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モテすぎる俺、好意が重すぎて人生崩壊しかけてる ~ その好意、全部バグです~  作者: レモンティー


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第二十五話:好きだと気づいたら、普通に話せなくなった

「……ちょっと、好きかも」

昨日の自分の声が、講義室の天井に反響している気がした。

もちろん、実際にはしていない。

七瀬の頭の中で、勝手に再生されているだけだ。

「おはよう」

神谷が隣の席に鞄を置いた。

「……お、おはよう」

「どうした。声が二回跳ねたぞ」

「発声練習」

「朝から?」

「大学生は自己研鑽が大切なの」

「急に教育番組みたいなこと言うな」

普段なら、ここで一言返して終わりだった。

ところが今日は、神谷が机に置いた指まで気になってしまう。

昨日、その手を握った。

あのときは能力の遮断が必要だった。

少なくとも、最初は。

(……今は?)

「七瀬さん?」

「はい!」

神谷が椅子から少し浮いた。

「返事が体育会系!」

「……うるさい」

神谷は眉を寄せた。

「昨日の『好きかも』のこと、気にしてる?」

七瀬はペンを落とした。

ころころと転がったペンが、神谷の靴に当たる。

「気にしてない」

「落としたぞ」

「知ってる」

「拾わないの?」

「今、床との交渉中」

「何を交渉するんだよ」

神谷が屈んでペンを拾い、机に置いてくれた。

「はい」

「……ありがとう」

指が触れそうになっただけで、七瀬は手を引っ込めた。

神谷の表情が変わる。

「俺、何かした?」

その声が思った以上に不安そうで、七瀬は胸を痛めた。

(違う。

嫌になったわけじゃない)

「してない。私の問題」

「それ、余計に心配になる言い方だな」

「昨日、自分で変なこと言ったから」

神谷は黙った。

周囲では学生たちが課題の話をしている。

窓の外では部活動の掛け声が響く。

ごく普通の朝だ。

なのに二人の机の間だけ、やけに静かだった。

「……変なことじゃなかったと思う」

神谷が言った。

七瀬は顔を上げる。

「どういう意味?」

「言ってくれて嬉しかった」

今度は消しゴムを落とした。

「七瀬さん、今日の文房具に何か恨みある?」

「重力が強い」

「世界共通だよ!」

七瀬は両手で顔を覆った。

(何なの、この男)

能力が効かない自分にだけ、こんなふうに不意打ちしてくる。

いや、能力は関係ない。

神谷がただ、まっすぐな言葉を使うからだ。

講義が始まった。

教授がスクリーンに映した図表を説明している間も、七瀬はノートに同じ単語を三回書いてしまった。

『干渉耐性』

『干渉耐性』

『干渉耐性』

(違う。

今日はその話じゃない)

横から小さな紙が滑ってきた。

『体調悪いなら無理するなよ』

神谷の字だった。

七瀬はその下に返事を書く。

『大丈夫。

あなたが近いだけ』

紙を戻しかけて、止まる。

(これ、告白みたいじゃない?)

慌てて書き直した。

『大丈夫。

机が狭いだけ』

神谷は紙を読んで、机の端へ鞄を寄せた。

(違う! そういうことじゃない!)

講義終了後、七瀬は逃げるように廊下へ出た。

だが、背後から神谷が追いつく。

「七瀬さん」

「何」

「今日は、手を繋がなくても大丈夫だと思う」

胸がちくりとした。

「……そう」

「能力も落ち着いてるし、無理させたくないから」

その言葉で、七瀬はようやく分かった。

神谷は自分が嫌がっていると勘違いしている。

(私が、勝手に避けてるから)

七瀬は立ち止まった。

「神谷くん」

「うん」

「嫌だから触らないんじゃないよ」

神谷が瞬きをする。

「……じゃあ?」

「触りたいと思う理由が、変わっちゃったの」

言ってから、七瀬は目を閉じた。

(言った。

言ってしまった)

神谷も固まっている。

廊下を通り過ぎる学生の足音だけが響いた。

「……つまり」

「つまり?」

「俺の能力、今度は逆向きに――」

「違う!」

七瀬は即座に否定した。

「能力の話に逃げないで」

神谷が口を閉じる。

七瀬は息を整えた。

「昨日、ちょっと好きかもって言ったでしょ」

「……うん」

「取り消さない。けど、私もまだ整理できてない」

神谷は少し考えてから、頷いた。

「分かった。急がなくていい」

「神谷くんは?」

「俺も整理したい。嬉しいのは本当だから」

七瀬の頬が熱くなる。

「……そう」

「でも、一つだけ聞いていい?」

「何」

「今日、昼飯一緒に食べる?」

七瀬は思わず笑った。

「その流れで昼ご飯?」

「だって腹は減るだろ」

「色気がない」

「昨日までの七瀬さんなら『空腹は現実』って言いそうだけど」

「……言うね」

二人は学食へ向かった。

手は繋がなかった。

けれど、七瀬はいつもより少しだけ神谷に近い位置を歩いた。

その距離を、今度は自分で選んだ。

学食の入口で、佐伯が二人を見つけた。

「おっ、大学公認カップル!」

「公認した大学、どこだよ」と神谷。

七瀬は思わず言った。

「まだ公認じゃない」

佐伯が目を輝かせる。

「『まだ』!?」

「……あ」

神谷が天井を見上げた。

「今日、地雷多すぎない?」

帰り道、七瀬は自動販売機の前で立ち止まった。

「神谷くん、どれ飲む?」

「いつものお茶」

「いつものって何」

「……普通のお茶」

「その説明で商品を特定できたら、私は超能力者だよ」

七瀬は結局、緑茶を二本買った。

一本を差し出すと、神谷が小銭を出そうとする。

「今日は私が出す」

「何で?」

「……飲み物くらい奢りたい日もあるの」

神谷は一瞬だけ驚いて、素直に受け取った。

「ありがとう」

その言葉に、七瀬はまた胸が騒ぐ。

(感謝されただけでこれ? 私、随分安いな)

ベンチに座って飲みながら、神谷が話し始めた。

「俺さ、七瀬さんに会う前は、誰かが優しくしてくれると、まず能力を疑ってた」

「……うん」

「だから、普通に飲み物買ってもらうだけで嬉しい」

七瀬は缶を見つめた。

「それなら、明日は自分で買って」

「感動を返せ!」

二人で笑ったあと、七瀬はふと思った。

自分が神谷を好きになった理由は、一つではない。

怖がりなのに逃げずに断るところ。

自分の意思を聞いてくれるところ。

馬鹿みたいな冗談で、最悪の一日を少しだけ軽くしてくれるところ。

どれも、能力とは関係のない時間に積み重なったものだ。

「……神谷くん」

「ん?」

「明日も普通に話してね」

「そりゃ話すけど」

「変に遠慮しないで」

神谷は少し考えてから笑った。

「それ、こっちの台詞だよ」

七瀬は返す言葉を探したが、見つからなかった。

仕方なく、缶のお茶を一口飲んだ。

少し苦い。

けれど、嫌な味ではなかった。

七瀬は小さく笑った。

好きだと気づいても、世界は変わらない。

変わるのは、自分の言葉の重さだけ。

そして、その重さに慣れるには、もう少し時間が必要だった。

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