第四十四話:七瀬が捕まったので、俺は一人で戦うことになった
イベント当日の朝、神谷は七瀬からのメッセージで目を覚ました。
『今日は大学の相談室に行く。
直接会場には近づかない』
神谷はすぐに返信した。
『俺もそうする。
無理しないで』
数分後、既読がついた。
『神谷くんもね』
それが、午前中に届いた最後のメッセージだった。
昼前。
相談室の担当者から電話が入る。
「七瀬さんと連絡が取れません。大学へ来る予定でしたが、まだ到着していないようです」
神谷の胸が冷たくなった。
「……え?」
担当者は落ち着いた声で続けた。
「すでに必要な確認を進めています。神谷さんは一人で探しに行かないでください」
神谷は頷いた。
「……分かりました」
電話を切った直後、知らない番号からメッセージが届いた。
『七瀬さんを預かっています。
会場へ一人で来てください』
添付された写真には、見覚えのある青いカーディガンが写っていた。
顔は見えない。
だが、神谷の手は震えた。
(……七瀬さん)
今すぐ会場へ走りたかった。
相手の言うとおりにすれば、七瀬が戻ってくるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
でも、次の瞬間、七瀬の声を思い出した。
『勝手に決めないで』
『一人で抱え込まないで』
神谷は深く息を吸った。
そして、担当者へ電話をかけた。
「……脅迫のメッセージが来ました。七瀬さんを預かっているって」
担当者の声が引き締まる。
「すぐに内容を共有してください。神谷さんは安全な場所にいてください」
神谷は指示に従った。
大学の警備室へ移動し、メッセージと写真を見せる。
警察にも連絡が入り、確認が進められた。
神谷は椅子に座り、両手を握りしめた。
(……俺は、何もできないのか)
そのとき、佐伯が駆け込んできた。
「神谷!」
「……佐伯」
「七瀬さんのこと、聞いた」
神谷は頷いた。
「……怖い」
佐伯は隣に座った。
「そりゃ怖いだろ」
「俺が行けば、七瀬さんを助けられるかもしれない」
「でも、相手が約束を守る保証はないだろ」
神谷は何も言えなかった。
佐伯は続けた。
「お前、いつも七瀬さんに助けてもらってたんだろ。だったら今度は、七瀬さんが言ってたことを守れよ」
神谷は顔を上げた。
「……一人で決めないこと?」
「そう。それが今のお前にできることじゃないのか」
神谷は深く息を吐いた。
「……そうだな」
午後。
担当者から新しい情報が届いた。
七瀬が最後に確認された場所は、大学へ向かう途中の駅前だった。
そこから先の足取りは、まだ分かっていない。
神谷は唇を噛んだ。
「……お願いだから、無事でいてくれ」
一方、その頃。
七瀬は見知らぬ部屋で目を覚ました。
窓は高い位置にある。
扉には鍵がかかっていた。
手首にけがはない。
だが、自由に出ることはできない。
「……最悪」
七瀬は周囲を見回した。
部屋には椅子と机。
机の上には水の入ったペットボトル。
扉の向こうから声がした。
「起きましたか」
七瀬は返事をしなかった。
男の声が続く。
「神谷さんに来てもらうため、少し協力していただきます」
七瀬は冷たく答えた。
「私を使って脅迫してる時点で、協力じゃないですよ」
扉の向こうが静かになった。
「……強情ですね」
「自分の意思で断ってるだけです」
七瀬はスマホを探したが、鞄ごと見当たらなかった。
それでも、頭の中は不思議と冷静だった。
神谷は来るだろうか。
いや、来てほしくない。
相手の言いなりになってほしくない。
(……神谷くん、約束守ってよ)
七瀬は椅子に座り、深く息を吸った。
怖い。
でも、怖いからといって、自分の意思を手放すつもりはなかった。
その頃、大学の警備室では、神谷のスマホに新しいメッセージが届いていた。
『残り一時間。
来なければ、彼女の安全は保証しません』
神谷は画面を見つめた。
一時間。
胸の奥に、あの不気味な熱が広がり始める。
神谷は目を閉じた。
(……落ち着け)
七瀬がいない。
能力を止めてくれる手も、今はない。
でも、ここで暴走してはいけない。
神谷は担当者にスマホを差し出した。
「……新しい脅迫です」
そして、はっきり言った。
「俺は一人では行きません。七瀬さんを助けるために、できることを一緒に考えてください」
担当者が頷いた。
「分かりました」
神谷は震える手を握りしめた。
一人で戦うことになったと思った。
でも、本当は違う。
七瀬の手が届かない場所でも、自分で選ぶことはできる。
そして、助けを求めることもできる。
神谷は窓の外を見た。
(……待ってて、七瀬さん)
今度は、君の意思を無視せずに助ける。
そう決めた。




