えなかった。
ロディアスの深淵に触れたばかりのナスハルトにはそれはとても不吉な響きに聞こえた。それだけで十分だった。ゼロウの方がロディアスの理解に関しては深いとナスハルトは判断したのだった。
何か指示があるまで、部屋で待つようにとサイザルに言われた。
ゼロウは部屋の隅の方に置いてあった椅子に座り、窓から見える外の景色をぼーっと眺めていた。
『ひとまずはこれで安心だな。この働きはでかいぞゼロウ。何しろ俺とお前が出会っていなかった世界では、まずゼリウスが崩れ、それが世界全体に影響し、全てが陰気に飲まれるのだからな。そのゼリウスを立て直した。このまま勢いに乗るしかないな』
トルテが言う。
あの後、フローラの記憶も戻ったという。ナスハルトが急に苦しみ、床に伏せたあの姿はフローラにとってもショックが大きかったのだろう。ショック療法のようだが、精神は落ち着いており混乱なども起きてはいないという。
ナスハルトは自らが発したポイント制についても頭を悩ませた。一度出してしまった以上、簡単に取り下げるわけにもいかない。何しろ大金が動いている。結局、殺しに関わる部分だけは完全に廃して、ポイントは金でのみ買えることにして、これまで払った帝都の住民たちが損をしないようにした。これまで通り、五ポイント貯めることで二等国民となる。
演説を行ってから数日後の夜に、ナスハルトはサイザルと共にゼロウの客間を訪れた。
ロディアスを消すために兵を挙げると宣言したが、具体的にはどうするか、その策を練るためだ。
ゼロウはベッドに横になっていたが、ノックの音で起き上がり、立ち上がった。
「ゼロウにも生活があっただろう。影響もあったと思う。今回は本当に申し訳なかった」
殺しのポイント制に関しての謝罪だ。確かにゼロウは同級生に殺されかけた。
「私は弱い。フローラのことでの悲しみ、苦しみに耐えられなくなり、引き寄せられるように陰気に身を委ねてしまった。そうすればフローラのことで思い悩むことはもうなくなるからだ。戦うことをやめてしまったのだ」
「人間なら、誰でもあることですよ」
「しかし、私は皇帝だからな。民のために戦う責務がある。もう目を背けたりはしない」
「でもあの晩は相当苦しかったはずです。あれは普通の人間がたった一人で耐えられるものではありません。本当に大丈夫でしたか?」
そう言うと、ナスハルトは少し笑って答えた。
顔からはもう引きつりの跡は消えていた。
「お前だけがそう心配してくれるのだな。ロディアスについて深く知っているからだろう。あれは確かに地獄だった。言葉では尽くしがたい。今でも思い出すと吐き気がする。あのようなものが民をも襲うのかと思うと耐えられない」
バッドエンドではそうなるのだ。本当に恐ろしいことだとゼロウも思った。
気は抜けない。まだ少しでも間違えばバッドエンドになる可能性もある。慎重に事を運ばなくては。
「しかし私は一人ではなかった。そばにはフローラがいた。あいつにも辛い思いをさせた」
サイザルが椅子を三つ用意してきた。三人はそこに座る。
「さて、具体的な策を練りたい。良い案があれば伺いたい」
ゼロウは事前にトルテから伝えられていた内容を吟味し、手際よく二人に伝えた。
ゼロウたちが目指すのは北西の第二ロディアスだ。
ロディアスは大陸に三つある。
北東の大穴は周辺の動物たちを魔物へと変えた。
北西の大穴は瘴気により植物が変異し死の大地となった。
南西の大穴には悪魔と呼ばれる得体の知れない物体があった。
それらは今、少しずつ規模を大きくしようとしていた。
ロディアスの中心部は大穴と呼ばれる闇だ。ただの陰気だけでなく第二ロディアスには瘴気がある。生物はそこで耐えられない。ではどうすればよいか。
花梨という木の実がある。秋に実る林檎のような果実だ。その中でもコロの町の北の森のそのさらに奥の方に瘴気に耐え、聖なる力を宿したという聖花梨というものがあるらしい。そこはロディアスの大穴のすぐ手前だ。その聖花梨を食べれば瘴気の渦にも少しの時間耐えることができるという。
まずはその聖花梨を手に入れる。
そのための部隊がまず組織された。
翌日の朝に謁見の間に数名の騎士が集められた。玉座に座るナスハルトの脇にはサイザルとゼロウが控えている。
騎士の中にはザストとヨウヤの姿もあった。思いがけない再会だ。ヨウヤはゼロウを睨みつけていた。二人はゼロウを見て腑に落ちたようだった。皇妹が生きて舞い戻ったこと、そしてナスハルトが復帰したことについてだ。あの男の仕業だったようだ。あの不思議な特異超能力を使う男だ。本当に何者なのだ。
ナスハルトは昨日の内容を騎士たちに伝えた。
団長が選りすぐりの団員を連れて必ず果たして参りましょう、と言った。
そしてその日のうちに団長は数名の騎士を率いて北の森を目指した。
花梨は黄色の木の実だが、聖花梨は赤いという。
騎士団は二日かけて北の森へ進入した。ザストとヨウヤも加わっている。
辺りに注意をして歩かなければならない。
ロディアスの大穴と森との境目ははっきりしない。気がついたらロディアスに踏み込んでいるということにもなりかねない。夜になればそれは余計に顕著になる。瘴気が濃くなると精神がダメージを受け始める。ゼロウがロングリで食らったり、ナスハルトが一晩苦しんだような深い精神への攻撃だ。真っ黒の断崖が意識に叩きつけられるような重く鈍い衝撃だ。中にはフローラルのように瘴気に汚染された植物による間接的な甘く誘惑するような効果を持つ花もある。そのように大穴の中には得体の知れない植物がどれほど生息しているかわからない。
森の中を注意深く探しながら騎士たちが歩いていた。段々日も暮れ、薄暗くなってきた。きのこや栗なども落ちているが口に入れるわけにはいかない。今が森のどの辺りなのかわからない。もうロディアスに入りかけているかもしれない。そうするとどのような毒があるかわかったものではない。騎士たちは少し開けたところで野営の準備を始めた。火を焚き始める。
第二ロディアスには幸い魔物や悪魔などはいない。そういう意味では最も危険度の低いロディアスかもしれない。
それでも念のため見張りを立て、交代で眠った。




