第二十七話:神様に恋愛相談したら、恋愛経験ゼロだった
その夜、神谷は夢の中で白い空間に立っていた。
目の前には、見覚えのある抽選箱。
そして、やけに機嫌のよさそうな神様。
「久しぶり。最近、調子よさそうだね」
「おかげさまで、命の危険は少し減りました」
「それはよかった」
「ただし恋愛方面で新しい問題が発生しました」
神様は身を乗り出した。
「恋愛相談!?」
「食いつき方が怖い」
「だって面白そう」
「人の人生を娯楽にしないでください」
神様は指を鳴らし、空中に大きな文字を浮かべた。
『恋愛相談窓口 神様直営』
「開設したの、今ですよね?」
「細かいことは気にしない」
神谷はため息をついた。
七瀬のことを話した。
能力が効かないこと。
それでも七瀬が『好きかも』と言ってくれたこと。
そして今日、何の必要もないのに手を繋いだこと。
神様は真剣な顔で頷いていた。
「なるほど。つまり相手の女性が、あなたに好意を抱いている可能性が高い」
「本人が好きかもって言ったんですよ」
「重要な証言ね」
「推理する余地ある?」
神様は空中に図を描いた。
『好意→交際→結婚→老後』
「展開が速すぎる!」
「効率的でしょう?」
「人生をフローチャートで処理しないで!」
神様は少し考えた。
「じゃあ、花束を千本贈る」
「大学生の予算を考えてください」
「星を一個あげる」
「物理法則も考えてください」
「じゃあ、愛の証として特級能力をもう一個――」
「絶対いらない!」
神谷は頭を抱えた。
「神様、もしかして恋愛経験ないんですか?」
神様の笑顔が止まった。
「……神は、そういう俗世の尺度では測れないの」
「ないんですね」
「数千年、忙しかったの」
「長い言い訳だな!」
神様は咳払いした。
「でもね。ひとつだけ、分かることがある」
空中の図が消えた。
「あなたの能力は、他人の好意の芽を大きくする。だから、誰かに好かれると、どうしても自分の力を疑う」
神谷は黙った。
「七瀬さんは干渉耐性を持っている。少なくとも、あなたの『モテモテ』で彼女の気持ちを作ったわけじゃない」
「……はい」
「でも、それで彼女の気持ちを保証できるわけでもない。人の気持ちは変わるから」
神谷は顔を上げた。
「保証、ですか」
「好きだと言われたら、ずっと好きでいてもらえると思いたい。だけど、能力があってもなくても、そんな約束はできないの」
神様は珍しく静かな声だった。
「だから、相手に選んでもらい続けるしかない。あなたも、相手を選び続けるしかない」
神谷は少し考えた。
「……それ、最初から言ってくれればよかったのに」
「最初から恋愛相談されるとは思わなかったから」
「恋愛能力を配った張本人ですよね!?」
神様は笑った。
その笑顔が、ふっと消える。
「それと、気をつけて」
白い空間の端に、薄い影が浮かんだ。
「あなたたちに接触した『感情支配』の持ち主。あの力は、他人の気持ちに優先順位をつけることができる」
「七瀬さんにも効きかけました」
「そう見えたのね」
神様は慎重に答えた。
「でも、外から作られた感情と、自分の中にあった感情が刺激されたことは、区別しにくい」
「……つまり?」
「彼女が嫉妬したからといって、全部が支配のせいとは限らない。逆に、何も影響がなかったとも言い切れない」
神谷は頷いた。
「本人の言葉を聞くしかないんですね」
「そういうこと」
神様は再び笑った。
「では、最後に恋愛の必勝法を授けましょう」
「まだあるんですか」
「毎朝、相手の前で愛の詩を朗読する」
「絶対やらない!」
白い光が広がった。
目を覚ますと、朝の七時だった。
スマホに七瀬からメッセージが届いている。
『昨日、楽しかった。
また行こう』
神谷はしばらく画面を見つめた。
そして、短く返信した。
『俺も楽しかった。
また行きたい』
数秒後、既読がつく。
『よろしい』
神谷は笑った。
神様の必勝法より、ずっと効果がありそうだった。
大学へ向かう電車の中、神谷は神様との会話を思い出していた。
『相手に選んでもらい続けるしかない』
言葉としては簡単だ。
けれど、どうすれば相手の自由を尊重できるのか、具体的な正解はない。
七瀬と合流すると、神谷は夢のことを話した。
「……神様に恋愛相談?」
「笑うなよ」
「笑ってない」
「口元が完全に笑ってる!」
七瀬はとうとう吹き出した。
「で、何て言われたの?」
「花束千本と、星を一個贈れって」
「星?」
「天体のほう」
「神様、規模感おかしいね」
神谷は頷いた。
「でも、一つだけまともなこと言ってた。人の気持ちは保証できないって」
七瀬の笑みが少し和らぐ。
「それはそうだね」
「……怖くない?」
「怖いよ。好きだと思ってても、いつか変わるかもしれない」
七瀬は足元のタイルを見た。
「でも、変わるかもしれないからって、今の気持ちをなかったことにはしたくない」
神谷は返事を探した。
七瀬は先に歩き出す。
「ほら、講義遅れるよ」
「……うん」
神谷はその隣に並んだ。
「そういえば、神様が愛の詩を朗読しろって」
「やめてね」
「即答!?」
「講義室でやったら、私が退学届を出す」
「俺じゃなくて七瀬さんが!?」
七瀬は笑った。
神谷も笑った。
二人の間にあるものは、まだ名前のつかない約束だった。
けれど、昨日より少しだけ、確かなものになっていた。
七瀬は講義室に入る直前、神谷を呼び止めた。
「そういえば、神様って何歳なの?」
「知らない。数千年は忙しかったって言ってた」
「じゃあ、恋愛相談の経験は豊富なんじゃない?」
「相談を受けた経験じゃなくて、恋愛した経験がゼロらしい」
七瀬は真顔で考えた。
「……経験のない人が断言する助言ほど危ないものはないね」
「それ、本人に聞かせたい」
神谷は笑ったが、七瀬は少し真面目な顔に戻った。
「でも、神様の言うことが全部間違ってるわけでもないと思う」
「うん」
「私は、神谷くんのことをまだ全部知ってるわけじゃない。嫌なところだって、これから見つけるかもしれない」
神谷は頷いた。
「俺も、七瀬さんに幻滅されることはあると思う」
「もう何回かしてるよ」
「早い!」
七瀬は笑う。
「でも、嫌なところが一個あったら全部終わり、ってわけでもないでしょ」
神谷は少し考えた。
「……そうだな」
七瀬は教室の扉を開けた。
「じゃあ、まず今日の講義をちゃんと聞くこと。寝てたら減点」
「恋愛に成績表あるのかよ!」
「あるよ。私の中には」
神谷は慌ててノートを取り出した。
だが、その直後。
別の番号から、一通のメッセージが届いた。
『あなたの隣の女性は、本当に自由意思でそこにいますか?』
神谷の笑顔が消えた。




