第三話:近すぎる好意
昼下がりのカフェ。
「えっと……神谷くん、何飲む?」
「いや、もう頼んでるから大丈夫です」
「そっか!じゃあ私と同じのにしよっかなって思ったけど、被っちゃうね!」
「いや、別に被っても――」
「やだ、なんか運命っぽくなるし」
「もうなってますよそれ」
「ほんと!?やっぱりそう思う!?」
「いや今のは冗談で――」
「私、冗談じゃないけど」
「……そうですか」
向かいに座るのは、昨日の女性――名前はまだ覚えていない。
(観察、観察……)
神谷は内心で呟く。
(この人は……“強め”だな)
距離が近い。視線が外れない。
「ねえ神谷くん」
「はい」
「なんかさ」
「なんですか」
「ずっと一緒にいたいって思うの、変かな」
「……会って二日目ですけどね」
「でも思うの」
「……」
(これ、普通じゃないな)
そのとき。
「……やっぱり来てたんだ」
「え?」
低い声。
振り向く。
「……誰ですか」
「……」
そこに立っていたのは、見覚えのある顔。
昨日、カフェで言い争っていたもう一人の女性。
「昨日の……」
「ねえ」
彼女はゆっくり近づく。
「その人、誰?」
「えっと、昨日知り合って――」
「へえ」
笑っていない。
「もうそんな距離なんだ」
「いや距離っていうか――」
「ねえ神谷くん」
向かいの女性が腕を掴む。
「行こ?」
「え、どこに」
「ここ、落ち着かない」
「いや今来たばっかり――」
「行こ」
力が強い。
「ちょっと待ってください」
「待てない」
「なんでですか」
「だって」
彼女は、真っ直ぐに言う。
「取られたくないから」
「……は?」
空気が凍る。
「取るって何」
立っていた女性が口を開く。
「人を物みたいに言わないで」
「そっちこそ」
「何?」
「さっきから見てたけど、近すぎ」
「は?」
「距離」
「関係ないでしょ」
「ある」
「ない」
「あるって言ってる」
「いやちょっと――」
「神谷くん、こっち来て」
「行かないで」
「いやだから――!」
店内がざわつく。
「……またかよ……」
神谷は額を押さえる。
(これ、“強い”どころじゃない……)
そのとき。
「……やっぱり」
「え?」
腕を掴んでいた女性が、小さく呟く。
「やっぱり、ダメだ」
「何がですか」
「全部」
「え?」
「他の人と話してるの、無理」
「いやそれは――」
「無理なの」
その目は、笑っていなかった。
「ずっと見てたのに」
「……え?」
「昨日から、ずっと」
「……は?」
「帰るときも、電車も、家の前も」
「……ちょっと待て」
「全部」
「……」
背筋が冷える。
「見てた」
「……嘘だろ」
「嘘じゃない」
「いや、それは――」
「だって」
彼女は一歩近づく。
「好きだから」
「……」
言葉が出ない。
(これ、完全に――)
「ちょっと」
もう一人の女性が割って入る。
「今の、冗談じゃないよね」
「冗談じゃない」
「……」
「本気」
「……やば」
小さく呟く。
「ねえ神谷くん」
「……はい」
「この人、普通じゃない」
「……それは俺も思ってます」
「逃げたほうがいい」
「え」
「一緒に来て」
「ちょ――」
「行かせない」
腕がさらに強く締まる。
「行かせないから」
「ちょっと痛いですって」
「やだ」
「いややだじゃなくて――」
「やだ」
その声は、子供のように単純で。
でも、重かった。
「神谷くんは、私のだから」
「違います!」
「違わない」
「違いますって!」
「じゃあ証明して」
「何を!?」
「ここで、この人断って」
「いや無理でしょ!?」
「なんで」
「なんでって――」
「私がいるのに?」
「……」
言葉が詰まる。
(これ、どうする……)
その瞬間。
――頭の奥で、声がした。
『観察しなさい』
「……っ」
(そうだ……)
神谷は、ゆっくり息を吐く。
(感情に引っ張られるな)
(状況を見る)
「……あの」
「なに」
「少しだけ、距離を置いてもらえますか」
「やだ」
「お願いします」
「やだ」
「……」
(ダメだ、効きすぎてる)
視線を横に向ける。
もう一人の女性。
(こっちは……比較的、冷静)
「……あなた」
「え?」
「ちょっと協力してもらえますか」
「いいけど」
「外、出ません?」
「……逃げる気?」
「違います」
「じゃあいいよ」
「ちょ――!」
「大丈夫」
神谷は低く言う。
「ちゃんと話します」
「……ほんと?」
「はい」
「……わかった」
少しだけ、力が緩む。
「ありがとう」
神谷は立ち上がる。
「少し、整理しましょう」
「……うん」
だが。
(これ、もう事件一歩手前だろ……)
外に出ながら、確信する。
(“モテモテ(特級)”……)
(想像以上に、危険すぎる)




