第三十二話:世界には、神様の当たりくじを引いた人間がいた
翌日、大学の相談室から連絡が入った。
「同じ団体から接触を受けたという学生が、話をしてもいいと言っています」
神谷は七瀬と顔を見合わせた。
「……ほかにも?」
「はい。ただし、相手の同意が得られた範囲でしか情報は共有できません」
神谷は頷いた。
面談は大学の会議室で行われた。
担当者が同席し、窓際には一人の男子学生が座っていた。
細い眼鏡をかけた、物静かな青年だ。
「……はじめまして。工学部の水野です」
「神谷です。こっちは七瀬さん」
七瀬が会釈する。
水野は机の上に、小さなノートを置いた。
「僕も、変な夢を見たことがあるんです」
神谷の背筋が伸びた。
「白い空間?」
「……はい」
「抽選箱があった?」
水野の目が見開かれる。
「どうして知ってるんですか」
神谷は七瀬を見た。
七瀬も静かに頷いた。
水野はノートを開く。
そこには、幼い字で書かれた記録が貼られていた。
『気配感知』
「僕は、近くにいる人の気配が分かるんです。壁の向こうでも、ある程度なら」
神谷は息を呑んだ。
「……本当に能力者が」
水野は苦笑した。
「信じてもらえないと思ってました」
「俺もそうだった」
七瀬が言った。
「ただし、ここで実演しなくていいからね」
水野は少し驚いた。
「……いいんですか?」
「能力があることを証明するために、危ないことする必要はないでしょ」
水野はほっとしたように笑った。
「ありがとうございます」
彼は続けた。
「先週、知らない男から連絡が来たんです。『君の能力を社会に役立てないか』って」
「人間関係研究会?」
「はい。そう名乗ってました」
水野はスマホの記録を見せた。
文面は神谷に届いたものとよく似ている。
ただし、金額は書かれていなかった。
「僕の能力は、警備や探索に使えるって。最初はいい話かと思いました」
「……でも?」
「面談のとき、知らない建物に連れていこうとしたんです。場所を聞いても答えてくれなくて」
水野は手を握った。
「怖くなって断りました。そしたら、『協力しないと君の秘密が知られる』って」
神谷の表情が険しくなる。
「脅迫じゃないか」
「はい。だから大学に相談しました」
七瀬はノートを見つめた。
「ほかにも能力者がいるなら、同じような接触を受けてる人がいるかもしれないね」
水野が頷く。
「僕が聞いた話では、別の大学にもいるそうです。ただ、誰なのかは知りません」
神谷は思い出した。
神様は言っていた。
『付与された力を利用しようとする人間がいる』
その意味が、ようやく形になり始めた。
「水野さん、教えてくれてありがとう」
「いえ。僕も、ひとりじゃないって分かって安心しました」
面談が終わり、水野が帰ったあと。
神谷は椅子に深く座り込んだ。
「……俺だけじゃなかった」
「うん」
七瀬は窓の外を見た。
「私もくじを引いた。神谷くんも、水野さんも」
「朝倉さんも、たぶん」
「そうだね」
神谷は考えた。
能力を持つこと自体は、悪いことではない。
問題は、その力で誰かを操ろうとすること。
そして、力を持つ人間を道具として扱うことだ。
「……七瀬さん」
「何?」
「俺たち、どうしたらいいと思う?」
七瀬はすぐには答えなかった。
やがて、静かに言った。
「まず、能力者同士で勝手に秘密を暴かないこと」
「うん」
「次に、困ってる人が相談できる場所を増やすこと」
「……うん」
「それから」
七瀬は神谷を見た。
「神谷くんが、一人で全部背負わないこと」
神谷は苦笑した。
「そこ、毎回言われるな」
「毎回忘れるからね」
「……反論できない」
七瀬は少し笑った。
その夜、神谷の夢に神様は現れなかった。
ただ、枕元のスマホには水野から短いメッセージが届いていた。
『話せてよかったです。
ありがとうございます』
神谷は返信した。
『こちらこそ。
また困ったら、大学の相談室を通して連絡してください』
画面を閉じる。
面談のあと、水野は大学の中庭で少しだけ足を止めた。
「……実は、もう一つ話していいですか」
神谷と七瀬が振り返る。
「僕、自分の能力が便利だと思ったこともあります」
水野は照れくさそうに笑った。
「小さい頃、迷子になった弟を見つけられたんです。人混みの向こうにいる気配が分かって」
神谷は頷いた。
「それは、すごいな」
「でも、知らない人の居場所まで分かるのは、怖いことでもあるって気づいて」
水野はノートを抱えた。
「だから、頼まれてもないのに人を探すのはやめました」
七瀬が静かに言った。
「自分で線を引いたんだね」
「はい」
神谷は少し考えた。
「俺も、能力を持ってるから何でもしていいわけじゃないって思う」
水野はほっとしたように笑った。
「……同じことを考えてる人がいて、よかったです」
別れ際、水野が尋ねた。
「二人は、付き合ってるんですか?」
神谷と七瀬は同時に固まった。
「……それは」
「……まだ」
二人の声が重なった。
水野は目を丸くした。
「すみません! 変なこと聞きました!」
慌てて走り去る水野を見送り、神谷は七瀬を見た。
「……今、まだって言った?」
「神谷くんも言いかけたでしょ」
「俺は『それは』って」
「続きは?」
神谷は口を閉じた。
七瀬が少し笑う。
「答え、急がなくていいよ」
神谷は頷いた。
能力者同士の話より、たった一つの恋愛の質問のほうが難しい。
そんなことを思う自分が、少し可笑しかった。
帰宅後、神谷は自分のノートを開いた。
『気配感知』。
人の位置が分かる能力。
使い方によっては人を助けられるし、監視にも使えてしまう。
『モテモテ』も同じだ。
名前だけで、善悪が決まるわけではない。
神谷はペンを置いた。
(……水野さんは、弟を助けたんだよな)
自分はどうだろう。
今まで能力を止めることばかり考えてきた。
もちろん、それは必要だ。
だが、誰かを助ける方法を考える余裕は、まだなかった。
それでいいのかもしれない。
まずは、自分と周囲を傷つけないこと。
誰かの役に立つかどうかは、その先で考えればいい。
スマホに七瀬からメッセージが届く。
『水野さん、無事に帰れたって。
担当者経由で連絡があった』
神谷はほっとした。
『よかった』
『うん。
今日は早く寝てね』
『七瀬さんも』
『私はもう寝る』
『まだ二十一時だぞ』
『健康的でしょ』
神谷は笑った。
能力者の秘密よりも、七瀬の生活習慣のほうが謎かもしれない。
能力者が増えた。
危険も増えた。
けれど、同時に、助け合える相手も増えた。
それは少しだけ、希望に思えた。




