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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第二十六話:手を繋ぐ理由が、もう必要なくなった

土曜日の午後。

神谷は駅前の広場で、スマホを見つめていた。

『十五時。

駅前の時計の下』

七瀬から届いたメッセージだ。

待ち合わせの理由は、参考書を買いに行くため。

そう聞いている。

(参考書一冊で待ち合わせする必要ある?)

いや、あるのかもしれない。

友達同士なら普通だ。

ただ、昨日の『好きかも』以来、何を普通と呼べばいいのか分からなくなっていた。

「お待たせ」

七瀬が現れた。

白いシャツに薄い青のカーディガン。

肩に小さな鞄。

「……あれ、今日はいつもと違うな」

「何が?」

「服」

「大学のときと同じ格好で来たら、待ち合わせした意味ないでしょ」

「参考書買うだけじゃなかった?」

「……そうだったね」

七瀬が一瞬、視線を逸らす。

神谷は深追いしなかった。

書店は駅ビルの三階にある。

休日の通路は混んでいたが、神谷の胸の奥にあの嫌な熱は生まれなかった。

知らない人に視線を向けられることはあっても、追いかけられることはない。

「今日は調子よさそうだね」

「うん。珍しく平和」

「じゃあ、手は必要ないか」

七瀬が言った。

「……そうだな」

神谷が答える。

そこで会話が途切れた。

七瀬は前を向いたまま歩く。

(何を言ってるんだろう、私)

必要ないなら、手を繋がなくていい。

そう決めたのは自分だ。

誰かを道具にしないための、大切な約束。

でも。

(必要ないのと、繋ぎたくないのは違う)

書店に着くと、神谷は目的の参考書を探し始めた。

七瀬はその隣で、同じ棚を眺める。

「神谷くん、これ」

「どれ?」

「過去問集。去年の版だけど、改訂箇所が少ないから安い」

「おお、助かる」

神谷は本を手に取り、値札を見た。

「七瀬さん、こういうの見つけるの上手いな」

「無駄な出費が嫌いなだけ」

「じゃあ今日の交通費も無駄だった?」

七瀬は返事に詰まった。

神谷は慌てる。

「いや、ごめん。冗談」

「……無駄じゃないよ」

声が思ったより小さくなった。

「神谷くんと来たかったから」

神谷が本を落としかけた。

「……え?」

「聞き返さないで」

「いや、今のは聞き返すだろ」

七瀬は本棚に顔を向けた。

「参考書、買おう」

「急に現実へ戻るな!」

会計を済ませ、二人は駅ビルを出た。

外では細かな雨が降り始めていた。

神谷が鞄を探る。

「折り畳み傘、一本しかない」

「私も持ってない」

「じゃあ、近くのカフェで雨宿りする?」

七瀬は頷いた。

横断歩道の信号が青に変わる。

人の波が動き、七瀬は一歩遅れた。

神谷が振り返る。

「大丈夫?」

「うん」

神谷は傘を少し七瀬側へ傾けた。

自分の肩が濡れている。

七瀬はその肩を見た。

「神谷くん、そっち濡れてる」

「平気」

「風邪ひいたら困る」

「七瀬さんも濡れるだろ」

七瀬は考えた。

そして、神谷の袖を軽く引いた。

「もっと近づけばいいんじゃない?」

「……なるほど」

神谷は傘の位置を調整した。

二人の肩が触れる。

胸の熱は生まれない。

代わりに、心臓だけが少し速くなった。

(能力じゃない)

神谷は自分に言い聞かせる。

信号を渡り終えたところで、七瀬が言った。

「手、貸して」

神谷は足を止めた。

「何か危ない?」

「危なくない」

「能力が?」

「落ち着いてる」

「じゃあ、どうして」

七瀬は真っ直ぐ神谷を見た。

「繋ぎたいから」

雨粒が傘を叩く音が、やけに大きく聞こえた。

神谷はゆっくり手を差し出した。

「……俺も」

七瀬の指が触れる。

これまで何度も繋いだ手だった。

危険から逃れるため。

能力を抑えるため。

周囲に恋人だと思わせるため。

でも今日は、どの理由も必要なかった。

ただ、繋ぎたい。

それだけで十分だった。

「……手、冷たいね」

神谷が言った。

「雨だから」

「俺の手は?」

「……あったかい」

七瀬は少し笑う。

その瞬間、神谷のスマホが震えた。

二人とも肩を強張らせた。

また監視者か。

また勧誘か。

神谷が画面を確認する。

『佐伯:参考書の範囲教えてくれ』

二人は同時に息を吐いた。

「……佐伯かよ!」

「平和な通知だね」

「平和すぎて涙出る」

七瀬は神谷の手を握り直した。

「今は返信しなくていいよ」

「何で?」

「傘、持ってるから」

カフェに入ると、窓際の二人席が空いていた。

神谷がメニューを見ながら言う。

「雨が止むまで、課題でもやる?」

「……デート中に?」

「今、デートって言った?」

「言ってない」

「言ったよな?」

「雨音のせい」

「雨に責任転嫁するな!」

七瀬はココアを注文した。

神谷はホットコーヒー。

湯気の向こうで、神谷が真面目な顔になる。

「七瀬さん。手を繋いだの、嫌じゃなかった?」

「嫌なら自分から言わない」

「……そうだよな」

神谷はカップを両手で包んだ。

「俺、まだ怖いんだ。誰かが俺に近づいてくれると、嬉しいより先に『能力のせいかも』って考える」

七瀬は頷いた。

「それはすぐには変わらないよね」

「うん。でも、七瀬さんの気持ちまで疑うのは失礼だとも思う」

七瀬は少し笑った。

「疑ったら、ちゃんと聞いて。勝手に答えを出さないで」

「……了解」

雨が窓を流れていく。

隣の席では、小さな子どもが母親にホットケーキを分けてもらっていた。

七瀬はその光景を見て、ふと思った。

好きという感情は、何かを奪いたい気持ちだけではない。

誰かに温かいものを渡したい、無事に帰ってほしい、また会いたい。

そういう小さな願いの集まりでもある。

「……ねえ、神谷くん」

「何?」

「次の休みも、会おうか」

神谷が目を丸くした。

「参考書、もう買ったぞ」

「次は参考書なしで」

「……本当に?」

「何回聞くの」

神谷は嬉しそうに笑った。

七瀬はココアを飲んだ。

熱くて、少し舌を火傷した。

(……この人といると、冷静でいるのが難しい)

それでも、悪くなかった。

「そっちか!」

カフェに入るまで、二人は手を離さなかった。

雨はしばらく止まなかった。

けれど神谷は、今日だけはそれでもいいと思った。

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