第四十話:最強の能力は、人の気持ちを変えられないことだった
「封印、ねえ」
七瀬は学食のテーブルで、神谷の話を聞いていた。
「神様が言ったんだ。消去とは違って、過去の出来事を変えずに今後の干渉を止める方法があるって」
七瀬は少し考えた。
「それ、神谷くんが望むならいいと思う」
「……七瀬さんは?」
「私は神谷くんの能力を止めるためにいるわけじゃないから」
神谷は頷いた。
「うん」
七瀬は続けた。
「でも、能力がなくなったら、手を繋ぐ理由が一つ減るね」
「……そうだな」
「残りの理由は?」
神谷は言葉に詰まった。
七瀬が笑う。
「今のは宿題」
「単位が取れそうにない」
「再履修かな」
そこへ、水野がやってきた。
「神谷さん、七瀬さん。少し話してもいいですか」
二人は頷いた。
水野は椅子に座り、声を落とした。
「僕の能力のことで、分かったことがあるんです」
気配感知。
壁の向こうに人がいるか、ある程度分かる力。
「能力が強くなると、周りの気配が全部入ってきて、頭が痛くなるんです」
「……大変だね」と七瀬。
「はい。でも、意識を向ける範囲を狭めると、少し楽になることが分かりました」
神谷は身を乗り出した。
「自分で調整できるの?」
「完全じゃないです。でも、できるときもあります」
神谷は考えた。
自分の能力は、相手の好意を増幅する。
その発動を意識的に抑えられたら。
「……俺にもできるかな」
七瀬が首を傾げた。
「試すなら、安全な方法でね」
「分かってる」
三人は相談室の担当者に話をした。
水野の体験を参考に、神谷が自分の緊張や体調を記録することになった。
他人を実験台にはしない。
効果があったと決めつけない。
その二つを最初に確認した。
午後。
神谷は静かな部屋で、呼吸を整えた。
胸の奥に、かすかな熱がある。
いつもなら、誰かに見られるだけで不安になっていた。
だが今日は、その不安を無理に消そうとしない。
「……怖いのは、怖いままでいい」
神谷は小さく呟いた。
「でも、俺がどう動くかは、俺が決める」
その言葉をノートに書いた。
『感情は消えない。
行動は選べる』
部屋を出ると、七瀬が待っていた。
「どうだった?」
「よく分からない」
「正直でよろしい」
「でも、少し落ち着いた気がする」
「それなら、今日の成果だね」
神谷は頷いた。
「……七瀬さんの能力も、似てるのかな」
「どういう意味?」
「外からの干渉を防ぐ。でも、七瀬さん自身の気持ちは変えない」
七瀬は少し考えた。
「そうかもしれないね」
彼女は自分の手を見つめた。
「私、子どもの頃はこの能力が嫌だった。みんなと同じように何かに夢中になれないのかなって思ってたから」
神谷は驚いた。
「そんなこと考えてたの?」
「少しだけ。でも、今は違う」
七瀬は神谷を見た。
「誰かの気持ちを変えられないからこそ、自分で好きになったって分かる」
神谷の胸が熱くなった。
能力の熱ではない。
ただ、目の前の人が大切だと思う気持ちだ。
「……それ、俺も同じだ」
七瀬は少し頬を赤くした。
「何が?」
「七瀬さんのこと、能力で好きになったわけじゃない」
七瀬は黙った。
神谷も黙った。
通りかかった佐伯が、二人を見て足を止める。
「……俺、今、入っちゃいけない場面?」
「入っちゃいけない!」
神谷と七瀬の声が重なった。
佐伯は両手を上げた。
「分かった! 俺は背景の木になる!」
そう言って廊下の隅に立つ。
七瀬が吹き出した。
「……木って」
「しかも動いてるし」
神谷も笑った。
大切なのは、相手の気持ちを変える力ではない。
変えられない気持ちを、尊重できること。
神谷はようやく、その意味を少し理解した気がした。




