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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第二十九話:七瀬が初めて、本気で怒った

大学の相談室では、担当者が投稿のスクリーンショットを確認していた。

「写真の撮影日時は分かりますか」

「前に駅前で接触された日です」

神谷が答える。

「その女性が自分を恋人だと名乗ったことも、複数人が聞いています」

「分かりました。来客記録と学内の防犯映像を確認します」

担当者はメモを取った。

七瀬は隣で黙っていた。

神谷は横顔を盗み見る。

怒っているのか。

傷ついているのか。

どちらも分からない。

相談室を出ると、七瀬が口を開いた。

「神谷くん」

「うん」

「私、今かなり怒ってる」

「……ごめん」

「だから、何で神谷くんが謝るの」

七瀬は足を止めた。

「勝手に写真を撮って、勝手に恋人を名乗って、周りの人の感情まで動かしてる。怒る相手、間違えないで」

神谷は頷いた。

「……そうだね」

「あと、神谷くん自身の気持ちも聞きたい」

「俺の?」

「朝倉さんが近づいたとき、どう感じた?」

神谷は少し考えた。

「怖かった。でも、あの日みたいに、突然あの人が大切に思える感覚も一瞬あった」

七瀬の表情が固まる。

「……今も?」

「今はない。だからこそ怖い。自分の気持ちを勝手に書き換えられるのが」

七瀬は息を吐いた。

「そうだよね」

「七瀬さん」

「何」

「俺、あの人を好きじゃない」

七瀬が顔を上げた。

「……うん」

「能力でそう思わされる瞬間があっても、俺が選んだ気持ちじゃない」

七瀬の目が揺れる。

「……分かってる」

神谷は言葉を続けた。

「だから、七瀬さんまで俺の返事を疑わなくていい」

「疑ってないよ」

七瀬は即答した。

「疑ってないから、腹が立つの」

声が少し震えていた。

「神谷くんが嫌がってるのに、相手が笑ってることが」

神谷は何も言えなかった。

七瀬は顔を背けた。

「……それと、少しだけ嫉妬した」

「え?」

「本人がいないところで、もう一回言わせる?」

「……ごめん」

「謝るの禁止」

神谷は口を閉じた。

二人は学食へ向かった。

だが、その途中で、玲奈が再び現れた。

今度は大学の敷地の外、歩道の向こう側だった。

「神谷くん。ちょっとだけ」

神谷は立ち止まった。

「話すことはありません」

玲奈は七瀬を見た。

「あなた、そんなに彼を信じてるの?」

「信じてるよ」

「私が少し触れたら、彼の気持ちは変わるかもしれないのに」

七瀬の眉が動いた。

「……試すつもり?」

「試してみたくならない?」

玲奈はゆっくり近づいた。

神谷が後ろへ下がる。

「来ないでください」

玲奈は止まらない。

「ほら。私のこと、少し気になるでしょう?」

神谷の視界が揺れた。

(……違う)

不意に、目の前の女を信頼してもいいような気がする。

今までの警戒が、遠くへ押し流される。

「神谷くん!」

七瀬の声。

神谷は自分の足が一歩前へ出かけていることに気づいた。

七瀬が手を差し出す。

「触っていい?」

神谷は頷いた。

「……お願い」

指が触れた瞬間、頭の中の霧が薄くなった。

神谷は大きく息を吐いた。

「……やめてください」

玲奈は不満そうに笑った。

「また遮断された」

七瀬が一歩前に出た。

「朝倉さん」

その声は、神谷が聞いたことのないほど低かった。

「これ以上、神谷くんの気持ちを勝手に触らないで」

「怒ってる?」

「怒ってるよ」

七瀬は真っ直ぐ玲奈を見た。

「神谷くんが断ったのに、何度も繰り返してる。私がいるからやめろって話じゃない。本人が嫌だって言ってるからやめて」

玲奈の笑顔が消えた。

「……あなた、干渉耐性のくせに感情的なんだ」

「そうだよ」

七瀬は即答した。

「耐性があるからって、感情がないわけじゃない」

「……」

「私は怒るし、嫉妬もするし、怖いときは怖い。それを決めるのは私」

玲奈は七瀬を見つめた。

初めて、何かを言い返せなくなったようだった。

やがて小さく笑う。

「……羨ましいな」

七瀬は眉をひそめた。

「何が?」

「自分の気持ちを、自分のものだって言えること」

玲奈は背を向けた。

「今日は帰る。でも、私が来なくても、別の人が来るよ」

「どういう意味ですか」と神谷。

玲奈は振り返らなかった。

「あなたたち、もう目をつけられてるから」

人混みの向こうへ消える背中を、二人は見送った。

神谷は七瀬の手を見た。

「……ありがとう」

七瀬は手を離さなかった。

「今日は、能力のためだけじゃないから」

「……うん」

「分かってる?」

「分かってる」

七瀬はようやく少し笑った。

夕方、七瀬は一人で自宅の机に向かっていた。

ノートには、今日の出来事が箇条書きになっている。

『朝倉玲奈は、神谷くんへの接触を繰り返した』

『神谷くんは拒否した』

『私は怒った』

最後の一行だけ、少し字が大きかった。

(……怒った、か)

自分がこんなふうに声を荒らげる日が来るとは思わなかった。

昔から、周囲の熱狂に巻き込まれることが少なかった。

だから、自分は冷静な人間なのだと考えていた。

でも、冷静でいることと、何も感じないことは違う。

七瀬はノートを閉じた。

スマホに神谷からメッセージが届く。

『今日はありがとう。

怖かったよな』

七瀬は返信欄を開いた。

『怖かった。

でも、神谷くんが自分の意思で断ってくれて安心した』

送信してから、少し考える。

さらに一通。

『あと、怒ったのは私が怒りたかったから。

神谷くんのせいじゃない』

神谷からすぐに返事が来た。

『分かった。

次は俺ももっと早く言う』

七瀬は画面を見つめた。

(……こういうところ)

彼は、全部うまくできるわけではない。

怖がるし、間違えるし、時々ひどく鈍い。

それでも、自分の間違いを認めようとする。

七瀬は思わず笑った。

『じゃあ、次のデートは遅刻しないで』

返信は一瞬だった。

『まだ日時決まってないだろ!』

七瀬は声を出して笑った。

その笑い声は、誰かに作られたものではなかった。

「なら、よろしい」

ただ、玲奈の最後の言葉が、神谷の耳に残っていた。

『別の人が来る』

その意味を知るのは、もう少し後のことだった。

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