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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第三十四話:七瀬の干渉耐性に、一億円の値段がついた

週末の待ち合わせは、駅前のカフェだった。

神谷が先に着くと、七瀬は五分後に現れた。

「待った?」

「今来たところ」

「嘘。十分前から座ってたでしょ」

「何で分かるんだよ」

「飲み物、もう半分ない」

神谷は紙コップを見た。

「……観察力が怖い」

七瀬は笑って向かいに座った。

「今日は何するの?」

「映画でも見ようかと思って」

「また泣く?」

「泣いてない!」

「はいはい」

いつもの会話。

少しずつ、昨日までのぎこちなさが薄れていく。

神谷はほっとした。

そのとき、店員がテーブルに近づいてきた。

「こちら、お預かりしています」

白い封筒だった。

宛名は『七瀬様』。

神谷と七瀬は顔を見合わせた。

「……誰からですか」

七瀬が尋ねる。

「お客様からお渡しするようにと。すみません、詳しいことは伺っていません」

店員が離れたあと、七瀬は封筒を開けずに写真を撮った。

「また、これか」

神谷は周囲を見た。

誰かがこちらを見ているような気がする。

だが、決めつけることはできない。

二人は封筒を持って店を出た。

人通りの多い場所で大学の相談室に連絡し、内容を確認することにした。

封筒の中には、短い手紙と契約書が入っていた。

『干渉耐性保持者への研究協力依頼』

『初年度報酬:一億円』

神谷は目を見開いた。

「……俺と同じ金額?」

七瀬は冷静に数えた。

「うん。ゼロが八個」

「そこまで同じ反応しなくても!」

しかし、次の条項を読んで、二人の顔から笑みが消えた。

『指定対象者との接触試験』

『感情誘導効果の遮断率測定』

『試験中の行動条件は研究会が指定する』

七瀬は紙を机の上に置いた。

「……私を、神谷くんの能力を止める道具として使うつもりなんだ」

神谷は拳を握った。

「ふざけるな」

「うん。ふざけてる」

七瀬は静かに言った。

「一億円でも、私の意思は売らない」

神谷は七瀬を見た。

その言葉が、胸に深く残った。

自分も同じことを考えていた。

でも、七瀬の口から聞くと、もっとはっきりする。

「……俺も断る」

「神谷くんの契約は、もう断るつもりでしょ」

「うん。でも、もう一回言いたい」

七瀬が少し笑った。

「じゃあ、言って」

神谷は契約書を見つめた。

「俺も七瀬さんも、誰かの道具じゃない」

七瀬は頷いた。

その瞬間、スマホが震えた。

知らない番号からメッセージが届いていた。

『ご検討ありがとうございます。

対面での説明も可能です』

続けて、写真が一枚。

大学の正門。

その前を歩く水野の姿が写っていた。

神谷の背筋が冷たくなる。

「……水野さんまで」

七瀬が画面を覗き込む。

「また脅しだね」

神谷は写真を保存した。

「すぐ相談室に共有する」

「うん。それから水野さんにも、担当者を通して知らせよう」

神谷は頷いた。

二人は大学へ向かった。

途中、七瀬がぽつりと言った。

「ねえ、神谷くん」

「何?」

「一億円って、すごい金額だよね」

「……そうだな」

「でも、私、今日の映画のほうが楽しみだった」

神谷は思わず笑った。

「比較対象がおかしくない?」

「おかしくないよ」

七瀬は真っ直ぐ前を見た。

「一億円もらっても、誰かに気持ちを決められる生活なんて嫌だ」

神谷は静かに頷いた。

「……俺も」

七瀬は少しだけ手を差し出した。

「握る?」

神谷はその手を見た。

「……今、能力は落ち着いてるけど」

「知ってる」

「じゃあ、何で」

七瀬は呆れたように笑った。

「言ったでしょ」

神谷は手を取った。

「……繋ぎたいから、か」

「そう」

二人は手を繋いで歩いた。

一億円の契約書より、その手の温かさのほうが確かだった。

そして神谷は、ようやく気づき始めていた。

相手は金で能力を買おうとしている。

大学に到着すると、相談室の担当者が二人を迎えた。

「封筒は保管し、受け渡しの経緯も記録しましょう」

七瀬は頷いた。

「店員さんには迷惑をかけたくありません。店の名前も、必要な範囲でだけ共有してください」

「もちろんです」

神谷は水野の写真を見せた。

担当者の表情が険しくなる。

「こちらから水野さんへ連絡します。本人の安全を確認します」

神谷は深く息を吐いた。

「……ありがとうございます」

相談が終わり、二人は廊下のベンチに座った。

七瀬が言う。

「映画、間に合わなくなっちゃったね」

「……ごめん」

「また謝る」

神谷は苦笑した。

「今日は楽しみにしてたから」

「私も」

七瀬は少し考えた。

「じゃあ、別の日にしよう」

「……いいの?」

「嫌なら言ってる」

神谷は頷いた。

「今度は俺がチケット取る」

「前売り券?」

「うん」

「泣かない映画にしてね」

「だから泣いてない!」

七瀬は声を出して笑った。

その笑顔を見て、神谷は思った。

能力のない日常を取り戻すことだけが目標ではない。

能力がある今でも、誰かと笑って過ごす時間は守れる。

そのために、できることを一つずつ積み重ねればいい。

七瀬が立ち上がる。

「帰ろうか」

「うん」

神谷は手を差し出した。

七瀬はその手を見て、少しだけ笑う。

「……今日は神谷くんから?」

「繋ぎたいから」

七瀬は頷き、手を取った。

「よろしい」

駅のホームで、神谷は七瀬に尋ねた。

「……一億円の契約書、怖くなかった?」

「怖かったよ」

七瀬は即答した。

「金額が大きいからじゃなくて、私のことを最初から『使えるもの』として見てる感じがしたから」

神谷は頷いた。

「俺も同じだ」

七瀬は少し考えてから、神谷の肩を軽く叩いた。

「だから、明日の講義にはちゃんと出よう」

「……急に?」

「普通の生活をやめたら、向こうの思うつぼでしょ」

神谷はその言葉を噛みしめた。

「……そうだな」

電車がホームに入ってくる。

七瀬は一歩前に出て、振り返った。

「神谷くん」

「何?」

「映画の代わりに、今度は動物園でもいいよ」

「動物園?」

「人間以外を見たい日もある」

神谷は吹き出した。

「俺、最近ずっと人間関係で疲れてるから、それいいな」

「でしょ」

七瀬は笑った。

普通の予定を立てられることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

神谷は、今度こそ約束を守ろうと決めた。

でも、本当に欲しいのは金ではない。

人の心を、自分たちの都合で動かせる仕組みだ。

その計画が完成すれば、神谷と七瀬だけの問題では済まない。

二人の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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