第三十九話:神様が初めて、謝った
その夜、神谷は久しぶりに白い空間の夢を見た。
抽選箱の前で、神様が正座していた。
「……何してるんですか」
「反省しています」
「誰が?」
「私が」
神谷は思わず天井を見上げた。
「天変地異の前触れ?」
「神様が謝っただけで世界を滅ぼさないで」
いつもなら、ここで軽口が続く。
だが神様は笑わなかった。
「神谷恒一さん。最初に言わせてください。ごめんなさい」
神谷は言葉を失った。
「あなたに『モテモテ(特級)』を与えたとき、私は大当たりだと言いました。嬉しいことが増える力だと、簡単に考えていました」
「……実際は、違いました」
「ええ」
神様は膝の上で指を握りしめた。
「好意が強くなりすぎれば、相手は自分を止められなくなる。あなたは怖い思いをして、家にまで入られた。今はその力を、商売に使おうとする人たちまでいる」
白い床に、これまでの出来事が水面のように映った。
駅前のカフェ。
無断で作られた合鍵。
震える手首。
大学の正門に集まる人々。
「……見てたんですか」
「全部ではない。でも、報告は受けていた」
「じゃあ、何で」
神谷の声が大きくなった。
「何で、もっと早く説明してくれなかったんですか。能力のせいで誰かが苦しむなら、最初からそう言ってくれれば……!」
言い切れなかった。
説明されても、全部防げたとは限らない。
だが、知らないまま人を傷つけたかもしれない時間は戻らない。
神様は反論しなかった。
「あなたの言うとおりです。私は『選択は本人に任せる』と言いながら、選ぶために必要な情報を渡していなかった」
その言葉に、神谷は顔を上げた。
「それって、七瀬さんに俺がしたことと同じだ」
「……え?」
「守るつもりで、勝手に決めた。相手の気持ちを聞かずに」
神谷は苦く笑った。
「俺も怒られました。めちゃくちゃ」
「……そうでしょうね」
「でも、謝るだけじゃ足りなかった。次にどうするか、変えないと」
神様は小さく頷いた。
「だから今日は、説明します」
指を鳴らすと、空中に二つの文字が現れた。
『消去』
『封印』
「消去は、能力を与えた時点からの因果を巻き戻す方法。影響を受けた人との出会いや、起きた出来事まで変わる可能性があります」
「七瀬さんとの出会いも?」
「あなたが七瀬さんに助けを求めたのは、能力の問題がきっかけです。巻き戻せば、同じ関係になる保証はありません」
神谷は拳を握った。
あの人と出会わなかった世界。
一緒に笑ったことも、手を繋いだことも、何もなかったことになる世界。
そんなものを、簡単に選べるはずがなかった。
「……封印は?」
「今後の干渉だけを止める方法です。過去は変えません」
「それがあるなら、最初から言ってくださいよ!」
神様は視線を落とした。
「封印は、私が勝手に施せるものではありません。能力を持つ本人が、何を守るために止めるのか、はっきり選ぶ必要があります」
「選べばすぐ止まる?」
「いいえ。発動条件を満たし、あなた自身の意思で維持しなければならない。干渉を増幅する外部の仕組みが動いている間は、封印が不安定になる恐れもあります」
神谷は眉を寄せた。
「研究会の装置のことですか」
「そういうものも含まれます。ただし、私は人間の機械を全部把握しているわけではありません」
珍しく、神様は分からないことを分からないと言った。
「……何で今になって教えてくれるんですか」
「あなたが何度も、能力を利用する誘いを断ったから。怖くても、人の意思を優先しようとしたからです」
神様は続けた。
「本当は、もっと早く話すべきでした。条件を満たすまで黙っていることと、何も説明しないことは違う。そこを私は取り違えた」
神谷は深く息を吐いた。
「神様って、失敗するんですね」
「しますよ」
久しぶりに、二人とも少し笑った。
だが神谷には、まだ聞きたいことがあった。
「朝倉さんの感情支配は、七瀬さんにも効くんですか」
「干渉耐性は外からの感情操作を防ぎます。でも、言葉で傷ついたり、嫉妬したり、怖くなったりすることは防ぎません」
「……それって、普通の感情ですよね」
「そう。七瀬さんは無感情ではありません。自分で選ぶ自由を持っているだけ」
神谷は、七瀬が涙を流した日のことを思い出した。
守るつもりで『彼女じゃない』と言った。
あのとき七瀬が怒ったのは、能力のせいではない。
彼女の選択を、神谷が勝手に奪ったからだ。
「俺、能力を封じたいです」
神谷は言った。
「怖いから逃げたいってだけじゃない。これ以上、誰かの気持ちを勝手に大きくしたくない。七瀬さんにも、俺を助ける役目を背負わせたくない」
神様は頷いた。
「その願いを、忘れないで」
「方法を教えてください」
「今すぐ全部は伝えられません。でも、封印に必要な条件は整理して伝えます。次に会うとき、あなたが確かめられる形で」
「……ようやく説明書が出る」
「苦情が多かったので」
「正当な苦情です!」
白い空間が薄れていく。
「最後に、もう一つ」
神様が呼び止めた。
「私は、あなたたちの選択を代わりにすることはできません。でも、選択するための情報は、できる限り渡します」
神谷は振り返った。
「……それなら、相談には乗ってもらいます」
「もちろん」
「無料ですよね?」
「神様の相談料は高いですよ」
「さっきまで謝ってた人の台詞!?」
目が覚めると、朝だった。
スマホには七瀬からメッセージが届いていた。
『今日は大学来られる? 無理しないで』
神谷は返信した。
『行く。話したいことがある』
すぐに返事が来た。
『分かった。朝ご飯は食べてきて』
神谷は笑った。
神様より、七瀬のほうがずっと具体的だ。
能力を消すか、封じるか。
答えはまだ完全には出ていない。
それでも、七瀬と出会ったことを、なかったことにはしたくない。
その気持ちだけは、誰かに与えられた景品ではなかった。




