第二十二話:退屈しない理由
第二十二話:退屈しない理由
神谷は小さく息を吐いた。
「迷惑かけてごめん」
その言葉は、いつもより少しだけ重かった。
中庭のベンチ。
人の流れはあるが、二人の周囲だけは薄く切り取られたように静かだ。
七瀬は一瞬だけ間を置いてから言った。
「正直に言うね」
その声のトーンが、わずかに変わる。
いつもの軽さが薄れる。
「神谷くんといるとさ」
一拍。
「退屈しないんだよね」
神谷の手が止まる。
(またそれか)
でも、さっきの女子の言葉とは違う重さがあった。
七瀬は続ける。
「普通ってさ」
「安心はするけど、つまんないじゃん」
視線は前を向いたまま。
「でも神谷くんって」
「何考えてるか分かんないし」
「変なことばっか起きるし」
神谷は短く言う。
「それ、危ないやつだろ」
少しだけ口元が緩む。
「ずっと見てたくなるんだよね」
その言葉は、軽いようでいて――
どこか、妙に個人的だった。
神谷は短く息を吐く。
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてるよ」
即答。
少し間を置いて、七瀬は続ける。
「案外、結構楽しめてる」
神谷は横を見る。
「……何をだよ」
「全部」
さらっと言う。
「状況とか、噂とか、めんどくさいのとか」
「全部ひっくるめて」
神谷は少し黙る。
(それはもう、普通の感情じゃないだろ)
そう思いながらも、言葉にはしない。
七瀬は軽く伸びをしてから、ぽつりと言う。
「でもさ」
「なに」
「神谷くんってさ」
一瞬だけ視線がこちらに向く。
「たまに、ちゃんと人間だよね」
「今まで何だと思ってたんだ」
「バグ」
「ひどい評価だな」
七瀬は小さく笑う。
でも、その笑いはいつもより少し柔らかい。
少しだけ沈黙。
風が通る。
その中で、神谷はふと呟く。
「……結局さ」
「ん?」
「俺が変なだけだろ」
七瀬は即答しない。
珍しく、少しだけ考える間がある。
そして。
「どうだろうね」
軽く言う。
「少なくとも」
「退屈じゃないのは事実」
その言葉で終わらせるように、立ち上がる。
「行こ」
「講義?」
「うん」
神谷も立ち上がる。
いつものように、手が伸びかけて――
一瞬止まる。
七瀬はそれに気づいているのかいないのか。
ただ、当然のように歩き出す。
その背中を見て、神谷は少しだけ息を吐く。
(退屈しない、か)
それは呪いにも似ていて。
でも同時に――
今までのどの関係よりも、明確だった。
神谷はそのまま歩き出す。
追いつくように。
少しだけ距離を詰めて。
神谷はちょっとこけそうになる。
七瀬の指が、軽く神谷の袖をつまんだ。
ほんの一瞬。
癖みたいに。
でも離さない。
神谷は気づく。
(さっきより自然だな)
そして同時に思う。
(これ、もう“必要”じゃなくて)
(“習慣”になってる)
七瀬は何も言わないまま歩く。
ただ一言だけ、小さく。
「ねえ」
「ん?」
「今の、ちょっと楽しい」
神谷は答えない。
答えられないまま、歩く。
手は繋がない。
でも距離は、もう前より戻らない位置にあった。




