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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第四十五話:モテモテの能力を、初めて自分の意思で封じた

「残り四十八分です」

大学の警備室で、担当者が時計を確認した。

神谷は頷いた。

スマホの画面には、七瀬を預かっていると主張する相手からの脅迫が残っている。

一時間以内に、会場へ一人で来い。

行かなければ、七瀬の安全は保証しない。

文字を読むだけで、喉が乾く。

「……俺が行けば、終わるんでしょうか」

口から漏れた問いに、警察官が首を横に振った。

「約束を守る保証はありません。神谷さんまで拘束されれば、状況は悪くなります」

分かっている。

分かっているのに、足が勝手に出口へ向かおうとする。

佐伯が隣に座り直した。

「神谷。今のお前、昔みたいな顔してるぞ」

「昔?」

「何でも自分のせいだと思って、一人で何とかしようとする顔」

「……そんな顔、してたか」

「してた。めちゃくちゃしてた。見てるこっちが胃薬欲しくなるくらい」

こんなときまで冗談を言うのか。

神谷は呆れかけて、気づいた。

佐伯の手も震えている。

怖いのは自分だけじゃない。

それでも佐伯は、ここにいる。

「……ありがとう」

「礼は七瀬さんが戻ってから聞く。できれば飯をおごれ」

「学食でいい?」

「命がかかってるんだから焼肉だろ!」

少しだけ笑えた。

そのとき、担当者の電話が鳴った。

短いやり取りのあと、担当者が顔を上げる。

「駅前から七瀬さんを乗せた可能性のある車両が確認されました。関係先の確認が進んでいます」

神谷は椅子から立ち上がった。

「場所は?」

「捜査中です。こちらから詳細は伝えられません」

「……そう、ですよね」

神谷は座り直した。

相手の言葉を信じて勝手に動くのではなく、確認できた事実を積み重ねる。

七瀬なら、きっとそう言う。

同じ頃、七瀬は施錠された部屋の椅子に座っていた。

廊下から、慌ただしい足音が聞こえる。

「警察が動いてるらしい」

「誰が情報を漏らした?」

「朝倉だ。あいつが資料を渡した」

男たちの会話が扉越しに聞こえた。

七瀬は耳を澄ませる。

朝倉玲奈が証拠を渡した。

神谷は一人で来ていない。

少なくとも、そう考えられる。

(……よかった)

胸の奥に、小さな安心が広がった。

だが、すぐに扉が開いた。

入ってきたのは、灰色のスーツを着た男だった。

「七瀬さん。あなたの能力について、お話を聞きたい」

「誘拐してから言う台詞じゃないですね」

男は笑わなかった。

「神谷恒一の能力は危険です。あなたなら、それを制御できる」

「だから私を閉じ込めた?」

「社会全体の利益を考えれば、必要な措置です」

七瀬は男を見据えた。

「社会の利益を語る前に、私を帰してください」

「協力すれば、報酬も――」

「一億円でしたっけ。もう断りました」

男の眉が動いた。

「感情は、数値化できる。購買意欲も、信頼も、支持も。人間の意思決定を安定させれば、社会は効率的になる」

「人間が自分で決める余地を奪って、何が安定なんですか」

「あなたは理想論を言っている」

「そうかもしれません。でも、あなたが私を怖がらせているのは現実です」

男は返事をしなかった。

七瀬は膝の上で手を握った。

怖い。

逃げたい。

けれど、怖さと服従は同じではない。

「私は、神谷くんを止めるための道具じゃありません」

警備室では、神谷の胸の奥に不気味な熱が広がっていた。

心配してくれる職員が増えるほど、視線が集まる。

『大丈夫?』

『何かしてあげたい』

その言葉が、少しずつ過剰になっていく。

神谷は気づいた。

自分の不安が強いときほど、周囲の好意まで増幅されるように感じる。

「……すみません。少し離れてもらえますか」

職員たちが距離を取る。

神谷は窓際の椅子に座り、呼吸を整えた。

神様が言っていた。

能力を消すことと、封じることは違う。

過去の出会いを消さずに、これからの干渉を止める方法がある。

ただし、その方法は自分で見つけろ、と。

(説明書の最後だけ、何で空白なんだよ)

いつものように悪態をつきかけて、神谷は目を閉じた。

思い出すのは、七瀬と初めて会った日。

自分に好意を向けない彼女を、最初は不思議に思った。

そのうち、安心するようになった。

そして今は、好きだと思っている。

能力が働くから好きなのではない。

彼女が怒るところも、泣くところも、笑うところも知っているからだ。

「……俺は、もう誰かの好意を増やしたくない」

神谷は小さく言った。

「助けてほしいときは、助けてって頼む。好きな人には、好きだって伝える。勝手に気持ちを変える力なんて、使わない」

胸の熱が、ふっと揺らいだ。

消えたわけではない。

ただ、遠くで灯っている明かりのように静まった。

佐伯が近づいてくる。

「神谷、大丈夫か?」

「……うん。今、少し落ち着いた」

「何かしたのか?」

「自分の気持ちを決めた」

佐伯は数秒黙った。

「……それ、俺にもできる?」

「できるだろ」

「じゃあ俺も決める。今日の晩飯は焼肉だ」

「そこに使うな!」

笑い声が、静かな部屋に戻った。

午後三時過ぎ。

警察から、七瀬の所在を確認したとの連絡が入った。

神谷は立ち上がり、すぐに座り直した。

「……無事ですか」

「救出に向けて対応しています。今は安全な場所で待ってください」

待つ。

何度も繰り返した、いちばん難しい行動だ。

やがて、さらに電話が鳴った。

「七瀬さんを保護しました。意識があり、会話もできています」

神谷は机に手をついた。

膝から力が抜けた。

佐伯が肩を支える。

「……よかったな」

神谷は頷いた。

声が出なかった。

夕方、病院で安全確認を受けた七瀬と、ようやく会うことができた。

七瀬は椅子に座っていた。

目元には疲れがある。

でも、神谷を見つけると、いつものように眉を上げた。

「遅い」

神谷は立ち止まった。

「……ごめん」

「謝るの禁止って言ったよね」

「……うん」

「一人で来なかった?」

「行かなかった。みんなに相談した」

七瀬は目を閉じた。

「……よかった」

神谷は手を差し出しかけて、止めた。

「触ってもいい?」

七瀬は小さく頷いた。

指が重なる。

いつもなら、胸の熱がすっと消える。

でも今日は、最初から静かだった。

七瀬が不思議そうに神谷を見る。

「……神谷くん?」

「俺、少しだけ能力を抑えられたかもしれない」

「本当に?」

「まだ分からない。でも、七瀬さんがいない場所でも、選べた」

七瀬は握った手に力を込めた。

「……それは、すごいことだよ」

神谷は笑った。

「一人で戦うつもりだった。でも、みんなに助けてもらった」

「うん」

「七瀬さんも、帰ってきてくれた」

七瀬は少しだけ目を潤ませた。

「帰ってきたよ」

神谷はようやく言えた。

「……おかえり」

「ただいま」

その言葉だけで、世界が戻った気がした。

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