第二十三話:感情支配
駅前。
人の流れ。
音。
光。
いつもと同じはずの街。
「……なんか変じゃない?」
七瀬が止まる。
神谷は前を見たまま言う。
「気のせいだろ」
「いや、違う」
七瀬の目は鋭い。
「“流れ方”が変」
すれ違う人間の中に、
ひとりだけ“違うもの”がいる。
スーツでも制服でもない
普通の女性
目立たない。
なのに、妙に印象が残る。
そして――
すれ違う。
その瞬間。
神谷の中に、
“理由のない好意”が流れ込む。
(……なんだ今の)
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
“楽だ”と思う。
女は立ち止まらない。
ただ、軽く言う。
「いいね、その顔」
空気が変わる。
神谷の中で、何かがズレる。
七瀬への意識が薄れる。
どうでもいい、という感覚が混ざる。
代わりに、
“あの女の方がいい”という錯覚が生まれる。
(……おかしい)
そう思うのに、
感情が追いつかない。
神谷の手が、
七瀬から離れる。
「……今、あなた何したの?」
七瀬の声。
低い。
完全に察している。
女が、初めて振り返る。
神谷を見る。
そして、笑う。
「あなた、面白いね」
その瞬間。
深く入る。
神谷の中で、
“優先順位”が書き換わる。
七瀬が遠くなる。
存在の輪郭が薄れる。
理由もなく、
どうでもよくなる。
「……七瀬、今日は――」
言いかけて…
七瀬がぎゅっと神谷の手を強く掴む。
(違う)
(今のは違う)
(俺は何を言おうとした?)
“自分の言葉じゃない”
その感覚が、
ギリギリで引き戻す。
神谷の意識が跳ねる。
「……っ」
一気に戻る。
「……やばいな、今の」
「うん。完全に干渉」
女が少し首を傾げる。
「へぇ」
「効くんだ」
七瀬を、見る。
「あなたは……普通じゃないね」
その一言。
それだけで――
七瀬の中に、ノイズが入る。
(……何?)
違和感。
ほんの小さなズレ。
「でもさ」
女が近づく。
一歩。
距離を詰める。
「“効かない”って思ってる方が、隙なんだよね」
その瞬間。
七瀬の中で、
“安心”が崩れる。
神谷の隣が、
急に“特別”に感じる。
(……え?)
いつもは無い感覚。
“ここにいたい”
“離れたくない”
“この位置を取られたくない”
それは、
明確な――
独占欲に近い何か
七瀬の呼吸が乱れる。
(違う)
(これは違う)
(私じゃない)
だが、止まらない。
神谷の腕を、
無意識に強く掴む。
神谷が気づく。
「……七瀬?」
七瀬の目が、
ほんの一瞬だけ揺れる。
「……今、ちょっとだけ」
言葉が詰まる。
「……変なこと考えた」
女が笑う。
「ほらね」
「ゼロじゃない」
七瀬が睨む。
「……性格悪いね、あんた」
女は肩をすくめる。
「感情ってさ、“無い”んじゃなくて“抑えてる”だけだから」
「ちょっと順番変えれば、簡単に出てくる」
七瀬は息を吐く。
「……なるほどね」
一歩、前に出る。
「じゃあ、それ以上はさせない」
空気が張り詰める。
女は笑ったまま、
背を向ける。
「私の“感情支配“が効かないなんて…今日はこのくらいでいいや」
去り際に言う。
「あなたたち、面白いから また遊びましょう」
消える。
人混みの中に。
沈黙。
神谷が言う。
「……今の、やばかったな」
七瀬は少しだけ間を置いて、
小さく答える。
「……うん」
そして、
ほんの少しだけ視線を逸らす。
「……ちょっと、嫌だった」
神谷
「何が」
七瀬
「……取られそうなの」
一瞬の沈黙。
神谷
「それ、俺のセリフじゃない?」
七瀬
「うるさい」
でも。
その手は、離れていない。




